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楽園  作者: 雨宮寿霖
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第十二話 メルダー

「人はいざってときに身体が動かなくなるはずなんだが。普通に生きていた人間ならなおさらな」


 そこで言葉が切られ、視線がこちらを向いた。その眼光の鋭さに射すくめられる。

 天敵に見つかった獲物のような、銃の照準をぴたりと向けられているかのような、背筋を恐れが這い登り、筋肉が硬直する感覚。


「あんた、もとは格闘家かなんかか?」

 それか、と言って口の端を歪めた。


 笑顔と呼ぶことは到底できないものだったが、犬歯を見せながら唇を吊り上げたそれは、明らかに(わら)っていた。


「軍人か?」


 不覚にも自分の視線が揺らぐのがわかった。それを見て取った男は「ハッ、図星だな」と増々可笑しそうに口の端を吊り上げる。


「そうかそうか軍人か。面白いもんだねぇこんなクソみたいな世界を造った大元凶の下っ端がむざむざ生き延びてるとはな」

 民草の代わりに、と語気を強める。


 違う。

 こんな世界の元を造ったのは100年前の政治家たちで自分は関係ない、という瞬間的な反発にまかせた反論が喉元まで出かかって、辛うじて飲み込んだ。


 自分は確かに軍人で、大勢の民間人に対する攻撃を指揮していた。

 その行為を誇って、この世界の在り方にろくに疑問を持たなくて、考えの違う誰かを排除するのは当たり前だとすら思っていた。

 

 何も違わない。100年前の為政者(いせいしゃ)と同じだ。


 黙りこくっている自分を見て何を思ったのか、男の()じ曲げたような笑みは自嘲のそれへと変わる。

「まあ、俺も同じだがな」

 

 仰向けに寝転んだまま、天に向かってぽつりと吐き出されたその言葉に顔を上げた。

 ちらりとこちらに目を向けてから、男はまた天へと視線を戻す。


 秋の空は高い。青く、広く、どこまでも澄み渡る蒼穹(そうきゅう)

 水を多く含んだようなその青に向けた表情には、もう笑みは浮かんでいなかった。


「あんたは正々堂々戦うって決めただけまだマシだぜ」

 どっちつかずの半端者だった俺よりもな、と半ば泰然として述べる男に、先ほどのような恐れはあまり感じなくなっていた。


「戦争は終われと思っていたさ。だが、従軍して罪のない大勢の民間人を殺すのは嫌だった。それに、軍人なんて国のお偉いさんに操られてるようなもんだったからな、俺の国では。戦争を始めたやつらと同じ括りに入りたくはなかったし、なにより」

 無辜(むこ)の民でいたかった、と男は呟いた。


 その言葉は、深まる秋を表すかのような辺り一面の落ち葉に舞い落ちて、そのまま大地へと溶け込んでいった。

 卑怯だよなぁ、とまたも自嘲の笑みを浮かべる。

「結局俺はどっちにもなれなかったんだよ。戦争を終わらせようとする勇将にも、それを見守る無辜の民にも」

 静かに吐き出されていく言葉から過去が蘇り、幻影として周囲を包み込んだ。



                     ***



 じりじりと日を追うごとに戦火で焼き尽くされていく国土、それを当たり前のように行う軍人。

 自分が従軍すれば何かが変わるかもしれない、と考えていたのは若者に特有の過剰な正義感ゆえだと今ならわかるが、当時は本気で悩んだものだった。


 世界の崩壊の片棒を担ぐことはしたくない。

 だが自分たちの生活が、家が、街が、国が、このまま無残に破壊されていくのを指をくわえて見ているだけというのは、どうしようもなく悔しかった。

 

 人と人が殺し合う戦場などに無縁の、無辜(むこ)の民でありたい。

 それでも、何か自分でも世界の崩壊を止める手助けは出来ないか。


 そう自問自答し、日々竜巻のように胸の中を荒らし回る焦燥に駆られて選んだ道は、今考えても愚かな選択に入るのだろう。


「悩みに悩んで選んだのが、メルダー(殺し屋)だ。俺は裏の世界で生きることにしたんだ」


 メルダーならば、民を傷付けることはない。

 国家の中央に位置する者や軍の幹部を狙うのがほとんどだろう。それに、普段は善良な民として生きることが出来る。

 

 戦争を終わらせるために何かしたいという願望と、民のままでいたいという願望の双方を叶えることができる素晴らしい選択だと当時は思った。


 最初のころは意気揚々と仕事に励み、命じられるままに高位高官を手にかけた。

 手の中に構えた刃がぎらりと夜闇に光るたび、それが過たず標的の喉を搔き切るたびに、自分は戦争の終結に貢献しているという達成感を味わっていた。



 違和感を抱き始めたのは、そんな生活を十年ほど続けたときだった。

 仕事によっては他国の要人を標的にするものもあったから、その疑念はますます膨らんでいった。


 なぜ、戦火が消えないのか。

 なぜ、民の嘆きは増えるのか。


 人を手に掛ける職業柄、事前の情報収集なども念入りに行わなければならない。そのため、一日に何人も、という訳にはいかないのだ。


 それでも、メルダーは自分一人ではないはずだから、普通に考えてこの十年の間に何か大きな変化が起きてもおかしくないはずだった。

 しかし、変化は変化でもより社会情勢が悪化したとかいうクソみたいな変化だった。


 悶々とした思いを抱えながら日々を過ごしていたある時、一件の依頼が入った。この男を殺してほしい、と言われて受け取った標的の写真を見て、絶句した。


 手の中で、こちらをまっすぐ見つめる真面目な顔付きの男は――。


 自分が知る中で、誰よりも優しい友だった。

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