本日も平常運転
「お、俺と付き合ってくださいっ柳葉さん!!」
「ごめんなさい」
■
「ただいま」
「お帰り〜ぎばちゃん♪」
「誰がぎばちゃんか。その呼び方止めて」
「めんごめんご」
今月何度目かという告白を丁重に丁寧に優しくやんわりふんわりお断りさせていただいた高校1年生の春。
内心鬱屈した気持ちと重たい足取りでようやっと教室に帰ってくれば、そこにはこちらの心中など何一つ気にする様子も無い(当たり前だけど)友人の姿。
「どうだった?」
「いつも通り断ったけど」
「え〜つまんな〜い」
「楽しまない」
遠慮の無い関係というのは心地の良いものではあるけれど、しなさすぎるのもどうなのかと思い始めてきた今日此の頃。
チョップされた額を押さえてニヤニヤする友人にそっぽを向く形で肘をついて席についた私は、改めて先程の告白を思い返す。
「……やっぱり違うんだよね」
「ハードル上げすぎじゃないのー?」
「…そうなのかな…」
何気なく放たれたその言葉に、私は静かに考え込むも、結局、いつも答えは変わらない。
これから先、長い時間を共に過ごしていくと仮定して、『この人いいかも』、『悪くはないかな』、なんてそんな偉そうで中身の無い思考で安易に付き合っていいものなのだろうかと。それこそ、自分よりも相手に失礼なのではないか。そう思ってしまう。
そうでなくとも、告白なんて何度もされたら気が滅入るものだけれど。
まあ、相手にとっては最初で最後なんだろうが、立て続けに呼び出されるこっちの身にもなってほしい。告白は何よりも相手の事を考えないとね。
そんな私の胸中なんてお見通しなのだろう。目の前の彼女が、たははと苦笑い。
「重いよねぇ」
「重いのかなぁ?私…」
「私らまだ高校生よ?ピッチピチやで」
だから奔放に遊び回れと、そう言いたいのだろうか。
『少女よ、大志ならぬ男子を抱け』、と。
まさか。そこまでフリーダムな子ではない……はずだ。
「具体的にどういう人がい「晃!」食い気味…」
「道は険しいねぇ……」
「だってぇ〜…」
呆れ果てた目を向けられたことに心抉られ、私は机に突っ伏した。
結局のところ、そういうことなのだろう。
私にとって『恋人』とは、『あの二人』の様に隣にいることが当たり前で、自然で、そうでないと落ち着かないくらいに、それ程までに理想的な関係なのだ。
「い゙い゙な゙ぁ゙〜幼馴染ぃ゙〜」
「私がいるじゃないの…♡」
「同性〜」
けど、そう思うのは、そう思えるくらいあの二人が長い時間を共に過ごしてきたから。
残念ながら、私がそれ程の関係性を築いてきたのはそれこそあの二人か、甘々に見積もって目の前のこの子しかいない。
「受け止めてやんよ」
「うわ〜ん」
やはり百合か。百合に走るしか無いのんか。
柔らかい感触に顔を埋めながら、頭を撫でる意外にも優しい手つきに身を委ねる。
この年になっても未だ甘えたがりなのはちょっと恥ずかしいけれど、この子相手なら今更だ。
「よーしよし。”雲雀”は可愛いねぇ〜♡」
「は?姉さんと同じ血が流れてるんだから当たり前でしょ?」
「可愛くねえぇ〜」
■
本日のお勤め完了。鐘が鳴り響くと同時に、友人の別れの挨拶もそぞろに、私は全速力で帰路につく。もしもタイムを計っていたのなら、今日はきっとベストタイムを叩き出したことであろう。それ程までに、今日は待ちに待った約束の日なのだ。
小さい頃から慣れ親しんだ素朴なお店が見えてくる。私は直ぐ様滑り込む……ことはせずに一度通り過ぎると、隣の家、つまりは私の家に入って鏡の前で身だしなみを整える。あの人の前で汗だくな情けない姿を見せる訳にはいかないから。
綺麗に汗を流して、髪を整えて、笑顔の練習。愛する人に梳いてもらいたいが為だけに伸ばした髪の天辺には、今日も跳ねっ返りがぴょこんと己が生き様を示している。
うん。完璧。
「たっだいまー!!」
「おー、お帰り」
さも優雅に帰ってきましたよ、と言った感じで厳かに店に入りながら、厳かとは程遠い元気な声でご挨拶。
そんな私をカウンターから出迎えてくれたのは、学生時代よりも大人びたお顔が堪らなく格好良くて目付きの悪さも醸し出すちょいワルな雰囲気も何もかも相まって人類どころかわんちゃんすらも魅了するであろう程にエプロン姿がよく似合っていてつまりは最高最強最愛私の
「晃!結婚しよう!!」
「俺既婚」
「愛人でいいから!!」
「俺一途」
花も恥じらう乙女の告白に対して、グラスを拭いたまま視線も寄越さず、何とも淡白なお返事が返って来る。
ちぇ。通算382回目の告白も駄目か。もう、晃もいい加減姉さんと一緒に私もまとめて愛するくらいの甲斐性を培えばいいのに。この照れ屋さんめ♡
私はいつでもオールオッケーなのに。姉さんと二人で愛してもらえるなんてもう心が舞い上がり過ぎて二つの意味で昇天しちゃうのに。
あああ姉さん姉さん姉さん今日も義理の兄が格好いいよぉちょっとくらい可愛い妹にお裾分けしてあげるのも良くない?先っちょだけでいいからさ。贅沢言わないからさ。
え?相手の事も考えろ?考え抜いた末だけど?
「雲雀はそれだけで3日はいけます」
「何の話やねん」
「週3、……週5でいいよ?」
「……バイトの話か??」
そうそうバイト。夜のアルバイト。
そうそうそうだ。話が逸れたせいでついうっかり。
そう。そう。そうっ。ついに……ついに私もアルバイトの許可が下りたのだった!!
ず〜〜っと待ってた。待ち焦がれてた。何なら今までも無償でいいので手伝わせてくださいこき使ってくださいって土下座するくらい待ってた。身内だからっていう理由とお小遣いっていう体で許してもらえたけど。
でもこれで、ついに私も名実ともに看板娘。幼い頃からの夢がまた一つ叶う日が来たのだ。後は晃が私を愛してくれれば言う事ないよね。ね!ね!!
「雲雀はそれだけで1週間は闘えます」
「うち闘技場とかではなく普通の喫茶店なんすよね」
おっとよだれが。……?なんで晃は私を慄いた様な目で見ているんだろう。あ、そっかぁ。今日はそういう趣向かぁ。もう、それならそうと素直に言ってくれればいいのにぃ。駄目だよ晃。そんな冷たい目で見られたら私全身火照っちゃう。雲雀を焼き鳥にして食べちゃいたいだなんて本当罪なお兄ちゃん。
「うん♡いいよ♡何でも命令していいんだよ……♡雲雀はもう立派な大人だから…」
「会話のキャッチボールしません?」
ああんつれないぃ。
「…ところで大人の雲雀ちゃん。一人称戻ってるけど」
「っ」
…………。
「………い、いいんだよ。家族の前ならね」
「はいはい。ほら、今は休憩中だし、とりあえず座れよ」
雑な対応とは裏腹な優しい手つきで、カウンターから出てきた晃が椅子を引いてくれる。抑えきれない笑顔を溢れさせながら、弾む足取りで私も遠慮なく席に。
カウンターの端、晃が一番近い席。ここは私の特等席。生涯予約済みの私専用の席なのだ。
奥を覗き込む。ある筈の背中が見当たらないことに、つい首を傾げる。
「ねえねえ晃。姉さんは??」
「もうすぐ帰ってくるだろ」
「え〜いないのぉ〜?」
浮き足だった所で蹴躓いた気分だ。せっかく、そして早速、今日学校であった出来事を話そうと思ってたのにい。
けれどいないのならば仕方ない。今はいないからこそ出来るお話を。
「晃。ちゃんと姉さんとイチャイチャしてる?」
「その質問何度目だろうなぁ」
「ハグした?ちゅーした?一緒に寝た?」
「したしたねた」
「宜しい」
今日も私の大好きな二人は順風満帆、と。よくできました。花丸。
「ついでに私にもハグしてちゅーして添い寝していいんだよ?」
「遠慮しておきます」
「しなくていいのにー…」
重い重ーい溜息と共に私はお行儀悪くカウンターに顎を乗せる。
あーあ。姉さんはいいなぁ。毎日、晃に愛してもらえて。こんな格好いい晃に愛を注がれるだなんて姉さんは世界一幸せだよね。そしてあんな美しい姉さんに愛してもらえるだなんて晃ったら何て恵まれているのだろうか………あー晃羨ましい。私も姉さんにハグされたいちゅーされたい裸と裸で抱きしめ合いたい。
あ゙あ゙あ゙姉さん姉さん姉さん。きっと昨夜もそれはそれは素晴らしいめくるめく夢の光景が繰り広げられていたんだろうなぁ。
『ふふ…ここ?ここがいいの晃?ほら、ちゃんとこっち見て?』
『あ、ああ…、そんな大きいのはいらな、…ひぎぃ、らめぇ〜〜』
『ああっ…♡可愛いぃ……♡もっと、もっと鳴いて?』
「みたいなさ」
「突然突っ伏したまま流暢に語りだしたと思ったら義妹の中で俺が受けだった事が衝撃的すぎて話入ってこないんだけど」
「至高にして究極な私の姉さんがそんな弱いところ見せる訳無いじゃん」
「…いや割と…」
「どうしても否定するって言うなら晃の腕の中でだらしなく口からよだれ垂らしながら幸せそうに顔蕩けさせて背中えび反りで仰け反らせながらあひんあひんよがってる姉さん見せてよ動画でいいよ」
「お前実の姉を◯◯撮りしてこいって言ってる??」
「勿論、姉さん視点と晃視点の両方ね」
「俺も!!!???」
「それなら眠れぬ夜も安心だもんねっ……え゙へ♡」
「どうしてこんななっちまったんだ」
格好いいお兄ちゃんと可愛いお姉ちゃんの薫陶の賜物だね。ありがとう。おかげで私は立派に拗らせて立派に性癖歪みました。育成大成功だね。
「ね、ね、着替えていい?制服着てもいい?」
「構わんけど」
「わーい」
「ここで脱ぐな!!」
お許しが出たということで、うきうきとシャツのボタンを勢い良く外せば、すかさず背後に回り込んだ晃に猫の様に首元を持ち上げられ、哀れ私は二人の愛の巣へ。おじさんとおばさんは二号店を考えているとかで最近はいないんだよね。でもこういう雑な扱いも悪くないよね。今度首輪でも買おうかなぁ。買おう(決意)。
「ちゃんと着なきゃ働かせんからな」
「はーい…」
そして放り込まれたのは二人の寝室。普通にお店の更衣室に放り込めばいいのに、その発想が無いのはやっぱり晃にとって私は家族だからなんだよね。…えへへー。笑いが止まらない。
自分でも分かるニヤニヤと共に、私はゆっくりと部屋を見回した。
そこは昔から変わらない……いや、二人が共に過ごしているという証がちらほら見受けられるかつての兄の部屋。でもやっぱり流石に昔よりは狭いね。
「………」
「…………」
…よくよく考えると、毎晩この部屋で大好きな私の姉さんと大好きな私の晃があんなことやこんなことをシているのかぁ。
あの清純可憐を体現したかの様な私の姉さんが、汚れた世界に舞い降りた美の女神たる私の姉さんが、夜な夜な子悪魔みたいに私の晃をあの手この手で誘惑してあんなところやこんなところをお互いあれこれしているのかぁ。清濁併せ呑むとかやっぱり私の姉さんって最の高じゃない?姉さんは天にして魔。光であり闇。故に姉さん。これぞ姉さん。はいこれテストに出ます。無論、配点は100。いや、120。
私は力強く前へと踏み出すと、姉さんが普段使っている枕に微塵の躊躇いなく頭から突っ込んだ。
「むふ」
…………………姉さんの残り香…………………最っっっっっ高。
胸の奥とかあんなところとかから熱いものが色々と込み上げちゃう。
もうこんなのドラッグだよぉ♡誰だ姉さんを違法薬物扱いしたのは。姉さんは隅々まで染み渡る漢方だろうが潰すぞ。
「ふがふがふもっふ」
…けれど何だろうこの感覚。姉さんが晃を抱き、晃が姉さんを抱く。その光景を思い浮かべた時、私の胸の奥にとある苦い想いが込み上げる。
それは例えるならそう…
まるで推し活とNTRを同時に味わっているかの様な奇妙でお得な感覚。
あ、あ、あ゙。姉さんらめぇ、晃のそんなとこまで、激しすぎるよおぅ。…い、イケナイ、の、脳が壊れりゅぅ゙壊れひゃううぅ……♡♡
「………雲雀……?」
「はっ!?」
そんな私を現実に引き戻したのは、間違えもしない、間違えるはずも無い。私の最愛の姉さんのオペラ役者もかくやという透き通る声。その美声が耳を通り過ぎる度に脳から何か色々どばどば出て、見知らぬ異性からの告白により疲れ果てた私の心が瞬く間に。やっぱ時代は姉さんだよね。はい今日告白してきた輩の顔もう彼方に吹っ飛びました。
即座に跳ね起きて振り向けば、そこには学生時代よりも大人びた可愛くもありそれでいて美しさまで兼ね備えた麗しのお顔をこれでもかと輝かせて髪の毛も昔よりも少し伸ばしたおかげでぐんっと大人の女性に近づいてお胸も成長著しいつまりはプリティービューティーワンダフル私の
「姉さん…いつからそこに……?」
「……割と最初から……」
さ、最初から?…見られてたの?私が姉さんのクッションに顔を埋めてはすはすしていたのも、乱れた服のまま太腿擦り合わせて悶えていたのも、……全部?
そんな。
………そんなの。
興奮しかしない。
「……あの、ね…?」
「なあに姉さん♡あ、お帰りなさい今日も姉さんは可愛いね勿論朝も可愛かったけどこの半日でもっと可愛くなってない姉さん?もう姉さんったらどれだけ私を狂わせれば気が済むの?私がこうして姉さんを補給しなくちゃならないのは姉さんのラブリーさが留まる事を知らないからなんだよ?もう反省してよね姉さんそういうとこだよ姉さん今日は雲雀と一緒にお風呂入って一緒に寝ようねお姉ちゃん♡♡♡」
「………………何があっても私は貴方のお姉ちゃんだから」
「うん♡でも感動的な台詞なのに何で顔を背けるの?♡♡でもでもその角度も可愛いねお姉ちゃん♡♡指でハート作って♡目線くださーい♡」
「どうしてこうなっちゃったのかなぁ…」
晃の口からも聞いたそのよく分からないお言葉。示し合わせる訳でもなくお姉ちゃんもまた自然とそれを口にするという、夫婦の息の揃った素晴らしい阿吽の呼吸に、雲雀は首を傾げながらも笑みを溢れさせずにはいられなかったのである。
ああ、本日も私のお兄ちゃんとお姉ちゃんが尊すぎる!




