表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園  作者: 雨宮寿霖
10/62

第十話 わるもの

 なるべく足音を立てず、壁に身体を添わせるようにして(くだん)の廃屋へと近づいていく。

 

 ジリジリと忍び足で進むため移動速度が大変遅く、重く沈み切った自分の胸の内とは対照的に全力で仕事をする初夏の太陽にジリジリと焼かれて、汗が噴き出る。

 もうすぐ角に差し掛かるというとき、足を止めた。


 低い男の声。続けて、それよりも幾分か高い女の声も。

 耳をそばだてる。


 ――ほんと、取り返せて良かった……。

 ――昨日……食べてない……お腹が……。

 ――久しぶりの……獲物……、ようやく……。

 ――パパ、わるものたおしてかっこよかった!


 娘だろうか、子どもの良く響く声が挟まれた。


 頭が、真っ白になる。

 まるで、髪を無理やり掴まれて、強引に目の前の現実を直視させられているかのようだった。


 きっと、あの麻袋の中に入っていたのは獲物だったのだろう。それも、もとはこの男が獲った何日ぶりかの。

 それをあの二人組に奪われ、文字通り命を懸けて奪い返した。

 

 半ば崩れた廃屋から子どもがはしゃぐ声が聞こえる。火を(おこ)したり獲物を(さば)いたりしている音の中で、やはり先ほどの父親の雄姿や、これから口にできるだろう食べ物のことを飽くことなく両親に語り聞かせている。


 少し照れたような父親の声。それにころころと笑い声を立てる母親。


 ――もし、この街が瓦礫まみれではなく、普通のどこにでもある街だったら。


 この家が、半分ほど吹き飛んで青空の下に晒されているものではなかったら。

 この人たちは、この家族は、昼食前のひと時を過ごす、ごくありふれた幸せな家族だった。


 ――ちくしょう。


 思わず、唇を噛んだ。

 目の前で人が死んでも感じなかった、頭を殴られたかのような衝撃。


 自分の思考の狭さに、そして馬鹿さ加減に嫌気がさして、そのまま壁にもたれてずるずると座り込んだ。


 卑怯者は、どっちだ。


 男に向けていた嫌悪・不快・侮蔑といった感情の全てが、そのままじわじわと自分自身に向けられていくのを、これ以上ないくらい感じる。


 自分は目の前に広がった光景の、その瞬間に切り取られた一部の情報だけですべてを決めつけた。自分が卑怯者と(あざけ)った男が、何を守ろうとしているのか知らないままに。


 二人組の男たちも生き残るためには食べ物が必要だったのだろう。

 だから奪った。

 

 だがこの場合卑怯者と糾弾されるべきは、二人組の方だ。

 獲物を得るために父親が払った苦労を根こそぎ奪って行ったのだから。

 その対価として命を支払うことになったが。


 そもそも、と薄く自虐の嘲笑を自分自身に向ける。

 公平性を期して同じ武器で戦うべきだ、なんて。どの口が言っているのか。


 だったら全世界の戦争で拳銃のみの使用が早々に義務付けられたはずだ。

 兵器を多く揃えられない国や、軍のみが所有する高価な兵器を持たない民間人、彼らを基準にした国際法における軍事戦略が公布され、全世界で戦争の形態が統一されるはずなのだ。


 もちろん、そんなことはなされなかった。

 

 戦争とは、遊びじゃないから。

 子どもが学校でやる試合のような、小さなゲームなどではないから。

 先生が出てきて、弱い方の子どもにハンデをくれたりなんかしない。


 戦争の方が単純だ。

 強い方が何かを得て、弱い方が負ける。それだけだ。

 そんな単純なことも理解せずに公平性だなんだとほざいていた自分は頭がお花畑らしい。


 ――お前は見たはずだろう。一方的に蹂躙(じゅうりん)された、大勢の同胞たちを。

 

 座り込んだまま、家族の会話が耳を通り抜ける。料理ができたらしい。

 香ばしい匂いとともに、子どもが興奮して走り回る音が聞こえる。

 父親がそれをなだめて座らせる声。

 

 そして、食器が触れ合う音とともに全員で食べ始める気配がする。

 美味しい、と喜ぶ娘に、パパたちはお腹いっぱいだから、となるべく多く食べさせようとする親。


 もしかしたら、あの二人組にも帰りを待つ人がいたのかもしれない、とふと思った。

 もし、そうなのだとしたら、あの二人を撃った父親は悪者なのだろう。

 殺さなくても良かっただろう、と激しく怒り、糾弾し、そして同じように激しく恨みを抱いたはずだ。


 ――パパ、わるものたおしてかっこよかった!


 先ほどの少女の声が蘇る。

 子どもにとって、父親は獲物を奪い返したヒーローである。相手は、奪おうとした悪者。


 でも、その逆は?

 相手にも家族がいたら?

 子どもがいたら?


 立場が変われば見方も変わる。

 戦争をしている人間にとっても相手は‟わるもの”である。


 どちらも自分が正しいと思っているから。


 人は、自分が誰かにとっての悪者かもしれないという可能性に、どこまで気付けるだろうか。


 この街で、二つ学んだ。

 目の前にある情報だけで全てを判断しないこと。


 そして、


 自分は誰かにとっての‟わるもの”かもしれない、ということ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ