いつも言われたいこと
「どう?どう?晃。雲雀可愛い?いーかわ?」
「おー可愛い可愛い似合ってる似合ってる」
「……ぐふ♡」
「その笑い声は可愛くない」
「………」
柳葉家が家族で出かけたらしい次の日。
おじさんに買ってもらったという可愛らしいワンピースを身に着けた雲雀が、お店の裏で壁に凭れてゆるゆると憩っていた俺の視界に素早く滑り込んできては、何度もポーズを決めて感想を求め、一言褒められる度に恋する少女の様に顔を綻ばせる(笑い声は聞こえないふり)。
ご覧ください。このまま首を左右にふりふりするだけでお手軽反復横跳びガールの出来上がりである。えせお清楚。
因みに、実際は年頃のファッションにも詳しい出来る父親を演じたいおじさんに、雲雀の見えないところで何度も何度も意見を求められた燕が、自分の好みをそれとなく反映させて選ばせたお洋服らしい。つまりは似合って当たり前、なのだが。
なのだが。
「雲雀可愛い」
「雲雀は可愛い」
「可愛いは雲雀」
「つまり晃は雲雀が好き……?」
「どこでつまった?」
「つまりぷろぽぉず……??」
「つまるどころか溢れている……」
本日も雲雀ちゃんのネジは緩んでいる。
「お姉ちゃんは雲雀大好きだよー?」
「それな」
「……変な自信ついちゃったかなぁ…」
何を今更。お前が甘やかすからやろがい。
隣に目を向ければ、描写されておらずとも、妹を注文したら自動でセットとしてついてくるハッピーな燕が、俺の横にしゃがみ込んだまま頬杖をつき、まいった様に項垂れている。
「………」
そんな燕の今日の服装は、珍しく、というべきか何と言うか、いつもの動きやすさを重視したスポーティな服装とはまた異なる、ふりふりのフリルのあしらわれたThe・おんにゃの子、といった上品な装い。あれからまた少し伸びた髪の毛も相まってか、よく見なくてもいつもと全然違う、まるで木漏れ日の中で優雅にティータイムを嗜むいいところ出のお嬢様みたいな雰囲気。変わらないのは絶対領域の眩しい太腿だけである。
「晃は雲雀を可愛いと言う。それすなわちお姉ちゃんも可愛いということ」
「…ん?」
つい目を泳がせた俺を他所に腕を組み、何かを意味深に理解している雲雀から漂う若干不穏な雰囲気に、僅かに首を傾げる俺。
その返事を待つ間もなく、高らかに腕を天へと掲げた雲雀がパチンッ!と軽快に指を鳴らす。
「………」
いや、鳴らそうとして鳴らなかった。
すか。すか。という虚しい音を二、三度響かせた雲雀が泣きそうな目で俺を見るので、仕方なく代わりに鳴らしてやる。はい、ぱちん。
「ちゃんおねー!かもんっ!!」
「誰がちゃんおねーよ。………言葉遣い」
右腕を頭に乗せて大きく上体を仰け反らせた謎のポーズを決めた雲雀に、残りの左手で指を差されて呼び出しをくらったちゃんねーが、一体誰の影響を受けたというのか、少々よろしくない言葉遣いに苦い顔を隠さず、けれど素直に妹の元へ。
ぱんぱんと軽くスカートを払って立ち上がり、隣に並ぶと姉妹仲良く俺を見る。
「………………………………………」
「せい!」
「せい?」
後ろ手を組み、所在なさげに視線をきょろきょろ、身体をもじもじさせている燕の横で、雲雀がボディランゲージを交えて俺に勇ましく何かを求めてくる。
勿論、どれだけ立派でカッコいい最の高のお兄ちゃんだろうと、分かるはずも無く。
「……」
「……?」
「……〜!!」
両者の間に流れる謎の時間。痺れを切らした様にポウッとターンを決めると、雲雀が今度は俺を指差してくる。
「雲雀は!?」
「可愛い」
「可愛いは!?」
「雲雀…」
「お姉ちゃんは!?」
「……………燕?」
「ちがうだろぉうっ!!!」
「………」
俺は何を求められているのでせうか。
雲雀が可愛いからお姉ちゃんが何だというのだ。
…とまぁ、何処ぞの鈍感難聴系くそお手軽ハーレム主人公を演じられたら、それはそれは簡単なお話なのだろうが。
「……………」
地団駄を踏む子供議員の横から、仄かに赤く染まった顔で真っ直ぐじーっと見つめられては、是非もない。
その潤んだ瞳が何を期待しているのか。ここで『ぼくちん分かんにゃい☆』とほざける野郎がいたら、そいつはもれなく稀代のうつけだろう。もしかしたら時代を変えるのはいつだってそんな馬鹿野郎なのかもしれないが、俺は特に時代に旋風を起こしたい訳でもない。天下を統一したい訳でもない。
「雲雀」
「ん?………ぐぇっ」
そう。ただ、好いた女に一言言ってやれれば、それで。
雲雀をちょいちょいと手招きすれば、何も疑問に思わず素直にのこのこやって来るので、お言葉に甘えてその小さなお耳を勢い良く塞がせていただく。
「燕」
「っ………う、…うん?」
そして未だにじっとこちらを見ているその瞳と、雲雀を挟んで真っ向から向かい合った。
『………まあ、悪くはないんじゃね』
喉元からつい飛び出しかけたその言葉を、僅かな唾と共に胃の中へと既のところで戻す。
口の中はとっくにからからだ。声を出そうとすれば、あるいは血反吐でも出てくるのではないかと思ってしまう程に。
それでも言わなければ。今、それすら言えないのなら、俺はきっとこれからも燕に同じ事をする。
いや、違う。
言わなければじゃない。言いたいんだ。
「、…………に」
「…に?」
今日、彼女と顔を合わせた時からずっと言いたかったその言葉を。素直に伝えたい。
「その格好…似合って、る」
「――――」
「凄く、可愛い、と、思う。…ぞ」
「………………………」
「……………………………………………………そっか」
『ほ〜ん…やるやないか坊…』みたいな満足そうな視線を浴びせてくる阿呆の額に軽くチョップをくれてやると、首元に顔を埋めて真っ赤な顔で俯いてしまった燕から顔を逸らす。…埋める直前に垣間見えた顔は、一瞬見惚れる程に嬉しそうで。
…やれやれ全く。最近は暑くて暑くてたまらない。
制服のボタンを二つ程外すと上を向いて、首元を手で扇ぐ。何か途端に二つの熱い視線を感じた気がしなくもないが、お構いなく。
「…ぁ、あきら」
「あん?」
相変わらず赤い顔でこっちを覗き見ているであろう燕の控えめなお声が耳に届いて顔を戻せば、いつの間にやら近くに寄ってきていた燕が俺の手を取る。
きゅっと、強くはないが弱くもない力で手を握られ、振り払う気にもなれず、ちょいと気まずげなにらめっこが開始された。
何度か口をぱくぱく開きながら顔を上げ下げし、最後に一度強く目を瞑った燕が、意を決する様に顔を上げて今度こそ口を開き。
「ぁ、晃も、制服…格好いい、よ」
「………」
「……………………すき」
「…………………そうかい」
「…………む」
真っ正面からぶちかまされたゲームバランスフルシカト凶悪兵器の破壊力に、再度、顔を逸らしてそう呟けば、帰ってくるのは何処か不満気な声。
「…………む〜………」
つまりこれはあれか。『ワシが言ったんやからワレも言わんかい。』という当たり屋的な、そういう不満であろうか。
晃君はツンとデレ9:1の塩対応キャラだから、生命の危機に瀕しない限りは素直な言葉なんて口にしないととっくに知っているはずなのに。そんなにSSR台詞を引き当てたいというのか。だったらもっと俺に貢がな
「―――――――」
呼吸が止まる。
俺の頬を両手で包んだ燕が、そっと背伸びをして不意打ちで口付けをしてきたのだ。
目を見開いた間抜けを見て、真っ赤ながらもしてやったりといった顔で、燕が蠱惑的ににやりと笑う。それを見て尚、いや、だからこそ、俺は言葉を失うだけで。
「………言ってくれないなら、もっとするけど」
「…………………」
「………ふ〜ん。………ま、私は別にいいけど、ね?」
『あーあ。素直じゃない恋人で良かったー。』などと何処か嬉しそうに言いながら、燕がまた俺に顔を近づける。
「………」
それを無言で躱すと、俺と同じ様に『え。』と目を丸くした燕の耳元へと顔を近づけ、お望み通りの台詞を囁いてやる。
「〜〜〜〜〜〜っ………!!」
顔を離せば、目の前に現れるのは言うまでもなく。
そうして、真っ赤っ赤記録を派手に更新しながらも今日一の笑顔を見せた燕と、甘い甘い休憩を過ごすのだった。
「……………雲雀を挟んでいちゃいちゃすんなぁー!!」
「「あ」」




