第18話 本日も一勝負
「刃物を向けられたら、やっぱり持ってる手首とか掴みたくなってしまうよね。こう、突き出してきた時とか」
「まあ…そうですね」
数年前、俺が今よりもちっこかった頃。
日も登りきらない朝方から、俺は店の前でおじさんと対峙していた。
いつも通りに緩いおじさんと違って、俺は至って真剣そのもの。油断のゆの字も無い。
おじさんが適当な木の棒を持った手を、ゆっくり真っ直ぐこちらに突き出してくる。
身体の軸を横にずらすことでそれを躱した俺は、突き出された腕を掴み取った。
「間違いとは言わないけれど、良くもない。結局、もう片方の腕は自由なんだから、強く動きが制限されている訳でもない」
「ぉ゙」
直後、呑気なお声とは裏腹に勢い良く腕に力を込めたおじさんによって逆に内側に引き込まれてしまい、俺は二、三歩たたらを踏んだ俺は、結果として無防備な背中を晒してしまう。
「勿論、その時の状況、どういう相手かによっていくらでも正解は変わるし、本音を言えば立ち向かうことなんて考えず一目散に逃げ出してほしいものだけど、そうはいかない時もある。…晃君は嫌という程知っているだろうけど」
「いだだだだ!」
膝裏に軽く蹴りを入れられ、敢え無く膝を折ってその場に倒れ込んだ上に腕を捻りあげられた俺は、ただただ情けない悲鳴を上げる事しか出来ない。
「これ、本当に、護身術、なんですかぁ゙…!!」
「一応、そうだよ。本気で暴れる相手に対しては、こんな生優しいやり方なんて出来ないかもしれないけど」
今この瞬間、弱くて無様な俺は、片腕の生殺与奪の権をこの人に握られているのだ。
「にーちゃ、よわよわ〜」
「もう、お父さん。あまり晃をいじめないでっ」
「い、いじめてないよぉ…」
横で見学していた、今よりもまだまだ小さな子供だった雲雀が目を擦りながら、軽く捻られた俺を見て飾らない率直な感想を口にして、今よりはまだむすっとしていなかった燕が、結局不機嫌そうにおじさんを睨んでそんなことを。心配してくれるのは嬉しいけど、守りたい本人にこう言われてしまっては、男としては非常に複雑である。
「…ちぇっ…、情けねー……親父よりも細っこいおじさん相手でもこれかぁ…」
「いやいや、これであっさりやられちゃったら僕も一応、面子というものがね……?」
今日を含めてこれで何度目の敗北だろうか。
『身を守る術を教えてほしい』と言っておきながら、結局、手も足も出せなかったあまりにあまりな結果に、つい苛立たしげに頭を掻いてしまう俺を、おじさんは息も切らさず、いつも通りの優しい顔で見つめている。
「っ…おじさん!もう一回!!」
「え、いや、あの、僕もそろそろ、仕事が……」
「お父さん」
「おとーさ」
「………………ええ〜?」
『3人共ー?意地悪しないのー』
ぼちぼち時間であると教えにきたお袋が、店から顔を出して俺達に困った顔を見せる。その声で漸く、おじさんは俺達から解放されるのだ。
それは、いつかよく見た光景。
この少し後、焦り過ぎた末に勘違いしてしまった俺は、一時期、強さをはき違えてしまうことになるのだが、それはまた別のお話。
■
「雲雀の勝ち〜!」
「……まじか……」
画面に映し出された『2P WIN!』という文字列を唖然として見つめる俺を横目に、雲雀が謎のサイドチェストをキメている。取り敢えずこんなものを雲雀に教えた筋肉は後日殴るとして。
「なんで負けたか、明日までに考えといてください」
「……いやいや待てよヒバリヤナギバ。俺がどれだけハンデ盛り盛りなのか、まさか知らん訳ではあるまい?」
「勝ちは勝ち。むしろ自分のげんかいをみさだめられなかった晃が悪いのでは?つまりこれはきを読み切った雲雀の2連勝。イャーー…!」
「その理屈はおかしい」
ツッコむ俺を他所に、雲雀が謎にプロレスLOVEポーズをキメている。取り敢えずこんなものを雲雀に教えた…の、俺だな。反省します。
「こーら、二人共。またゲームばっかりして…。少しはお外で遊びなさい?」
そんな俺達の間に、呆れ顔をした燕が腰に手を当てたお姉ちゃんスタイルでやって来る。勿論脚は短いパンツで相変わらず太腿まで丸出しである。…というか、今のお外で云々、もしかして俺も入ってるん?我高校生ぞ?
それはさておき、いくらサービス精神満載だろうが雑魚に構っていられる程、我々は暇ではない。
「見ろよ雲雀。一度も勝てない負け犬が何か言ってるぜ」
「いとあわれ。世にじゃくしゃに語る口は無い」
「むか…。誰が奪われる側よ」
とりま、俺達に強引にでも言う事を聞かせたいと言うのならば、力を持ってして制するより他に無い。俺達は自分より弱い奴の言う事を『はいかしこまりー☆』とする程、人間が出来てはいないのだ。この世界はいつだって戦わなければ生き残れないのだから。
「ほんならいっちょやってみせるかい?うちのバリバリバーニングファイターヒバリちんに勝てたのなら、言う事聞いてやらんでもないぞ?」
「負ける気は無い。ほねまでしゃぶりつくしてくれる」
「…くっ。調子に乗ってこいつら……!わ、私だって、この間ときに特訓付き合ってもらったんだからね…!」
頭に怒りマークを浮かばせた挑発耐性0の燕氏が、勢い良く俺の隣に座ってコントローラーを奪い取る。その顔にはかつて無い自信が満ち溢れていた。
「ふん!見てなさい!生まれ変わった私の超絶テクニック…!」
「ひゅ〜」
「かたはら痛い。軽くひねりつぶすしょぞん」
ふんすふんすと鼻息を荒げるチャレンジャー。
…勇ましさだけは一人前だが、悲しいかな、燕。お前は大切な事を見落としているよ。
■
「雲雀の勝ち〜!!」
「……………………………………………………??」
画面に映し出された『PERFECT!!』の文字列を見て本気で不思議そうに首を傾げている燕に、飛び跳ねていた雲雀が見せつける様にダブルバイセップスをキメている。イイよー!今日もキレてるねー!Foo!!あの馬鹿には後日キレます。
「お姉ちゃんよわよわ〜」
「も、も、もう一回……」
「え〜?しょうがにゃいにゃあ〜?別にいーけどもぉー」
「ぐぬぬぅ……」
「………」
何処で学んでしまったのか滅茶苦茶煽り散らした顔を見せるメスガキに、情けなく食い下がるお姉ちゃんの背中を眺めていると、ふと昔を思い出した。
何だろうな。昔、こんな諦めの悪いお馬鹿さんが何処かにいた気がする。
あれから俺は、少しくらいは成長出来ているのだろうか。
こいつらが少しでも安心出来て、頼れるくらいに。
おじさんに頭を下げたあの日、俺に迷いは無かった。ただ、考え続けた。俺に何が出来るのかを。何が出来たのかを。そこで単純に力を求めるところが何とも子供の発想だが。
「(…つば…)」
首を振って、脳裏に浮かんだ情景をかき消した。
…さて、と。
「ねぇ知ってる?ときはちゃんね?ゲームへったくそなんですよ」
「しょんなぁ……」
先程までの自信など見る影もなくへなへなと小さくなって、目をまんまるくする負け犬。女の子座りで指をつんつんしながら涙目になる姿に、かつての栄光は存在しない。というか元から存在しない。
燕が師事した師匠は、雲雀と同レベル、いや、もしかしたら雲雀以下のスキルしか持っていない。その癖、謎にアドバイスだけは一丁前なのだ。
例として
『あ、その上Xで出せる技強いんだよ。範囲が広いしあーまーが付くから出し得なんだ。ガンガン使おう』
と、奴が言ったとする。
正しくは
『あ、その上X(B)で出せる技強い(当たれば)んだよ。範囲が広い(滅茶苦茶隙が多い)しあーまー(繰り出した瞬間だけ)が付くから出し得(確反)なんだ。ガンガン(ここぞで)使おう』
である。
フィーリングでしかないのにさも玄人みたいな口調で言いやがるから、たちが悪いのだ。
「確かに最新ゲーム機持っていながらそれを『ピコピコ』って呼んでた時に『ん?』ってちょっと思ったけどぉ…」
「お婆ちゃんかな?」
「私の秘められた才能がついに開花しちゃったから余裕で勝てたのかとぉ…」
「短い夢だったね」
「いとあわれ」
「くすん…」
「「………」」
わざわざ顔文字にするのならば、(´;ω;`)、といった感じでいじけるお姉ちゃんの姿に、俺と雲雀は顔を見合わせ、ほぼ同じタイミングで小さく吹き出し、立ち上がった。
「ま、確かにそろそろ飽きてきたしな…」
「雲雀の内なるけものがうずいている……ぼーそーする前に青い大空の下で秘められた力をかいほーせねばならぬ」
「あえてスルーしてたけど、君、今日のキャラ何なん?」
凝り固まった身体を存分に伸ばすと、今度は万歳して俺を見る雲雀の手を持ち上げてそっちも伸ばしてやる。
…伸ばす必要は無いだろうけど、一応、燕にも手を差し出した。
「はいはい燕ちゃん、元気出して。お外で遊ぼうねー」
「仕方ないから、心の広い雲雀がつきあってやらんこともない」
「………」
幼子をあやす様な俺達の口調に、燕がむすっと唇を尖らせている。
「…ふん。言っておくけど、私は身体能力には自信あるんだから。今度はそっちでリベンジよっ」
「へいへい」
「へいは一回!」
「HEY!!」
拗ねた声色ながら、しっかりと俺の手を握った燕を引っ張り上げれば、立ち上がった燕が俺を見て微笑んだ。
「何して遊ぶ?」
「そうそう、お姉ちゃんこの間ご近所さんにこんなのもらって…」
「おー!わんわんやん!!」
「ちゃうわ」
共に三人仲良く公園へと出かける俺達の背中に、さっきまでの気まずさなど影も形も無い。
そしてこの後、俺達二人は燕の超絶ノーコンフライングディスクに振り回され続け、大変健康的に汗を流しまくることとなるのだった。
『行くわよー』
「ぜぇ……!ぜぇ……!っごほ……!…雲雀!!今度こそ右だ!!俺を信じろ!!俺に賭けろ!!!」
「ぇ゙ふっ……!はぁ……!!ぉ、…おーるべっとっ!!!」
『えーい』
「「キタぁ!!!!!」」
クンッ
「「直角に曲がったあああぁ!!!?」」