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本日も隣の小鳥が騒がしい  作者: ゆー
騒がしい日々
15/16

第15話 過日託されたもの

夢を見た。


『晃君……燕と雲雀を……守ってあげてね……?』


忘れられない記憶、忘れてはならない記憶。

俺の奥底に刻み込まれた、俺の生き方を定めた言葉。


広がる血溜まりの中で俺の手を握り締めて弱々しく微笑んだ彼女は、そのまま静かに目を閉じ、覚めることの無い眠りについた。


その時、俺は思い知った。己の無力さと、人が持つ悪意を。


託された責任、そして自らが犯した罪の重さ。俺はあの人の信頼に応えられているのだろうか。


どれだけ問いかけたところで、答えなど返ってくる筈も無い。


あれから数年。必死に、我武者羅に、なりふり構わず、足掻いたつもりだった。


『晃』


それを終わらせたのは、他の誰でもない、俺のせいで大切な肉親を喪った、俺が奪い去った、


『いいの。晃が無理する理由なんて無い』


『無いんだよ』


何で。


何でそんな事を言うんだ。


他ならぬ、お前が。


…ああ、そうか。


結局、俺がしたことは、何もかも独りよがりの余計なお世話でしかなかったということか。


『違うよ』


何が違うんだ。


『私も雲雀も晃に救われてる』


『だから、私達も晃を支えたい』


『お願い。自分のことも大事にしてあげて』






『きっとそれが、お母さんの望みでもあるから』






















「懐かしい夢………」


真っ昼間からご機嫌に惰眠を貪っていた怠惰への罰か、どうやら、神が意地悪という名の天罰を下してくれたらしい。もっとあまねく人々を見守って、どうぞ。


いい加減、罪悪感の片隅くらい薄らいでもよさそうなものの、俺自身がそれを頑なに許さない。

どれだけ軽薄に振る舞おうと、胸の奥底に刻み込まれた傷も、俺が犯した罪も消えない。消えようが無い。


「…………」


無言で天井を見上げていれば、微かに視界の端がぼやけた。

…顔でも洗おうか。そう思って身体を動かそうとして、


「あん?」


動かない。


もしかして、人生初の金縛り体験。だとしたら中々に心躍る展開。

理想としては胸元ゆるゆるの着物を着た黒髪巨乳のお姉さんの幽霊とか出てきてくれたら尚、嬉しい。


「………くかー………」


などとまあ、都合良く行く筈もなく。


「………おい」


横を見れば、人様の左腕を枕にして、雲雀がすやすや眠り込んでいた。おいおいいつの間に。

…いや、それはまぁ、まだいい。

規則正しく上下する幼子特有のぽんぽん。捲れ上がって丸見えなそれをぽりぽりだらしなく掻く小さなお手々……いやぁ俺…じゃない、おじさんの悪い癖感染ってますなぁ。燕が見たらおこですよこんなん。


ねえ、燕さん。


「………すー………」


何故かもう片方の右腕で、ぐっすりと眠り込む片割れに目を向ける。

これはあれか?姉妹で俺の腕の血流を止めて腐り落とすつもりですかい?

俺の腕は超人みたいにポロポロ取れないしニョキニョキ生えない一点物なんだけどなぁ。


「……ん」


すやすや。眠ったままの燕が、俺の動きに反応したのか、その細い身体を寝苦しそうにもぞつかせる。

その拍子に、ゆるゆるの胸元から覗く白いのが僅かにチラリと。


「…………」


ゆるゆるのシャツを着たお『姉』さん…かぁ。顔面偏差値こそぶっちぎっているが、肝心の質量がなぁ……。無いわけではないがある訳でも。程よく掌に収まるくらい。そんな僕はおっきい派。


まあ、でも、見えちゃったものは仕方ないよね。とりまガン見しとこ。別に、俺がオイタした訳でもないし。


「…ん?」


すると直後、まさかこちらの心を読んだ訳ではあるまいが、寝苦しそうに顔を顰めた燕が俺の腰に手を回してくる。ベスト安眠ポジションを探しているのか、俺の腹の辺りをぺたぺた遠慮なく這いずり回り、最終的にはぴったり密着する形で満足したらしい。おかげで、楽園(エデン)が俺の視界から消えてしまった。


ご自慢の長くて細い脚が、俺の脚に絡みつく。年相応のやわやわしたお身体が存分にその心地よさを俺の脇腹に伝え、最早、反応することも身動ぎすらも許されない拷問が幕を開ける。成程。天国と地獄は表裏一体ということか。


「燕」

「んふふ〜……」


姉妹仲良く遊び回る夢でも見ているのか、燕殿が人の腋に猫みたいに頬を擦り付けて何やら変態っぽい笑いを漏らし始めている。

それは、雲雀と遊んでいる時にしょっちゅう見かける、だらしのない緩みきった笑顔。


学園では絶対に見られないであろう笑顔。


家族だけが見ることを許された笑顔。



俺が一度奪い去った笑顔。




「…燕」

「………ふへ」

「燕さーん」


胸の奥が、燕の腕とは違う痛みで締め付けられた気がした。

意識を逸らす様に、俺は再度燕の名を呼ぶ。妹によく似たのか(妹が似たのか)、心做しかこの短い間に笑顔の変態レベルが上がっている。


…しかし起きないなこいつ。


「……」


燕の頭が乗っかった腕を動かして、その整ったお顔に回す。

跳ねた髪から漂う甘い香りが鼻腔をくすぐり、必然、まるで燕を俺が抱き寄せている様な形になるが、ゆめゆめ誤解しない様に。


「むゅ」


指で燕の頬を挟み込んだ。中々に愉快な小鳥ちゃんの完成である。


あーもう片方が自由だったら、こよりでも作ってその小さなお鼻にずぼぉっと突っ込んでもよかったんだけどなぁ。

因みに、昔同じことをやった際は、首四の字固めくらいました。死ぬかと思った。どうして僕の周りには乱暴な女が多いの。


「う、ふぐぐ…」


頬をぷにられ、艷やかな唇をタコみたいな形にさせられているひょっとこガールが苦しそうに呻いている。果たして、後何秒で目覚めるだろうか。


「ひ、ひばりぃ……やめへぇ……わたしたちはちのつながったしまいなのよぉ……」

「……ふっ……」


やべえ。めっちゃ気になること言うじゃん。

夢を映像に映せる機械さえあれば、めくるめくビューティフル・ワールドを覗けたかもしれないのに。10歳年下に攻められるおねかぁ。いいね。

もしも雲雀が将来、拗らせクレイジーサイコシスコンにでもなったりしたら、もしかしたら未来でそんな光景が見られるかもしれないね。ねーよ。


「やらぁ、あきらぁ…」

「うん?」

「あきらがいいー……」

「…………」


…果てさて、この言葉は一体何を意味するのか。

目元にキラリと光る雫、赤く色付いた頬。柔らかそうな唇に、視線が思わず吸い寄せられてしまう。


気付けば俺は、その唇に顔を近づけて――


「起きろ寝坊助」

「うぐ!?」


なんてね。

そんな事する訳無かろうに。


「いた、…いったぁ〜…」


逆向きに放つという匠の粋なはからいが素晴らしい我が豪快なデコピンを食らった燕が、ついに堪らず目を覚ます。

おでこを擦りながら、寝ぼけ眼のまま顔を上げ


「あ」


さすれば必然、目が合うわけで。


「………」

「………」


俺を見る。


抱き寄せている腕を見る。


また俺を見る。


「っ、いや、ちが…」


かぁ〜っ。


頬が染まる。


「…その、あっ!晃がワキガじゃないか確認してただけだし!?」

「言い訳にしてももう少し優しさあっただろ」


いたいけな少年の繊細なハートを鷲掴んで引きちぎって地面に叩きつけて何度も踏み潰してすり潰すくらいの攻撃力あっただろ今の言葉。


「や、わたし、別に…!」

「しー…」


腕の中で燕が暴れ回るので、すかさず俺は人差し指を立て声を潜めた。


「…ぁ…」


反対側、もう片方の腕で未だにスヤスヤおねむな妹御に気がついた燕が、慌てた様に口を噤む。


「………」

「………」


俺が手を緩めれば。

燕が起き上がれば。

たったそれだけで済む話なのに、何故か俺達は無言でただ見つめ合っていた。寝起きのせいか、揺れる瞳が俺を射抜く。


ああ、この目だ。


この目の奥に宿る優しさが、俺は。


「あのさ」

「う、うん…」


頭の中にふつふつとこみ上げたよろしくない感情を誤魔化す様に、俺は口を開いた。

あんな夢を見たからだろうか。つい、彼女に弱音を吐き出そうとしてしまいそうになる。


「………、」


そんなこと、許される訳が無いのに。


「…どっちが先?」

「……?」

「お前と雲雀」


俺が夢の世界に旅立った時、少なくとも俺は一人だったはずだ。

大の字で男らしく眠る俺も俺だが、何の警戒心も見せず男の腕で眠るこいつらもこいつら。もし仮に、燕が先に俺の腕を枕にする道を選んだというのならば、幼子に悪い影響を与えやがったイケナイお姉ちゃんに説教を食らわせねばならないだろう。


「雲雀に決まってるじゃない…」

「…だよな」


それは概ね予想通りの答え。


「で。何故おねむちゃんまでここに?」

「…だ、誰がおねむちゃんよ……」


それはそれとして、なら何故というお話になるのですが。


「そっすかねぇ。随分と心地よさそうにしておられましたが」

「そ、そこまでじゃなかったでしょ…っ」


顔を赤く染め、不機嫌そうにこちらを睨みつけながらも決して身体は離さない燕が、ふと視線と声を落とした。


「……今日」

「ああ」

「お母さんの夢を見たの」

「……」

「だからかな。…ちょっと、…ちょっとだけ、さみしくなっちゃったみたい」

「…そうか」


僅かに、微かに、気付かれない程度に腕の力を強めた。

今にも消えて無くなりそうな寂しそうな笑顔が、もしかしたら怖かったのかもしれない。


「晃」

「おう」

「雲雀が起きるまで、もうちょっとだけ、………いい?」

「…起きるまでな」

「…うんっ」


俺の返事を聞いた燕が自分から俺の腕を引き寄せて、より強く俺に密着してくる。

甘える様に頬を擦り付け、ご機嫌そうに表情を緩めるものだから、跳ね除ける事など出来る筈もなく。



雲雀がオヤジくさい豪快なくしゃみと共に目を覚ますのは、このわずか数秒後の事であった。
















「お母さん」


「私、元気でやってるよ」


「だから、安心してね」

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