本日の怪文書
わたしのしょうらいのゆめは、このせかいをすくうことです。
わたしはおねえちゃんがすきです。
えがおがすきです。やさしいこえがすきです。さらさらのかみがすきです。いつもうたってくれるこもりうたがすきです。さいきんせいちょういちじるしいやわらかいおむねがすきです。だきしめられるとたまりません。
おとなりにすむおにいちゃんがすきです。
えがおがすきです。なでてくれるおっきなてがすきです。かみはちくちくするからそうでもないです。たよれるせなかがすきです。こないだおっきなむねのひとにめをうばわれてたのはきらい。ひざにのるとたまりません。
わたしはふたりがだいすきです。けっこんしたいです。します。する。してみせる。
でも、おねえちゃんはおにいちゃんのかのじょなのでけっこんすることができません。
おにいちゃんはおねえちゃんのかれしなのでけっこんすることができません。
なんで?
なんで
なんで、なんで、なんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなん何でなんでなんでなんDEなんでなんでなんでなん゙でデなんデなンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ何デ何で何で何で???????????????
くだらない。
嗚呼、実にくだらない。
こんな世界、間違っている。
倫理だの、道徳だの、矮小な人間共が自分勝手に作り上げた取るに足らぬ道理がこの世界を縛り付ける。本来、我々の世界はもっと広く、そして遥かに自由であった筈なのに。
我々の想像を遥かに超えた雄大な自然の営みの中で、強いものは生き、弱いものはただ蹂躙される。それこそが世界の本来あるべき姿。
だが、私が目指す世界は違う。私が目指すのは、お兄ちゃん(お姉ちゃん)が生き、それ以外が全てを捧げる世界。
とある古文書にこう記されている。
『兄より優れた弟など存在しない』。
素晴らしい。何とも芯に響く言葉ではないか。まさにその通り。弟とは、そして妹とは兄姉を尊び、そして敬うべきなのだ。それは、人が救いようの無い生命の危機に瀕した際、最後の最後には無意識に神に頭を垂れ、救いを乞うてしまうことと同様に。
オールハイル・シスター!!
オールハイル・ブラザー!!
今こそ叫べ!声高らかに!!
今こそ集え!同胞よ!!
我が御旗の下に!
兄が、姉が嫌いなどという、たけのこ派と同等の唾棄すべき思想を底に秘めた背教者共を一人残らず根絶やしにするのだ。
兄こそ至高。姉こそ究極。そこに否やは存在しない。してはならない。
私は姉を愛している。
私は兄を愛している。
二人が永久に幸福に生きられる世界こそ我が望み。
故にこそ、世界は一度まっさらに壊されなければならない。全てを無に帰して、もう一度零から始めるのだ。
私の夢は、くだらぬ理に囚われたこの雁字搦めで窮屈な世界を、解放すること。
そしてその果てに、新たな理想郷を創り上げるのだ。
それを成し遂げることこそが、私がこの世に産み落とされたたった一つの意味、理由であると心得る。
そう、今こそ『創世ノ刻』。
『わたしのしょうらいのゆめ』 1ねん3くみ やなぎばひばり
「――晃、これ何てよむの?」
「【創世ノ刻】」
「ぅおおー!?かっけー!」
「そうだろそうだろ」
†終焉ノ刻†とどっちがいいか迷ったんだよなぁ。しかし、やはりお前は分かってくれると思ってたZE。お前は『こっち側』だ。
『作文の宿題を手伝ってほしい』。そんなことを頼まれたとある日。
お兄ちゃんとしての器のデカさを存分に発揮するいい機会だと判断した文豪アルケミ某こと俺は、喜んで雲雀のその頼みを受け入れた。
そして、やるからには半端な結果は許されない。目指すは最優秀賞受賞。
考えに考え抜いた涙ちょちょ切れるストーリーが書かれた用紙を見つめて、俺は満足気に頷いた。
と、その時である。
「晃、雲雀、二人で何してるの?」
「っ!!!???」
突如、背後から聞こえてきたその声に、思わず俺の肩が跳ねる。ついつい熱中し過ぎていたせいか、奴が近づいてくる気配に気づけなかったのだ。
その一方で、雲雀は愛するお姉様の匂いを敏感に嗅ぎ取っていたようで、嬉しそうに顔を綻ばせながら手元にあった作文用紙を手にとって燕の元へ、あ、いや、ちょ…。
「しょうがっこうのさくぶん!」
「あら、そうなんだ。ふふ、偉いね?」
「えへ〜」
慈愛に満ち満ちた優しい微笑みと共に頭を撫でられ、雲雀がただでさえにやけていた面を更にだらしなく緩めている。
だが、生憎と俺は、その姉妹愛のシーンを微笑ましく見ている訳にもいかなかった。
「…………偉いね〜………」
何故か燕が、雲雀に見えない角度で俺に冷えっ冷えの視線を向けているのだ。
「もっとほめて♡」
「うん。もーっと褒めてあげたいから………………………見せて?」
「は〜い♡」
「(ばかやろう……!!)」
既に無意識下で何かを察しているというのだろうか。最後の一言だけが嫌に低い。
背中に嫌な汗が流れ落ちるのを感じ取って、俺はなにげなく立ち上がり、気づかれない様に部屋を出ていこうとして
どん!!!!!!!
目の前で繰り出された震脚に、思わず身体を震わせて足を止めた。
こちらに一切目をくれることも無いまま、スカートのままはしたなく長い脚を前に伸ばして俺の行く道を綺麗に塞ぐと、燕は張り付いた笑顔で作文をじっくりゆっくりねっとりと拝見する。
刻一刻と、時計の針が時を刻むだけが部屋に木霊する中、期待に目を輝かせて身体を揺らす雲雀とは対照的に、俺はその場に縫い付けられた様に指一本動かすことも出来ない。
「…ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
何とも簡素な感想が俺の耳に届いたのは、果たして何分後の事だっただろうか。
「ほめて♡」
「うん、雲雀は偉いねー。………向こうにお菓子あるから、ご褒美に食べていいよ」
「わーい♡」
お姉ちゃんのその言葉に諸手を上げて飛び跳ねた偉い子ちゃんが、弾む足取りで勢い良く部屋を出ていった。
うんうんそうだね偉いね。でも何がとは言わないけど俺も頑張った訳だしさ。お飲み物くらいは取りに行かせてもらってもいいんじゃないかな〜って。そんでそのままもう帰らないから今夜はお二人さんだけで仲良くゆっくりしっぽりと…なんて、
「
で
」
「………」
なんて。
出来るはずございませんよね。知ってた。
愛する恋人が、輝く笑顔で愛する彼氏に視線を向けている。見る人が見れば『まあ、何てお美しい光景でござんしょ』と思うことでしょう。
「おい」
可愛い彼女の背中から全く可愛くない黒いオーラが迸ってさえいなければ。
「………」
「正座」
「…………………」
腕を組んだ鬼さんの、無理矢理口から絞り出した様な全てをひれ伏させる圧を秘めたどすの効いた言の葉に、俺は最早一切の反論もすること無く、無言でその場に座り込むと、首を斬り落とされる罪人が如く、静かに下を向いて断罪の時を待つことにした。
「…潔し。ならばせめて安らかに誘ってあげましょう」
前をふさいでいた燕の靭やかな脚の影が、ゆっくりと真上へと持ち上がる。それは俺の死出の旅路へのカウントダウン。
「【創世の刻】」
刃が振り下ろされたその瞬間、俺はどうせ死ぬのならばとすかさず顔を上げて、目の前に広がる魅惑の黒い花園を網膜に焼き付けて
結果、もろに顔面に踵を食らい、無事に天へと召されるのだった。
後日。
まあ、意外でも何でもなく俺の力作は闇へと葬り去られて、雲雀が一からちゃんと考えた作文を無事提出した訳だが。
雲雀が書いた将来の夢、『看板娘』は見事クラスの優秀賞に選ばれましたとさ。ちゃんちゃん。
「書き直させてよかった、でしょ?」
「……………俺の自信作……………」
「まだ言うか」




