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楽園  作者: 雨宮寿霖
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第十五話 幻影

 自分が殺してしまった人の、生きた足跡をどうにか世に残そうと行動し、遺族の支援を陰ながら行って数年。





 国が滅亡した。





 有能な元帥・将官たちがいても、どうにもならなかった。


 敗因は考えればいろいろあるのだろうが、一番は後進の育成の失敗だろう。




 政治家たちは、軍の雇用制度に問題があると早く気付くべきだった。








 敵国の戦車の砲塔が、惨状とは場違いなほどに燦燦(さんさん)と照る太陽の光を反射して、きらりと光る。






 その(きら)めきが一瞬ですべてを焼き尽くす炎に変わり、街を、人を、文化を、歴史を燃やしていった。

 






 その巨体が全てを踏み潰し、世界の支配者であるかのようにメインストリートを悠々と闊歩するさまを、自分は一生忘れないだろう。










 国民は、そのときの攻勢でバラバラになった。


 他国に難民として逃げる者もいたが、生き残りは国に留まり、何とか街を立て直そうと試みた。





「あんたがここに来たとき、綺麗な建物が多かったろ? あれも俺たち生き残りが頑張って建て直したんだ」





 なんとかして元の生活を取り戻したい。幸せだったあの日々を取り戻したい。

 その一心で街の、国の復興を目指した。






 しかし、徐々に街並みが元の瀟洒な美しさを取り戻していくにつれて、欠けていく者もまた徐々に増えていった。








 その多くは、家族の誰かを亡くした者だった。




 身の回りが元に戻りつつあるのに、どうしても埋まらない空白。




 それはどんなに建物を直しても、街路を整備しても、決して埋まることはなかった。

 






 街が元に戻れば戻るほど、その空白は存在感を増して心に入り込み、(ささや)いてきた。






 ――外面を整えればすべてが元に戻ると思ったか?


 ――どれほど取り繕っても、あの人は帰って来ない。


 ――永遠に。







 やがて彼らは美しさを取り戻していく街並みを目にすることそのものを嫌がるようになり、ほどなくして(くし)の歯が欠けるようにぽろぽろといなくなっていった。

 




 その気持ちも、分からなくはない。




 もともと生存者がさほど多くは無かったが、人の温もりを全く感じないただ美しいだけの家々と、人影が失われた街並みを始めて見たとき、ドールハウスを並べたおままごとのようだと思ってしまったから。





 また、一家で無事だった人々も、いつもと変わらない街並みなのに、どうしようもないほど根幹の部分が失われてしまったその様子を見たがらなくなった。





 「だから今、この国の人間は地下で暮らしているよ」


 夜になるとたまにでてくるかな、と付け足す。








 もともと夜は人気が少ない。それゆえ喪失を気にせずにいられる。

 夜にだけ、街は攻勢の前と同じ状態に戻る。






 街灯の暖かな光が行く先の石畳を照らし、川面が月光をはじいて銀箔を散らしたように輝く。

 家々の間を吹き抜けた夜風が、一日の労働で火照った身体を心地よく冷やしていく。






 「モグラみたいな生活になっちまったが、まぁ悪くねえ」




 しかし完全に電気とガスの供給は止まった。


 それを考えるのなら昼間の明るいうちに外に出ていた方が遥かに効率は良い。





 だが、その利便性を無視させるほど、人々が攻勢で失ったものの方が大きかった。

 




 電気は街のあちこちで使われていたソーラー発電で代用し、火は自分たちで(おこ)すというやや原始的な生活だが、とても穏やかに時間が流れているように感じる。








 日々労働し、疲れ切っていた日常はもうない。

 それらのしがらみから解放されて、家の地下に(こも)る。



 家族と語らい、休み、夜になると街に出て散歩がてらぶらぶらと歩き回る。

 







 家から出れば、変わらない夜の風景が広がっている。


 明日からも、同じように穏やかな日々が続いていくのだろう。






 攻勢の日から見ない街の人は、隣人は、きっと夜だから眠っているのだろう。






 そう信じて。





 この街の人々は、今も地下で暮らしている。




            ***



 

 パン、という銃声のような音に驚いて顔を上げると、幻影も溶けるように消えていった。



「はい、これで俺の退屈な話はおしまい」


 ご清聴ありがとよ、と鳴らした手を下ろしながら、男はにやりと口角を上げた。




 それは、まるで子どもに冒険譚を語り終えたかのような、いたずらっぽい笑みだった。








 男が話し始めてしばらくしてから、抵抗の意思はもうないことを感じ取って身体を自由にしてやっていた。


 話しながら、張られた頬を何度か(さす)っていたが、自分の語る物語の方が遥かに重要らしく、話を中断することは最後までしなかった。




「一つ、聞いてもいいか」

 男に問いかける。



「一つでも二つでもいいぜ」

 (かわ)すような返答を受け、問うた。




「なんで、おれを襲ったんだ」

 一瞬、男がぽかんとして、すぐにああ、と頷いた。







「言ってなかったな。食うためさ」

 






 何でもないことのようにさらりと言われたが、その言葉を処理した脳は的確に警戒信号を発した。





「……食うって」

 何を、と聞こうとして、顔を引き()らせながら、じりじりと後退していく。




 そんな己の様子を見て取った男が呵々(かか)と笑った。





「さすがに人間は食わねぇよ。中身だよ中身。荷物の中身」

 側に置いてある鞄をつんつんと指さしながら苦笑する。

 




 中身。


 当たり前か。

 





 ほっと息を吐きながら、目の前の人間に対して一瞬でもそういったことを考えてしまったことが恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じる。

 



 安堵と羞恥で微妙な顔をしていると、若干同情が混じった微笑を寄越された。



「まぁ、あんな話をしちまった後だもんな。疑うのも無理はねぇ。ご存じの通りこの国に対する供給は完全に止まってる。輸入する国もなければ輸出できるもんも残っちゃいねぇ」




 それゆえ、攻勢直後は家に残されていた食料や、食料品店に残っていた食べ物を皆で分けていた。


 しかしそういった生活が何年も続くと当然のことだが備蓄は減る。





「次に俺たちは食いもんを自分たちで作ろうとした」



 だが、これは想像通り上手くいかなかった。


 育てられても家庭菜園で出来るような野菜くらいで、しかも一家族が食べるほどの量しか摂れない。





 もともと農家が育てて市井(しせい)に出回っているようなものは農家の知恵と努力の結晶である。


 それをド素人の元勤め人たちが一からやろうなんてそもそも無理があったし、いったいどれほどの年月が掛かるのかもわからない。






「だから俺みたいな手練れが滅多にない旅人や余所もんやらを襲ってみんなに配ってるのさ」


「罪の無い人を殺すのは止めたんじゃなかったのか」


「ああ止めたさ」




 手を広げて肩をすくめる仕草をする。



「だから殺しはしない。ちょっと脅かすだけだって」

 



 確かに最初に会ったとき、この男は自分が荷物を置いていくことをまず要求していた。




 だが、本当に殺されなかっただろうか、と思ったが、その考えは打ち消した。






 彼の半生の物語を聞いて、自身が唾棄(だき)するほど嫌った無意味な殺しを再びするはずはないだろう、と思えた。

 





 しかし。




「そうは言っても旅人自体が減ってるだろう。それだけを頼りに食い繋げるはずがない。これからどうするんだ」





 もう世界の人口がどれほど減っているのか、想像もつかない。


 人同士が互いに避け合っているというのもあるが、それだけではない。



 一つの国を通り過ぎる間に三人すれ違えば多い方である。




 もしかしたらここの人たちのように地下に暮らしている人々もいるのかもしれないが、国から国を渡り歩こうという旅人など滅多にいない。


 皆、故郷に残った僅かな物資を頼りに細々と生きる道を選ぶ。






 その問いを聞いた男は。






「さあ、どうするかなぁ」






 言って、すぅっと目を細めた。







 長い物語を語り始めたときから(まと)っていた飄々(ひょうひょう)とした雰囲気が霧散する。




 ずっと顔に張り付いている乾いた微笑はそのままに、細めた双眸(そうぼう)がこちらを向いた。

 






 射抜くような目力、という訳ではない。





 しかし、その瞳に映る相手の心の内の隅々を、奥底まで見透すような、とても静かで強い引力を持つ、冷徹な目だった。

 





 自分の、相手に比べたら貧弱な目線が絡めとられ、空中でぶつかった。






 男は泰然とした風情で、こちらを面白そうに眺めている。


 その視線を真っ向から受け止めて、打ち返すように見つめ返した。






 先に目線を逸らしたら、終わりだ。






 なぜだかわからないが、そう本能が告げていた。


 凍てつくような青い視線と、威嚇するような赤い視線がぶつり合う。

 






 風の吹き渡る音だけが世界に残ったかのような、一種の静寂。







 秋の終わりに特有の、腹の底まで冷えそうな、ひと際大きな風が通り過ぎたのち、最初に目を逸らしたのは男の方だった。


 ふっと笑みを僅かに深くして、やれやれと言うように下を向く。





「どうするっつっても、正直言やぁもうかなり厳しいとこまで来てるな」



 飢餓で死ぬ者が、出てきている。



「猟や漁をするっていう手もあるにはあるんだが」




 ここは都市部である。山や海は近くない。

 川で小魚を釣っても腹の足しになるかならないか。




 それに、もともと一般市民だったほとんどの人は銃火器の扱いに慣れていない。

 猟をしようにも獲物を得られるどころか返り討ちにあったら笑い話にもならない。

 





 そもそも、もうそこまでして生きようという意思が、気概が、この街の人々に、あるのかどうか。

 





 どれだけ取り(つくろ)っても埋められない喪失。



 それに気付かないふりをして、でも本当は、とっくに気付いていた。






 あの幸せな日々は永遠に戻ってこないことを。


 大切なあの人には、もう二度と会えないことを。





 その悩みは、苦しみは、生きている限り永遠に付きまとってくる。






「まぁ、これも定めだ」


 どうしようもなくなったら諦めるよ、と男は何の気負いもなく言ってのけた。




 少し、視線が上向く。


 いつの間にか、辺りは(だいだい)色に染まっていた。




「もうすぐ陽が落ちる。夜になるとみんな出てくるからな。完全に日が暮れるまでにこの街を出ろ」


 それからふと笑みを濃くして言った。





「せっかく俺が見逃してやったんだ」


 長生きしろよ、と言ってにやりと浮かべたその笑みは、紙粘土で作ったような笑顔ではなく、その場で生み出された新鮮な笑顔だった。


【中】も半ばまで来ました。

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