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第23話 本日のヒーロー

馴染みの無い景色。

馴染みの無い匂い。


そして馴染みの無い痛み。


「………」


運び込まれた病院で、俺は包帯でぐるぐる巻きにされた右手をじっと見つめていた。


「ぐっ……!?」


疼く……っ!俺の中の闇の炎が……!




「………………虚し」


……と、するには少々格好のつかない、ガチめの治療。

当たり前だが、暫くは利き腕を使うことが出来ない。色々と不便を強いられる事が確定した仄暗い未来に、俺は憂鬱を隠せずにいた。色々って何だって?色々だよ。


幼気な美少年がこんなにも苦しんでいるというのに、あれこれお構い無しに事情を聞き出そうとしてくる気の利かない大人達。唯一、事情を理解出来るおじさんが助けてくれなければ、俺は一体どうなっていたことやら。


…脱走しただけでも驚きなのに、加えて速攻の再犯。理由こそ垣間見えど、それでも、何があの男をあそこまで駆り立てたのか最後まで理解出来なかったが、する必要もないのだろう。得てして、子供を狙う様な犯罪者などそういうものだ。


唯一理解出来るのは、もう二度とあの男が日の光を浴びる事は無いであろうこと。

勿論、同情の余地もない。警察には、またこんな事が起きない様に今まで以上に徹底してほしいものだ。




「晃」


今も色々と込み入った話が行われているであろう部屋の前の廊下でぼ〜っと椅子に座っていれば、同じく退屈で逃げてきたらしい雲雀が、辺りをうろうろ見回すなり俺を見つけ、てててと小さな足で駆けてくる。廊下は走るな。


「よう、雲雀。どうだ。お兄様のこの包帯。かっけーだろ」


顔に手を当て、かっちょいいポーズを決める俺を華麗に無視して、雲雀が隣に座る。

ぎゅっと俺の裾を固く握り締める手は震えていた。


「晃」

「うん?…どうした?」

「…雲雀、やくに立った?」

「……ん?」


そして、声も。


「…立ったも何も」


雲雀が安心出来る様に笑顔を浮かべて、俺はその小さな頭を撫でた。


「お前がいてくれたから俺はこうして生きてるんだよ」


痛みに泣いてなどいられない。こんな小さな子供が凛と振る舞っているのに、イケてるお兄様が情けない姿を晒す訳にはいかないだろう。お兄ちゃんとは全力で遂行するものなのだから。


「……雲雀、晃をたすけられた?」

「当たり前だろ。…ありがとな、雲雀。お前は俺のヒーローだよ」

「………!!」


俺のその言葉に、雲雀の目が限界まで見開いて、そして固まった。

丸くて大きな目が、何度も瞬きを繰り返し、瞬く間に潤んで、


「う」


「ぅ、う…」


「うぁ…っ」


大粒の涙がポロポロと零れ落ちて


「うわぁああああん…っ!!」


必死に堪えていた恐怖心が、ここに来てついに決壊したのだろう。

こちらに抱き着いて大声で鳴き叫ぶ雲雀を抱き締め、その頭を変わらず撫でて、全てが終わったことを悟り、俺は目を閉じて深く息を吐くのだった。

















「………」

「………」


泣き疲れて寝てしまった雲雀を、諸々を一旦片付けたおじさんが苦笑いと共に連れていき、入れ替わる様にして今度は燕がやってきていた。

何を言う事も無く左隣に座り、怪我していない左手をとって無言で撫で続ける謎に満ちた行動に、俺はこの場で取るべき正解を未だ見出せずにいる。


「…痛い?」


漸く、燕が口を開いた。なんとも簡素な一言だけだったけれど。


「痛くない」

「うそ」

「嘘じゃない」


握られた手の力が強くなった。

余裕綽々の裏で身体を硬直させる俺に気付くことなく、燕は肩に頭を乗せてくる。

頬にちくちくと当たる跳ねっ返りが何ともくすぐったい。


「いつから、気付いていたの?」

「何に」

「…あの人が、いるって」

「………」


燕が、雲雀を着せ替え人形にしている辺りで、その視線には気付いていた。

視界の片隅に確かに映った黒い影。人混みが多いとはいえ、いや多いからこそ、か。かつての記憶も手伝って、その漆黒は嫌に目に焼きついた。

勿論、最初は己が目を信じられなかったけれど。


念の為、その時点でおじさんには連絡だけ入れておいたのだ。雲雀がおじさんに運良く会えたのも、偶然ではなかったのだろう。


「…まあ、細かいことは気にすんなよ。もう、終わったことだ」

「…………」


しかし、せっかくこの俺が優しい言葉をかけてやっているというのに、お嬢さんってば反応が薄い。

もたれ掛かっているせいで、今、燕がどの様な表情を浮かべているのかは定かではないが、空気がどんよりと重いことだけは分かる。


致し方ない。ここは、また俺の小粋なトークで和ませるしかあるまい。


「どーよ。晃様格好良かっただろ?惚れちまったか?」

「うん」

「………うん?」


和ませ…、?


「いつだって格好良いって思ってるよ。また惚れ直した」

「お………?」


余りに予想を超えた言葉に、瞬時に口が回らなくなって、変な声が漏れる。

握られていた手が解かれ、細い指が絡みつく。一切の隙間を無くそうと、掌まで強く押し付けられる温かい体温。

一体全体只今何が起きていらっしゃるのか。絶賛混乱真っ只中の本人を差し置いて、燕はもう片方の手を腰に回すと、強く縋り付いてくる。




「私の我儘に付き合ってくれる」


「雲雀のお世話だってしてくれる」


「私達をずっと見守ってくれる」


「…嫌いになる理由なんて無い。惚れない理由なんて無い」


「好きになる理由しか、無い」


「晃は私のヒーローだもの」




「……………っ」


…燕を捻くれた奴だと思ったことは、無かった。


それでも、こんなにも真っ直ぐに気持ちをぶつけられたことも、無かった。

悪く思われていると思う程、卑屈な感情なんて持っていやしないが、せいぜい頼れるお兄ちゃんとか、大事な家族とか、良くてその程度ではないかと。


「晃」


見守ることこそを第一と考え、燕自身をちゃんと見ていなかったのは、俺の方だったのかもしれない。


「ありがとう。大好き」


子供の頃に何度も聞いたその言葉。違うのは、それに込められた意味を全て理解した上で吐き出されたということ。そしてそれに込められた気持ちを全て理解出来てしまうこと。


…胸が熱い。心臓がはち切れてしまいそうだ。


向かい合った燕から満面の笑顔でかけられたその言葉に、俺はただ呆然と見つめ返すのみで言葉を失っていた。


「ふふ、変な顔」


余程、間抜けな顔を晒していたのだろう。燕が小さく吹き出した。

くすくすと、可笑しそうに笑うその顔すら、今の俺には


「つ、ば、……」

「誰がつ、ば、よ。『燕』。…ちゃんと呼んで?」

「つばめ」

「うん。燕だよ」

「燕」

「うん。ここにいるよ。晃が守ってくれたんだよ」


愛らしい笑顔。

そうだ。俺はこの笑顔が見たいから。この笑顔が好きだから、守りたかったんだ。

誰よりも傍で見ていたかったんだ。


「おれ、は……」


正面から抱き締められ、幼子をあやす様に背中を優しく撫でられれば、何故だか分からない、分からないけれど少しずつ涙が零れて、やがて止まらなくなる。

服に染み込む水分を気にすること無く、燕は腕に力を込めて、強く俺を掻き抱く。


「ごめんね。痛かったよね。怖かったよね」

「俺は、椿さんを、まもれなくて」

「守ってくれたよ」

「ずっとお前らに申し訳、なくて…」

「…うん。知ってる」


ああ、そうか。俺も怖かったのか。

悪意をぶつけられたことが。2人を失うことが。怖かったんだ。


あの日の俺は何も出来なかった。


でも、今度こそ守れたんだ。


「わ」


俺もまた、目の前の細い腰に手を回し、強く強く縋り付いた。

折れてしまうのではないかという、細い身体。でも柔らかくて、何より温かくて。


首元に顔を埋めて震える、情けない俺の背中を、いつまでも燕は優しく撫で続けてくれた。












「…落ち着いた?」

「おう…」


今になって己の晒した醜態に、穴があったら、いや、無くてもこの場で作り出して入ってそのまま即身仏になりたい気持ちに襲われるが、そんな事をしたら美人のナースのお姉さんがダッシュで飛んできて膝蹴り入れてくるであろうから、出来る訳もなく。


まあ、取り敢えず、穴よりも何よりも、今は目の前の小鳥だ。

普段の仏頂面を何処かに落としてきたのか、滅茶苦茶柔らかい聖母の如き優しい微笑みで俺の頬を撫で続ける見覚えの無い超絶美人。


何だ。一体今何が起きている。女の化粧ってのは人格まで変えてしまうのか。

こんな大和撫子、わちき知り合った覚えがありんせん。


いかん。このままでは、こいつに主導権を握られっぱなしだ。

確かに以前、余裕のある感じでリードされてみたいとかほざいた記憶はあるけど、実際こうして体験してみると、これはいかん。ちょっと心臓に悪すぎる。


ここは多少意地悪してでも、流れをこちらに取り戻さなければなるまい。


「燕」

「うん?」


そう思い、未だ頬を撫でる手の手首を掴み取り、真正面から向かい合ったのだが。


「…えー…と、…お前、俺のこと、好きなんだっけぇ?」

「うん。大好きだよ?」

「っ…あ、そう。…ふ、ふーん…」


負けました。


「雲雀の次に」

「……………」

「あ、お父さん……、とは、まあ、同じ、くらいかな…?」


ご愛読ありがとうございました。次回より『本日も隣の小悪魔が小賢しい』がスタートします。宜しければ『高評価』と『いいね』と『感想』と『フォロー』と『チャンネル登録』の方お願いします。あ、『スパチャ』もよろちく。


「ね」

「っ、はい?」

「返事、聞かせてくれないの?」

「…………」


俺のイジりを意に介した様子も無く、相変わらずの慈愛の微笑みで燕が小首を傾げる。

普段ツンツンした女の子が余裕を持ったお姉さんと化すと、途端に違った魅力を持つ。将来、大学で発表する論文が早めに見つかったことは大変素晴らしいことなのですが、それをこの場で証明しろというのは、中々に鬼畜な所業。


「おれ、は」

「んー?」


おかしい。普段あれだけ余裕綽々、体操のお兄さん並の懐の広さで騒がしい小鳥共を見守っていたのは俺の方だったはずなのに。


声が震える。舌が回らない。


何て情けない。


なのに、燕は待ってくれている。

俺が俺として放つ言葉を、俺の嘘偽りの無い気持ちを。


…ああ、そうか。




お前だって見守っていてくれたんだもんな。




「俺は!」

「うん」


ありがとう。

いつか、真っ直ぐとそう言えたら。


「俺は、お前と、いたい」


「嬉しいことは、全部一緒に経験して」


「悲しいことは、全部一緒に乗り越えて」


「一緒に…歩きたい」

「……」


そう言いたいから。


「…隣にいるのは、燕がいい。燕じゃなきゃ、嫌だ」


「俺も、燕のことが………す、好きだっ」


だからっ、


「俺と、付き合ってくれ!」

「……………」











「はい!」

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