本日も至って平常運転
「あれ?」
それはなんて事の無い、とある日のこと。
自主的なお勉強という、素晴らしく勤勉な学生らしい勉活に汗を流して帰還してみれば、今日はお休みと聞いていたのにお店に明かりがついているではないか。
「あれあれぇ?」
おかしい。そうと分かっていたら、この私が勉強なんて優先する理由無かったのに。
不思議に思って裏からそそくさ覗き込むと、愛する我が義兄が物憂げにカウンターに座り、一人でグラスを傾けていた。
「………」
………。
……………。
………………。
エッロ………。
ほんっと晃ったらもう…。
もう晃ったらほんっと…。
こんなんもう誘ってるってことでは?
こんなんもう『いいから滅茶苦茶に抱いてよ』ってアピっている様なものなのでは?
晃ってもしかして晃と書いてドスケベえちえち大明神と読んだりするのでは?
だったらもういいよね?ね?晃がエッチなオーラを放っているから悪いんだもん。
飢えたおねの群れに全裸のショタを放り込む様なものだよ。食べられてしかるべきだよ。
もう学園祭で晃と姉さんのいちゃらぶ同人売ろうよ。
「そこの何故か血走った目ではあはあ言いながらこっちを覗き見ているお嬢さん。僕そろそろ怖いんですが」
「怖がらなくていいよ。天井の染みを数えている間に終わらせるから」
「こっわ………」
バレてしまったのならば、隠れる理由も無い。
隠す理由も無い。鼻息荒く、そして荒々しく、大股で愛する義兄の胸の中へと三世よろしく飛び込まんとして突っ込めば、これまた闘牛士よろしく華麗に回避されてしまった。勿論、晃のグラスからは一滴もお酒は零れていない。流石。好き。
ああでも顔から机に突っ込んだせいでお鼻が痛い。これは間違いなく訴えれる案件。
残念だね晃。訴えられたらもうお店続けられないねぇ?姉さん路頭に迷っちゃうねえぇ?
「身体を差し出すというなら示談にしてあげてもいいけど?」
「その結論から入る癖やめような?」
などと苦い顔で言いながら頭を撫でてくるものだから、私はぷんすこ頬を膨らませてぶすくれつつも、ご機嫌にいつもの席に座って頬杖をつく。
「どうしたの?何で一人で飲んでるのさ?飲むなら私がお酌してあげたのに」
「…まあ、色々あんだよ」
「…というか、姉さんは?」
「………居間」
私の問いに、気まずそうに視線を逸らした晃がグラスを傾ける。
余りに不自然極まりないその振る舞い。
「……まさか、姉さんにお酒飲ませたの!?」
私の賢いおつむがフル回転して、あっという間に答えに辿り着く。ここで『喧嘩したのか』、とはならないところで二人が普段どれだけ仲良しさんなのか、察してほしい。
それはさておき、ついカッとなった私は、胸ぐらを掴む勢いで晃に詰め寄った。
「…俺がちょっと外した間にいつの間にか上がり込んだ朱鷺羽が勝手に飲ませたの」
「……っだからといって………!」
『あ゙ー…バレた…』、みたいな顔で弱々しく眉間を抑える晃を他所に、私は物凄い勢いで頭に怒りが登ってきているのを感じ取っていた。
「どうして……」
いくらその所作が艶めかしかろうと関係ない。
それ程までに、姉さんにアルコールを摂取させるという行為は、私にとって許されざる行為だったのだ。
「…っ何で、何で言ってくれなかったの!?姉さんがお酒飲んだらどうなるのか、晃は分かってたはずじゃん!!」
「聞けよ」
「ましてや、そんな姉さんを一人にするだなんて…!見損なったよ晃!それでも本当に姉さんの事愛してるの!?」
「……愛してるからだよ」
愛しているから何だというのだ。
それが何を意味するのか、彼ならば理解してくれていると、そう信じていたのに。
「っもういい!晃なんて知らない!!なら私一人で行くからね!行っちゃうからね!!後で後悔したって遅いんだから!!」
「………後悔、か………」
机を渾身の力で叩き、勢いに任せて立ち上がると、私は晃に背を向けて歩き出した。
もう、彼は頼りに出来ない。きっと今頃姉さんは、たった一人で寂しがっているはずだ。傍に誰かがいてあげないと…!
…姉さん。
姉さん。
姉さんっ
「姉さん!!」
「あ〜雲雀らぁ〜〜♡」
「お帰りぃ〜♡遅かったねぇ〜?はぐする?それともちゅ〜しちゃおっかぁ〜?」
「両方で!お願いしまぁっす!!!!!!!!!!」
「いーよ〜?おいで〜♡は〜いはぐはぐー♡むちゅ〜〜♡♡」
「〜〜〜〜〜ッっっっっっしゃあ!!!!!!!!!!」
とりま私は柔らかな人肌に包まれて、喉が破れん程に歓喜に打ち震えた。
姉さんは醉うととっても素直な甘えん坊の甘やか師になる。
二人が成人したての頃、共にお酒を嗜んだ晃から心做しかやつれた顔でそれを聞かされた時、私は背中が反り返る程に両の拳を天に突き上げ、狂喜した。何なら何度かお酒を買おうとチャレンジした。
けれど、あの時の私はどこからどう見ても幼い小学生。お酒を買おうとしたところで買える訳が無い。私は膝を折り、何度も何度も拳を地面に叩きつけた。一生懸命特訓した運動会のリレーで、ゴールの目の前で抜かされたあの時よりも遥かに悔しかった。
それからというもの、幾度となく
『お姉ちゃんお酒のむ?』
『お酒のむ?お姉ちゃん』
『(背中に張り付いて)お酒飲んで…?ねっ!ねっ?…飲んで?飲んで…?ねっ?』
『どんぺり入りまぁーーーっす!!』
『雲雀の酒がのめねぇってのかぁ!!!』
と、あれこれ駄々を…じゃなくて策を弄してみたものの、真面目な姉さんは滅多なことでは自分からお酒を口にしない。
私は、言葉遣いにお冠な姉さんに笑顔でこめかみをグーでぐりぐりされながら、唇を噛み締め、血が滲む程に拳を握り締めてこの忌まわしい世界を呪った。
そして、今。
姉さんはまたお酒を飲んだ。
飲んだのだ。
「よ〜しよしよし♡ひぃ、ばぁ、りぃー♡あいかわらずほっぺたやわらかくてかわいーんらからぁ〜♡」
「え、えへ、ふへ。そ、そうですかぁ?で、でっすよねぇ?雲雀もそう思いますぅ…♡」
「雲雀はお姉ちゃんのじまぁんの妹だからねぇー♡だぁいしゅきだよ〜♡ちゅ♡」
「ふ、ふひゅふ、でゅふ♡ぬひ、ふへへ♡ひ、雲雀も、ぉ゙、お姉ちゃん、しゅ、しゅ、しゅきぃ♡♡もっと強く抱き締めてぇ…♡♡♡」
「ん〜?こ〜お?むぎゅぅー♡♡」
「んほぉ〜♡♡♡♡♡」
「俺たまにお前の事本気で怖いよ」
私はこの機を逃す様なうつけでは、断じて無い。
叶うならば、姉さんがお酒を飲み始めた時に同席していたかった。切にしていたかった。それについては、後で私のおらぬ間に勝手にお酒を飲ませたとっきーに原稿用紙10枚分程の短いメッセージによって断固として抗議をさせてもらおう。
後、どうやって姉さんにお酒を飲ませたのか、後学の為に詳しく。
「(あはぁ…♡)」
姉さんに頬をすりすりされる。それだけで私は天に昇る心地になれる。
…ねぇ晃、分からないよ。どうしてこの状態の姉さんを置いて一人で飲むの?一人で飲めるの?部屋の外から眺めるだけでなくて、こっちに来なよ。
この世の天国はここにあるではないか。人類がいつか帰る場所が。
晃の事は爪先から旋毛まで余すこと無く愛してるけど、そこだけは本当に理解出来ない。
見なよ。私の姉さんを。姉さんがいればそこが私達の酒池肉林ではないか。
この身体全部好きに出来るんやで?好っき放題やで?
この、身体……っ…ごくり…。
「お、お、ぉ゙、お姉、ちゃん?」
「んー?」
「む、む、む、胸とか、に、顔を、埋めちゃったりしても、い、いいかなぁ〜??」
「…………」
つい口をついて出たその言葉を聞いて、途端に姉さんから表情が抜け落ちた。思わず私の頬に冷たい汗が一雫。
「(ッ…………っくそ………っ!!!)」
幼い頃ならば何の躊躇いも無く出来た行為。今ならばと思ったのだが……っ。
酔っていても駄目か……………っ!!!!????
全身を駆け巡る悔しさともどかしさと狂おしさと愛しさと切なさとその他色々に強く歯を食いしばった、次の瞬間―――
「雲雀」
「は、はいっ!?」
ぽふん。
ぁ♡
「そんな事一々聞かなくてもいーんだよ……お姉ちゃんはいつだって雲雀を抱き締めてあげるんだから……」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(もみ…)」
「無言で恐る恐るライン見極めに行くのやめろ」
やわらかい ああやわらかい やわらかい
柳葉 雲雀 辞世の句
このやわやわが、明らかに学生時代より成長しているこのやわやわが、私を狂わせる。
やっぱり時代は姉さんだよ。
天下に姉さんを布こう。それが泰平への近道。
あああ姉さん姉さん姉さん。貴方はどうしていつも私を満たしてくれるのですか?
雲雀がお姉ちゃんで全部満たされたら、それはつまりもうお姉ちゃんじゃないですか。お姉ちゃんは雲雀をお姉ちゃんにして何がしたいの?晃と3◯?任せて雲雀ちゃんと保健のお勉強してるから。何なら今日してきたから。きっと悦ばせられると思う。してみせる。
妄想してる時の◯んのすけみたいな面でひたすらに悶える私を、何故か晃がただひたすらに恐ろしい怪物を見るかの様な目で見つめている。
確かに、私の可愛さってエイリアン級だもんね。分かるよ。
「あ〜あきらぁ〜。む〜……何で向こういっちゃうのぉ…?」
そんな晃に漸く気づいた姉さんが、とろんとした瞳で恋人の方を見る。
…とろんとした、ひとみ。
いやエッッッロ………。
何かさ、こんな目で見られたらつい口に太いものねじ込みたくなるよね?そんで涙目で苦しそうに見上げてほしくなるよね?ならない?なるって言ったそこの貴方。姉さんに邪な目を向けた罰として一週間フランクフルトだけで生活してください。
「…絡まれたくないからだよ」
そんな私の妄想に気付くはずも無く、二人は私を挟んで勝手に会話を進めている訳ですが。
しかしそこで、姉さんの眦にキラリとした光が見えて、私は限界まで目を見開いた。
「…わらひのこと…きらいなんらぁ……ひ、ひっく…っ」
「あぁー!?晃何姉さん泣かせてんの!?泣かせるくらいなら啼かせんかい!!ほら今すぐちゅーして!!強く!深く!!そして熱く!!!あ、私に見せつける様に」
「ぁ゙ー…やっぱこうなったぁ…」
甘え上戸の泣き上戸。姉さんを晃に押し付けて、私は二人の横(距離にして10cm)で待機する。
眼前に広がる、私の愛する姉さんと愛するお兄ちゃんが目と目で通じ合う光景。うわこれもう芸術でしょ。絵画にして私の部屋の天井にびっしり隙間無く敷き詰めたい。起きたら、まずそれを見て色々堪能するんだぁ。
「………する?」
「………ぁ゙ー………」
「………してくれないの…?」
「呆れる程にしまくるに決まってんだろ!!」
「柳葉、座りなさい」
姉さんが、常ならばまず聞くことなどできないであろう、甘えきったお声で晃に上目遣い。
あ、いい。いいなぁそれいい。私もやってほしい。土下座して足舐めたらやってくれるかなぁ。無理なら足だけでもいいけど。
無意識に姉さんへと両手を伸ばす私の顔面を、晃が大きなお手々で鷲掴んで強引に遠ざける。お、女の子の扱い方じゃなひ……。
「……ほら、こっち来い」
「っ!……うん♡」
「むぐぐっ」
キタァ!!!姉さんと晃のいちゃいちゃちゅっちゅう!!しかも特等席っ!!
割と姉さんってしっかりしてそうで油断すること多いから、人がいないと思って夜な夜なこそこそ部屋なりお店なりで晃とちゅーしてるんだけど、知ってる?姉さん。私いるよ?実は。割と。
まあ、晃はだいたい気付いているから、流石にそれ以上を見たことは無いんだけどさ。…でも、見られていると気づいた上で、ある程度まではイクって、逆にえっちじゃない?晃ってSだよね。姉さんをいじめて、私をいじめて。言っとくけど雲雀はどちらかというと悦ぶ方だからね?
あ゙あ゙あ゙姉さん姉さん姉さん。隠せてると思い込んで余裕綽々のできるお姉さん演じてるの本っ当に可愛い。この人こんなにお姉さんぶってるけど昨夜旦那に攻められてめちゃくちゃ真っ赤になってあたふたしてたんだぜ、って思うとめっちゃ捗る。え?何がって………お、お勉強。
「雲雀はそれだけで4日はいけます」
「雲雀」
「え?何?混ざれって?しょうがにゃいにゃあ…♡」
「いや、行司みたいな面で立ち会ってないで、部屋戻れ?」
「…………………………」
「…………………………」
『いやいやお気になさらず?』そんな念を込めて笑顔で両手を差し出した。
『で・て・け』そんな念の込められた笑顔で片手でしっしと払われた。
……………。
ひ…
……ひっく。
「うわーん!晃の馬鹿ー!今度晃がいない間に店内のBGM、一時期てぃっくなとっくで大バズリだったYから始まるあの曲にしてやるぅ!いや、やりますねぇ!!」
「やめろ!!」
「あきらぁ〜は〜や〜く〜…」
あまりに血も涙も無い愛する義兄の所業に涙を垂れ流しながらお店を飛び出した。
出ていく直前にちらっと振り返ってみれば、既に姉さんが晃の首に手を回してはむはむしている楽園がそこにあって。でも、晃が目だけで『はよ出てけ』と言っていて。
いけずなお兄様にべーっと舌だけ出してサッサと部屋に戻ると、私は枕を涙で濡らしながら、本日も二人が仲良しさんであることに満足するのだった。
ああ、本日も私のお兄ちゃんとお姉ちゃんが尊すぎる!!




