第4話 本日のオススメ
「お前、今日夕飯どうするの?」
「どうするも何も…普通に作るわよ。作らない理由無いでしょ?」
「…ってドヤ顔で言ってた覚えがあったんですけど」
「う、うるさい……」
すっかり暗くなってぼちぼち客足も遠くなったある日の夜。
見知った常連客がちらほらいるだけの、閑古鳥が鳴く我が喫茶店の片隅には、縮こまってメニュー表で赤くなった顔を懸命に隠す小鳥と、呑気に椅子の上で脚をぶらつかせる雛鳥のお姿が。
「お、思ったより食材が無かったのよ…」
「把握しとけよ」
「…お、お父さんが昨日買っておくって言ってた様な…?」
おじさんぇ……。
そんな彼は今日も今日とて遅くまで残業。そのため、燕は日々、頭を悩ませながら妹の肥えた舌をいかに満足させるかに知恵を振り絞っている。頼れるお姉ちゃんとして、妥協は決して許されないのだ。…うちの店?妥協じゃないよ失礼な。
「ほれ」
そんな二人の前に、俺は売れ残りの余り物で試作してみた小さなケーキを置いた。
途端に雲雀は目を輝かせ、燕は目を曇らせる。まるで正反対の反応に、俺も思わず鼻を鳴らす。
それを聞きつけてか知らないが、すかさずじろりと感じる鋭い視線。見るまでも無く、口を尖らせた燕が下から俺を睨みつけているのであろう。
「…頼んでないわよ……」
「別に金取らんよ。俺が趣味で作っただけだから」
「でも…」
そう言われたところで、素直に納得してくれる様な燕ではない。労働には対価を。ただより怖いものは云々。その辺りきっちりした奴なのだ。なので俺もいつも通り、交換条件を。
「雲雀。後で味の感想聞かせてな」
「うん」
「頼むぜ燕審査委員長も」
「誰が審査委員長よ。…でも、うん。…分かった」
僅かに頬を緩めると、机に置いていた俺の手に、上から自らの手を重ねる燕。
少し高めの温かな体温が、水仕事で冷えた俺の手をじんわりと包み込む。
「…ぁ、ありがと。晃」
そしてそのまま、下から俺の顔を覗き込んで、燕は恥ずかしそうに微笑みかける。つまり上目遣い。特に深い意味は無いがこの小鳥殿、外見だけなら文句なしに美少女である。ま、俺は見慣れたものだけど。つまり何の効果も無い。
「………」
「晃?」
「オ客サン、ゴ注文ハ?」
…あれ?おかしいな。口が上手く回らないでございますです。
「何?その声…」
俺から発せられた謎に硬い言葉に一瞬、目を丸くした燕であったが、ケーキを貰ったとはいえまだまだお腹を空かせた育ち盛りの雲雀に気付いたのだろう。直ぐに彼女の方へと顔を戻す。
「…えっと、雲雀、何食べる?」
「サーロインステーキきせつのフォアグラとまつたけをそえて」
「無いっすね」
「じゃあシェフのまぐれ」
「「気まぐれね」」
二人から注文を聞き届け、姉妹仲良く今日の出来事に花咲かせ始める二人を見届けると、俺もさっさとカウンターへと歩を進めるのだった。
■
「お待た」
「ちょっと。一応お客さんなんだけど?」
「お待たせいたしました」
「うん」
一々細かい奴やな。小姑かってんだ。
腹を空かせる小鳥達の前に丁寧に餌を置くと、さっさと着替えた俺も燕の隣に座り込めば、燕が目を丸くして肩を揺らす。
「え、ちょ、何?」
「晩飯」
「ちょっとは遠慮しなさいよ、もう…」
呆れた様に口ではそう言いつつも、俺を追い出す様な気配は全く無い。何故なら向かいの妹がとてもニコニコのニコちゃんだから。
自慢の息子を借り出した事に、燕が申し訳無さそうにカウンターに目を向ければ、暇そうにグラスを拭いていたふわふわ糸目が印象的な我がお袋が、ニコリと雲雀に負けず劣らずのふわふわ0円スマイルを返す。
因みに俺の指名料1000円ね。さっきお袋にそう言ったらあのスマイルのままリバーブロー入れられた。
「喜べ。半額だとさ」
「ぇ゙」
面白い鳴き声をあげながら途端に固まった燕を無視して、俺もさっさと食事へと移行する。何を考えているのか知らないが、いや考えるというか小鳥達を実の娘の様に可愛がっているお袋がそういうのならば、俺や親父に抗する術など存在しない。柊家のヒエラルキーはお袋頂点その他底辺なのだ。これでまた俺が文句を垂れようものなら、次は恐らくデンプシーロール辺りが繰り出されるのだろう。
「おいしい」
「だろ」
「あ、ひば、もう…」
そんな事知る由もない柳葉家の雲雀ちゃんは既にお食事に手をつけてしまっているんですけどね。残念はいもう手遅れー。やーいお前の今日の夕飯半額ー。うらやま。
「…だろっ…て、もしかしてこれ晃が作ったの?」
「せやで」
不味いものを娘に食わせる事を許さないスマイルマザーとゴリラファザーに挟まれて監視されたまま、この世の地獄みたいな環境で料理したよ。今ならなんだって作れちゃう気がする。キャビア・松茸何でもござれ。あ、材料費は自己負担ね。
「ふぅん…」
何だ社長みたいな相槌うちやがって。お前さんに料理教えたの誰だと思ってんだ。かっこいいお師匠様の料理やぞ、黙ってありがたく堪能しときゃええねん。勿論、よく味わいながら。
さっさと雲雀に続いた俺を見て、反抗するだけ無駄と悟ったのか、大人しく燕も差し出された料理を口にして
「あ、美味しい」
目を瞬かせて、ぽつり。
「…何か前より腕上げてない…?」
「天才ですから」
「すぐ調子に乗る…」
鼻高々のあっきーを見つめるその目は何故か露骨に冷たい。
…口で美味しい言いながら何でそんなに不満気なんでしょうかね。まるで俺が料理上手だったら問題があるみたいではないか。
「おいしー」
「ぅ゙…美味しい……悔しい……」
一口口にする度に文句を垂れる失礼極まりないクレーマー。ちょっとは妹御を見習って素直な感想を口にしてほしいものですね。別にお前の為に作った訳ではないけど、もっと俺に感謝しろ。崇めろ褒め称えろ尊敬しろ。
『晃〜』
「あん?」
米粒一つ残さず食事を平らげ、膨れた腹を休ませる為に一息ついていたその時、ちょい向こうから名前を呼ばれた気がして振り向けば、我が家のお館様が圧のある(俺限定)ゆるふわスマイルでかもかもと手招きをしているではないか。
何だ用があるならお前が来い。決して口にはしないけれど心の中でファイティングポーズをとってシャドーを繰り返す。想像でなら俺は世界チャンプ。
ぐっ。
双方譲らぬ一進一退の睨み合い。スマイルおばさんの親指が力強く立てられて
↑
↗
→
↘
ゆ〜〜〜〜っくりと、まるでカウントダウンの様にそれが徐々に下へと動き出し
「何かご用でしょうかお母様」
「燕ちゃん達にこれ持っていってあげて〜?」
「仰せのままに」
俺は何て弱いんだろう。後悔したところで強くなれる訳ではないけれど。
差し出されたプリン。しっかり3人分あるそれをがくがくと震える腕で受け取れば、用は済んだと言わんばかりにさっさと己の仕事に戻るスマイルバb
「何か言った〜?」
「わ〜プリン美味しそ〜うふふ☆」
俺は何て惨めなんだろう。後悔したところであの日に戻れる訳ではないけれど。
席に戻って二人にそれを差し出せば、わっと花咲く雲雀の笑顔。わっと萎びる燕の申し訳200%の困り顔。それを見るなり向こうでわっと輝くふわっふわスマイル。…これある意味いじめでは?燕の胃に穴空いちゃうよ?
「…お客さんお客さん…これ実はとある朝市でしか手に入らない希少な卵が使われた超高級品で法外なお金が……」
「ぇ゙」
「可哀想に」
視界の隅で、何故かお母様がナイフをかざしていた。
「なんてある訳無いだろそんなこと!!」
「…そ、そう?なら、食べない理由、無い、かな?」
「あまーい」
全くもって失礼しちゃうね。女神の様に優しく慈悲に満ちたマイマザーがそんな詐欺みたいな真似する訳無いでしょうがばかちんがぁ。
取り敢えず人を信じる心を取り戻した燕が、ちらちら俺を見ながら恐る恐るプリンを口に運ぶ。スプーンの上でプルプルと震えるそのプリンを口に含んだその瞬間、
「〜〜〜っ!」
分かりやすく顔を綻ばせる。
…あれ、おかしいな。さっき俺が作ったケーキより遥かに反応が良い。何だろう何かもやもやする。ちょっぴり納得いかない漢女心を誤魔化す様に燕に背を向ける形で頬杖を付けば
『……………ふっ…』
めちゃくちゃドヤ顔スマイルでこちらを見下す、大人気なさすぎる料理歴云十年の女と目が合った。
…こ、この野郎…ただ俺に格の違いを思い知らせるためだけにわざわざプリンを……!!上等だ受けてたとうじゃねぇかぁ!!
「雲雀ぃ!そのプリンとさっきのケーキどっちが美味しかったぁ!?勿論ん―?」
「プリン」
「………燕!!」
「……け、………うーん、ごめん、プリン……」
「ちくしょーめ!!」
「静かになさい……」
小綺麗な店内に響く慟哭。他の常連さんがこちらを見て『何だ晃か』、といった様子でさっさと顔を戻す。誠に遺憾である。
この日より暫く、俺はひたすらにプリンを作るマシーンと化すこととなる。
それは母親と姉妹、どちらへの意地なのか。
多分どちらでもない。それはただの、俺の男としての意地。
…決して、燕が一番喜ぶのは俺の料理がいい、などとそんなことを考えている訳ではないので、絶対に変な勘違いしないように。
本日のオススメ、プリンです。
「あのー…、やっぱりお金……」
「ああ、いいのよ燕ちゃん。お金ならちゃんと晃のお小遣いから天引いてるから〜」
「そうなん!!??」
「当たり前でしょ〜」




