第8話 本日のお気持ち
「何か突然何の脈絡もなくモテてみたいよね男の子だもの あきら」
「まーたお馬鹿なこと言い出した…」
「モ゙デたいっ!!」
「言い方の問題じゃないから」
とある昼、世に生きる男子全員の想いをその一身に引き受け、教室で吠えたる俺の勇姿に、大変見当違いな冷たい目を送る燕。この絶対零度が一部のクラスの男子には意外と好評らしいよ。ぞっとするね。
「モテ男の秘訣とは何ぞや?」
「さあ?…人に聞かないことじゃない……?」
興味が無いにも程がある声色。なるほどこれが人気の秘訣?ぞぞぞ。
俺のモテポイントくらい知っとけよぉ。ずっと一緒に育ってきたんだからさぁ。もしかしたら、当たり前すぎて見落としがちな何でもないところに思わぬ落とし穴があったりするかもしれないじゃあん。倦怠期の夫婦みたいにさぁ。別に俺とお前夫婦じゃないけど。
「俺優しいじゃん?」
「自分で言わない」
「料理男子じゃん?」
「そうね」
「かっこいいじゃん?」
「………」
俺が何か話す度に、燕の呆れはどんどん大きく成長していく。
終いには俯いてさっさと目の前の弁当に視線を戻してしまう始末。相談し甲斐の無い奴め。『はいはいかっこいいね好き♡』くらい世辞でもいいから言ってくれよ。
「…モテても良くない?」
「…知らないわよ………というか大体、何でそんなこと私に…」
「んあ?何か変か?」
「だって……」
何故、若干不機嫌なのかは分からないが、全く相手してくれない何ともつれないマイ幼馴染。
繊細な心を持つ僕としては、その苦痛はあまりに耐え難く。思わず机に頭から突っ伏して大きな溜息をついてしまう。
「………少し、待ってなさい」
「ん??」
俺の頭が突っ伏す前に、視線もよこさないままにすかさず弁当を持ち上げ小さな地震を華麗によけた燕が、最近の雲雀のトレンドたるタコさんウインナーを口に突っ込んだ後、やれやれといった様子でゆっくりと立ち上がり、そのまま女子達の下へと歩いていってしまう。
数分後。
「調べてきたわよ。名付けて『クラスの女子に聞きました。柊君のここが良い10のところ』」
「俺、つばてゃのそーゆー何だかんだノリのいいとこ好き」
「誰がつばたや…ん?ちゃ…?つばてぃや、…て、てやんでい」
べらぼうめい。素晴らしい。何てクールでホットな催しなのでしょう。きっとさぞかし楚々なおなごの秘めたる淡い想いが綴られたりしてるんだろうなぁ。
何だようちのクラスの女子皆ツンデレかよ。そういうとこだよ。
改めて姿勢を正して燕と向かい合えば、小さく咳払いをした燕が、厳かに口を開く。
「はい、始まり始まり」
「おなしゃす」
「ちゃんと言う」
「お願いしまーす」
「もう。……まず『顔が怖い』」
「開幕悪口じゃねぇか」
お嬢ちゃん、タイトルもう一度言ってみろ。詐欺にも程があるぞ。
「『黒幕の側にいるタイプの真のラスボス』」
「『いつもしかめっ面』」
「『人を殺す目をしている』」
「これ全部お前のことじゃなくて???」
「どういう意味よ」
言葉通りだよ。
「『笑えば可愛いと思いたい』」
思いたい…。ならやっぱ違うな、俺なのか…。
「『燕が怖……』…これは違う」
「何だよ」
「何でもない」
「こほん。『初見ヤンキー慣れたらパンピー』」
「『口が悪い』」
「『多分もう何人か殺ってる』」
「『柊?…ああ、保護とかじゃなかった?花言葉』などなど」
「…俺の良いとこどこ!?」
「ん〜…あ。これは?『アナタが応えてくれるならアタシはいつでもOKよ』」
「え!?誰!!?」
「手芸部の豪血寺君」
「男じゃねぇか!!」
途端に脳裏に鮮明に浮かび上がる、同い年とは思えぬ厳つい面構え。
俺あいつ苦手なんだよ。普段オカマキャラの癖して、ここぞという時に大柄な体躯に違わぬ男らしさを覗かせるとことか。漫画だったら絶対人気出る奴じゃん。本人もめっっちゃいい奴だし。こないだ『UNO(低音)』って耳元で囁かれた時キュンとしちゃったもん。俺の爽やかイケメンの立ち位置が――
―違う豪けっちは今はどうでもいい。そんなことよりもだ。
「……俺、そんなに顔怖いか?」
今明かされる衝撃の事実。あれだけ燕をこき下ろしておいて、まさか俺までそんな恐れられていたなんて。これじゃあ俺マ◯クで一生働けないじゃん。いたいけな少年の将来の選択肢が一つ潰された。つれー。辛いから今日帰りチョコフラッペ買おう。雲雀はエスプレッソだっけ。
「…私は別にそう思わないけど…」
「だよな。お前の方が怖いもんなぁ」
「なんか言った?」
「言ってませぇん」
けれども一番身近な彼女のコメントがこれである。つまりこのクラスの女子達は俺という人間のことを何一つ分かっていなかったということがもれなく判明したわけで。ここに俺の居場所は無い。高校生にもなって今更気づいたよ。気のいい奴らだと思って一緒に笑っていたあの日の思い出は全て幻想だったんだ…。
絶望に染まる俺に目をくれること無く、顎に手を当て考え込む燕。そこは俺を慰めるとこではないかと、チワワみたいにうるうる見つめてみたけどフルシカトされた。
「雲雀と遊んでくれる時割とニコニコ笑ってるし…」
「だよな」
「私も別にしかめっ面とは思ったこと無いし…」
「ですよね」
「ああ…」
「おん?」
ピコン。燕の頭上にライトが出現した。謎は全て解けた。名探偵ツバメはどこか清々したドヤ顔と共に俺を指差し、可愛らしくウインク。
「単純に生理的に受け付けないとかなんじゃない?」
「なんてことのない顔でなんてこと言うんだお前」
なんじゃない?じゃないんじゃない?何を思ってドヤったの??
たった一つの真実が『人として無理』って、そりゃあ全身黒に染まって犯罪に手を染めるだろうよ。
まじかぁ。このクラス割と中学から付き合いある奴多いしワンチャンどころかさんチャンはあると思ってたんだけどなぁ。やっぱり欲しいのなら自らで掴み取らなければならないということか。求めよさらば与えら某って言うもんね。
「…まあ、見方を変えれば悪いことじゃないんじゃない?」
「…どういうことじゃない?」
机に顎を乗っけて落ち込む俺の前に再び頬杖をついた燕が、人様のデコを楽しそうにぐりぐり指で弄りながらそんなことを。
全方位360°バッドエンドだと思うんだけど彼女は何を言っているのでしょうか。あっきーの物語別に感動要素とか無いよ。ラスボスが親父だとか、エンディングで爽やかに消えるとか出来ないからただただ虚しい遣る瀬無さが残るだけだよ。後、ついでに言うと『シン』は◯ッカだよ。
「晃に彼女が出来たら、雲雀が拗ねちゃうでしょ?」
「…は?何で?」
『やれやれそんなことも分からないのね本当に仕方のない子』。そんな感情を大いに乗せた顔で燕が放ったその台詞に、けれど俺は首を傾げざるを得ない。そんなことにも気づかずに、燕は能天気につらつら聞いてもいないのに口を動かし続ける。
「だって、大好きなお兄ちゃんと会えなくなるし」
「いや、普通に会えるだろ」
「…ほら、流石に気軽に家には遊びに来れなくなるし」
「なら俺が呼べばいんじゃね」
「……でも雲雀だって遠慮しちゃうでしょ?」
「俺がウェルカムようこそって言ってるのに?」
「………ぅ」
ダウンダウンダウン。俺が何か返す度に、何故か燕の視線はどんどん下へと。
「柊」
そんな微妙な沈黙を気にすることなく、横から挟まれる呑気そうな女子の声。
されども、今更ここで我が世の春が来たなどと思う頭ノータリンのあっきーではない。どうせお前もあれだろ?あいつ本当ヤンキーモンキー略してやきもきだよね~とか言って影で笑っていたんだろう?そんな奴に振りまく愛想などこの晃!持ち合わせておらぬ!
「あぁん?」
「…こら睨まない。そんなだからあんなこと言われるのよ」
アキラのにらみつける!
しかし燕と目の前の女子はいつものことだと思って大した反応も示さない。
「お客さん」
「「え?」」
彼女が親指でくいっと、やけに男前にそこにいたのは――
■
「ねーほら元気出しなよ燕」
「…………」
「あ〜……えと、そう、ほら燕はねーツンデレ名乗るにはお胸が中途半端すぎるのよねー」
「…名乗ってないんだけど」
「やっぱツンデレは0か100かしか許されないんだよ」
「…ツンデレじゃないんだけど」
「なのに燕ったらさぁ、50じゃん。50て。どっちつかずにも程があるでしょ。何?大きさじゃなくて形で勝負とかそういうこと?あたし身体だけでなくこっちも柔らかいの♡って?」
「私喧嘩売られてるの?買わない理由無いわよ」
「お、元気でた?じゃなくて…もーそんなんだから…。確かに脚と尻は素晴らしいけどさ。果たしてあっきーはどう思うかね?幼馴染が黄猿だなんてさ」
「『八尺瓊勾玉』」
「物理!!!」
「何やってんだあいつら…」
教室に戻って来た時、俺が目撃したのは、燕が繰り出した地獄突きをまともに喉に食らった女子がその場に崩れ落ちる姿だった。そしてそれを放った当人は、何ら気にすることなく再度机に突っ伏してしまう。よく分からないが、俺が教室を出ていってからずっとその調子だったのだろうか。
「……………はぁ…」
俺はそんな燕の後ろからゆっくりと近づくと、声をかける。
「何してんの?つばサリーノ」
「っ!!……誰がつばさりーのよ。……………」
後ろの席にさっさと腰掛けるとびくりと、肩を震わせた燕が、何故かやけにそわそわとしながらこちらを振り向いてきた。その瞳は頼りなくゆれている。
「…で?」
「で?」
「で!!?」
「…大王?」
「違う!!」
「…こ、ここ、こっ…こくはく↑はっ…どうなったの……!!」
「………」
…男前に指し示された先にいたのは、俺も燕もあまり知らない女子だった。
仄かに顔を赤く染め、扉からほんの少し顔を出して覗き込む可愛らしいその女子は、俺に大切な話があるのだと、そう言った。だから、俺も何も言わずについて行った。
その先に待っていたのは、大量の道を外れたお兄さん達。
「あ〜……」
とか、そういう展開があったら面白そうではあったけど。勿論、別にそんなこともなく。
『あのっ……私……!…柊君のこと………』
多分、男でも、女でも、誰がどう見ても可愛いと思う、そんな子だった。
そんな子がこちらを、強い決意を秘めた潤んだ瞳で見つめてくるのだから、そんなもの答えは決まり切っているのだろう。考えるまでもない。
「…断った」
「…………え……!?」
…その筈なんだけどなぁ。俺普通じゃなかったのかなぁ。あんなにモテたかったのに。なのに結局、いざその瞬間が来てみればこれだ。
「な、何で…!?」
「何でだろうなぁ」
頭にちらつくその背中が、いやに胸の奥に焼き付いて。
「………」
特に理由がある訳でもないが、目の前のへちゃむくれをじっと見つめてみる。
…あの子の方が綺麗だし目つきも悪くないし胸もデカかった。この小鳥が勝っているところなんてせいぜい…
『…ごめん。俺、どうしても放っておけない奴がいるんだ』
「………」
「わ」
ワシャワシャと、ぴょんぴょこ跳ねた頭を雑に撫でてみる。
持ち主の中身とはまるで異なる柔らかい感触は毎度の事ながらとても気分が落ち着く。
そして、いきなりそんな事をされたご本人様は、特にはねつけることもなくしばらくされるがままにされた後、撫でられた頭を擦りながらむっとした顔でこちらを睨めつけてくる。
「な、…何……?」
「……べっつにー」
「別にっ…て」
「燕、俺フラッペ飲みたい。帰りフラぺろうぜ。雲雀迎えにいってさ」
「いいけど……。もう…何なのよ…」
…せいぜい…何処だろうなぁ。
「…ねぇ、さっきの燕の質問、何て答えた?」
「質問…?…ああ、『うちの晃どう思う?』ってやつ?」
「うちの……」
「…答えよう、無いよね…」




