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最終話 本日も隣の小鳥が愛おしい。

町の片隅にある何の変哲もない小さな喫茶店・《ひいらぎ》。

俺、柊晃はそこの一人息子である。

ただし、店のことは別に好きでも嫌いでもないという、何とも親不孝な息子であるが。


毎日、朝早くに起きて店の前を掃く。それは最早、身体に染み付いたルーティン。

頼まれた訳ではない。ないけれど、何となくずっと続けている。

…もう一度言うが、別に店のことは好きでも嫌いでもない。ならわざわざ嫌う必要も無いってだけだ。誰だってそうだろう。


「…おし、完璧。我ながら素晴らしい腕…いや、片腕?」


一通り掃除を終わらせ、その出来栄えに満足気に頷いた俺は額に滲んだ汗を拭く。


「さて」

「まだ手も満足に動かせないだろうに。頑張り屋さんだなぁ」

「…………」


向こうから走ってきた、動きやすそうなランニングウェアに身を包んだ長くて薄い茶髪の女性が、すれ違い様にそんな軽い声をかけてきた。

その女性は、特に立ち止まることも振り返ることも無く、そのまますーっと流れる様に立ち去っていく。


「…………」

「やあ、おはよう。晃君」


苦い顔で立ち尽くす俺の向こうで隣の家の扉が開いて、一人の男性が顔を覗かせた。

お隣の柳葉家の家長・昴さんである。


「あれ、おじさん早いですね。まだ時間じゃないでしょう?」

「そこはもう、何と言うか、染み付いた習慣だよね…」


あれから。


事件が一段落して、おじさんは内勤へと転属した。

忙しいは忙しいが、前程時間に追われることも無くなった…らしい。

今は、2人の娘と過ごす時間を何より大切にしているようだ。


「それより聞いておくれよ、晃君…。燕がさ、最近、何故か遊びに誘ってもつれないんだよぉ…いつも用事があるからっ、て……」

「……へー、そうなんすね…」

「分かってるよ…?先にあの子達を放ったらかしにしていたのは僕だって…。でも、別にどうでもいいなんて思ったことは一度も無いのに……」

「……そう、っすね…」

「やっぱり嫌われたのかなぁ…。この間も牛乳買い忘れたし…」

「………」


…そう言えば、俺おじさんに言ったっけ。

『お宅のお嬢さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいております』って。


言っ…てない様な気がするな。


意外だな…。てっきり、俺の一世一代の大舞台を実は最初から最後まで気配を消して影で覗き見していた出歯亀オバハンが、速攻で広めると思ってたけど。

『むっかえっにきったよ〜☆』とかわざとらしくほざくあのムカつく程に輝く笑顔は絶対それだと思っていたのに。


「お父さん」


おっと噂をすれば。

開けっ放しの扉から顔を見せたのは、むすっとしたお顔がトレードマークの、おじさんの目に入れても痛くない2人の娘の片割れ・燕。


……俺の彼女でもある。


「やあ、おはよう燕」

「うん、おはよう。…もう。開けっ放しは止めてって言ったでしょう?」

「おっと、ごめんごめん」


『たはは…』と笑いながら、ぽりぽりと呑気そうに頭を掻くおじさん。そういうとこだと思います。

こんな冴えないおじさんが、いざとなると大の男をいともたやすく投げ飛ばしてみせるんだから、人って本当に見かけによらないよなぁ。

成程、これが『ギャップ萌え』…。きゅんです。


燕はそんなギャップおじさんに呆れた顔で小さく溜息をつきながら、今度は俺に視線を向ける。すると何故か失礼なことに、眉間のシワシワが深くなった。

そして徐ろに俺に歩み寄ると、喉元へと手を伸ばす。


勿論、別に俺の息の根を止めることが目的ではない。


「…もう。ボタン、掛け違えてる……」

「…おっと、悪い。片手だとどうにも……」

「ちゃんと鏡で確認しなさい?」

「……うっす」

「………うん。よし。かっこいい」


丁寧にボタンを揃えると皺を伸ばし、一歩下がって俺を眺めて、満足気にうんうん頷き、


そのまままた近づいて


背伸びして


「ちゅ」

「……………っ」


小さな口付け一つ。


「おはよ、晃」

「……おはよう、燕…」

「うん♪」


ペロリと唇を舐めて微笑むお顔に、さっきの皺は影も形も無い。

嬉しそうに笑うその笑顔。朝焼けに照らされて光り輝くその笑顔を


「……………」


おじさんが固まった笑顔で見つめていた。


「あ」


今更、本当に今更、燕が自分で挨拶しておいて自分で置いてけぼりにした哀れな中年に気付く。


「…つば、つばめ?…あきらくん?」

「えーー……っと……」

「まあ、…そういうことです…はい」


わなわな。ぷるぷる。

はたしてどちらの擬音が正しいのか分からない、何か小さく震えるおじさん、略してちいふじに俺はどういう言葉をかければよいのだろうか。

本当ならば、しかるべき場所を用意してしかるべき挨拶をするべきだと言うのに、この鳥公がよぉ。『あ』、とか言っておきながら然りげ無く俺の胸にしなだれたままだしよぉ。


「つ、つば…っ」

「「え」」


両腕を固く握り締め、全身を震わせるおじさんが何かを呟いたと思った次の瞬間――




『つばきさぁーーん!やあっとですよぉーー!』




そのまま腕を突き上げると、己の自宅に駆け込んで、消えていった。

台詞から鑑みるに、まあ、恐らくは仏壇にでも報告に行ったのだろうが……。


すんませんおじさん。俺、椿さんに真っ先に報告しました。


「「…………」」


「……手間が省けた…ってこと?」

「いや、俺は今度ちゃんと挨拶するぞ…」

「あ、嬉しい」

「さいですか…」






「お姉ちゃーん……」


後ろからそんな声が聞こえたのは、頬を微かに染めて照れくさそうに微笑む燕が、恋人繋ぎした片手を楽しそうに揺らしている時だった。

耳に大変馴染んだそのあどけない声に、俺達は仲良く揃って振り返る。


「あら、雲雀。もう起きたの?」


そこにいたのは、燕が目に入れても痛くないくらいに大層可愛がっている、年の離れた妹・雲雀。

まだおねむなのか、目をしょぼしょぼと擦りながら扉から顔を覗かせるその小さな姿は何とも可愛らしい。


「お父さん、うるさい…」

「ふふ。だね?」


どうやら、あのどたばた音のせいで目が覚めてしまったらしい。


「あきらだー」


そんな雲雀は、俺を視界に入れると一転して笑い、嬉しそうに俺に低空タックルを仕掛けてくる。

今片手使えないからマジでやめようね。


「よう、マイヒーロー、ヒ・ヴァ〜ルィ」

「んふふ〜…。雲雀、晃のヒーロー…」


顔を赤くして、こそばゆそうに胸を張る雲雀。

『ヒーロー』。年頃の乙女たる雲雀ちゃんはこのフレーズが大変お気に入りらしく、最近は事ある毎に俺に言わせては満足する、というのがお馴染みのルーティンと化している。


「晃もね?雲雀のヒーローだよ?」

「お。そりゃあ光栄」


…はは、何て微笑ましい。どっかの筋肉とは違って素直に嬉しい。


…ヒーロー、か。あいつの時だってそんなつもりは無かったけれど、こんなしょうもない人間でも誰かの支えになれる、というのはやはり嬉しく、こそばゆく。


しゃがみ込んで目線を合わせてやれば、雲雀が最高のお兄様に対する敬愛の視線を持って笑い――


「けっこんする?」

「え?」


流れ変わったな。


「雲雀は晃が好き。晃は雲雀が好き。だよね?」

「お、おう?まあ、な…」

「けっこんする?」

「あの、雲雀さん?」

「しよ?」


ぎゅっと。捕らえた獲物を決して逃さない様に強く握り締めた小さなお手々から伝わる、大きく揺るぎない意志。

お姉ちゃんを守ってみせた騎士様に何か思うところがあったのか、それとも元々か。雲雀は最近、妙に色気づいたというか、お盛んというか。…何て言うべきなんだろうね、こういうの。


別に、好意を向けられる事は素直に嬉しいが、今の俺には生憎と


「ひーばーりー?」

「あ〜……」


べりっと。俺に縋り付く雲雀を強引に引き剥がした燕が、むすっとしたお顔を大変珍い事に愛する妹御に向けている。

付き合ってから知った事だが、燕ちんったら意外と嫉妬深いらしい。はい。結構ぐっときます。


「…駄目よ。晃はお、お姉ちゃんの…だから。いくら雲雀でも、それは、…駄目」


同じくしゃがみ込んで目線を合わせた燕が、真っ直ぐに雲雀の目を見てこれまたたまらないことを。

果たして雲雀は、その言葉の意味をちゃんと理解しているのかいないのか。


「じゃあお姉ちゃんでいい」

「…………ん?」


これしてないな。

そしてまた流れ変わったな。


「雲雀はお姉ちゃんが好き。お姉ちゃんは雲雀が好き。だよね??」

「うん」


そこは迷い無いんかい。


「けっこんする?」

「え、いや、その……」

「しよ?」

「うぐ……っか、可愛い…っ!」

「しよ??」

「…………ぅ、うん、そうだね…?しよっか。結婚…」

「おい」


もう捨てられたんですけど僕。

俺は何のために命を燃やしたんや。


固く抱き合う美人姉妹。その横で真っ白になって壁の染みと化すあたくし。

そっか。このお話って百合だったんだね。後でちゃんと編集しておかないと。え?じゃあ俺は何なの?羽虫とか?


「えへ〜♡」


愛するお姉ちゃんから言質をとった雲雀が、楽しそうにくるくる回って踊り出す。

しゃがんだまま楽しそうに笑い、ご機嫌に合いの手を打つ燕の背中を見下ろしながら、俺はどう説明したものかと頭を悩ませるのだが。


「お姉ちゃんとけっこんしたら、それすなわち晃とけっこんしたということ。雲雀は幸せ、二人も幸せ。うぃんうぃん」

「ええ?…うーん?…そう、なの?」

「知るか…」


…まあ、いいか。雲雀がこんなに嬉しそうなんだし。

成長すれば、流石に色々目が覚めるだろうし、その辺は追々ってことで。


「晃!」

「はいはい」

「お姉ちゃん!」

「なぁに?」


散々踊り回って満足した雲雀がこちらに駆け寄り、片手ずつ俺達の手を握る。


「雲雀たち、ずーっといっしょだよ!!」


満開、そして満面の笑みに見上げられて、俺と燕は顔を見合わせると、肩を震わせて笑い合うのだった。






…全く、本日も騒がしいことだ。
















「そう言えば、さっき朱鷺羽いなかった?」

「ああ、まあな。ったく何しに来たんだか…」

「『これを渡しておこう。苦痛に耐えられぬ時に飲むがいい』」

「いきなりどうした」

「え?痛み止め。あの子がこんな感じで渡してあげて…って」

「それは朱鷺じゃなくてトキだよ!!」

「え、うん。朱鷺羽だけど……?」

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