第14話 本日の買い食い
「へいへ〜い」
「う〜い」
放課後を迎えた掃除の時間。廊下にて数名の男子に声援を送られながら、何とも気の抜けた掛け声と共に、手にした箒で小さな消しゴムをホッケーの要領で打ち合うのは、絶世の美男子と世紀の筋肉の2名。
「さあ柊選手っあのただデカいだけのデクの大木を見事抜くことが出来るのか!」
「は〜分かってないね。ならば教えてやろう、力こそがパワーであると!」
「うるせえパワーこそが力なんだよっ!!」
「何をっ!!」
尚、頭は両方とも悪いとする。
「見えたっ!」
俺が某地下闘技場チャンピオンレベルのイメージの力で生み出した架空の相手選手を華麗にごぼう抜きして筋肉に向かい程よい力でシュートを放つ。
「「あ」」
見事、すっぽ抜けた消しゴムは宙を舞い、哀れ明後日の方向へ。
「ちょっと二人共、真面目に掃…」
そして最悪のタイミングで扉を開けてご登場した燕の
「ぶっ!!!」
可愛くて愛らしくて美しくてキュートでプリティでチャーミングなご尊顔に
「「……………………………」」
とーんとんとん。
「………………」
「………………」
ころころころ…。
その時。一切の音が止んだ。
小さなお鼻に綺麗に弾かれた消しゴムが廊下を転がる音だけが、俺達の間に虚しく木霊する。
二人揃って、そっと顔を逸らす。気づけば観客は皆、背を向けてその場で何事も無かったかの様に掃除を再開していた。
………………。
「ち………、っちょっと筋肉ー。まじめにそうじしてよねー」
「っ!?き、……貴様!!」
ま、俺はさっきからずっと真面目に掃除してたんだけどなー。
あー本当困るよね。こうやって和を乱す奴がいるとさ。
さ、て、と。俺もさっさと掃除を終わらせて愛しい我が家に帰るとするかなー?
「ねえ」
地の底から響く様なおどろおどろしい低い声が、俺達の鼓膜を揺らす。
震える身体を必死に動かして、俺達は油の切れた機械の様にぎこちなく、声がした方へとゆっくりと振り向いた。
そこに鬼神が立っていた。
「どっち?」
「「こっち!!!!!!!!」」
刹那、俺達の心は一つになった。勿論、悪い意味で。
大地が、空気が震えている。空間が歪んで見える様だ。足が震え、冷たい汗が止まらない。
それ程までに、今の燕から溢れるどす黒い殺気は常軌を逸していた。
「晃が『ただ掃除するのもアレだし何かしようぜ』って言い出しました!」
「この筋肉が『やっぱり身体動かしたいよね』とか言うから!」
「ホッケーとか馬鹿な提案したのは君だろぉ!?」
「いいね!って笑って了承しておいて何言ってんだ!!」
「勘違いしている様だけど」
「「………」」
「(先に死にたいのは)どっち?って意味だから」
「「………ぁ………」」
■
「あの〜……まだ買うんですかぁ…?」
「黙って荷物持ちする」
てっきり凄惨な殺人現場が出来上がるかと思いきや、どうにかこうにか九死に一生を得た俺は、未だ赤いお鼻で頬を膨らませながらぷんぷん丸の燕に、征夷大将軍も膝を折りかねない重荷を背負わされた状態で町中を引き回されていた。
皆は信じてくれるだろうか。アイアンクローで高校生男子二人を同時に持ち上げるJKがこの世界に存在するという事実を。
「何で俺だけなんだよー。若も同罪だろー?」
「若は部活がある。晃はどうせ暇でしょ」
「何やて…」
一応、夜は店の手伝いがありますし。
そもそも俺が暇なのは、何故か、お前さん達のお守りを一身に任されているからであって、一声かければ沢山のちゃんねーと瞬く間に夜の町に繰り出せるくらいの人望ありますし。
「………ぁ」
「ん?」
携帯で買い物メモを眺めながら歩きスマホをしていた愚人が、ふと脚を止める。
ひらりと短いスカートが翻り、エブリデイ生の長くしなやかな脚が本日も眩しい。つまりは本日も隣の小鳥のお御足が眩しい。
と、アホな考えは置いておいて、釣られて俺も、燕の視線を追う。
そこにあったのは、最近、うちのクラスで俄に話題になっているクレープの店だった。いつも通りがかった時は目を瞠る程の行列が出来ていたが、今は珍しくそれ程でもない。
「食べたいのか?」
「え、あ…」
ただ、何とも無しにそう言っただけだ。
なのに燕は、まるで親に起こられた子供の様な意気消沈した顔を見せる。
「や、ちが、雲雀が前に興味示してて…いやいや、駄目よ…そんな、買い物まで手伝ってもらってるのに、更に待たせる様な真似…。それに、無駄遣いだし…うんっ食べる理由は無いっ」
「………」
にゃるほど。何かごちゃごちゃ言い始めたが、つまりは燕ちゃんの悪い癖が出たらしい。
日々、立派なお姉ちゃんとしての務めを果たそうとする燕さんは、己を無駄に、そして不必要に律する傾向がある。贅沢なんて以ての外。そんな余裕があるのなら、愛する妹に衣服の一つや二つ買ってあげなさい、と。
「なぁ、真っ赤なお鼻のツバカイさん」
「は…?」
はあ。面倒くさい。全く持って面倒くさい。
その程度の贅沢が許されなくていいタマかよ。
お前が許されないなら、俺なんて米粒一つ食えないわ。お前は俺を殺す気か!(暴論)
「…誰が皆の笑いものよ。……………次は無いから」
己を笑った奴から狩りに行く、まこと物騒なトナカイさん。
「あっきー、お前さんに散々荷物持ちさせられて疲れてますのん」
疲れを前面に押し出して、うざかわなお声を出す俺。俺くらいになるとね、ウザさと可愛さが共存出来るんですよ。ウザいでしょ?
「う…、それは、ごめん…。もう帰るから…」
予想通り、根っこが良い子ちゃんの燕ちゃんは責められていると思ったのか、俺がお仕置きで荷物を持たされている事実はすっかり頭から抜け落ちたらしい。とりま好都合。
「疲れたからクレープ食いたい。金やるから3人分買ってきてくれ」
「え」
俺はどうにかこうにか片腕を動かして、ポケットから取り出した財布を燕に投げ渡すと、お行儀悪く顎で店の方を示してぶっきらぼうに言い捨てる。
「ああ、具はイチゴでトッピングオールスターな。もし、俺よりも安く済ませられる自信があるってんなら何頼んでもいいぞ。お兄さん金持ちだから」
「え、ちょ」
「よろ〜」
「あ、晃!?」
それだけを言い放つと、俺は背後から聞こえる焦った声を華麗に無視してさっさと日陰へと避難した。
大事な女を働かせて食うスイーツは美味いか?いやぁ最高だね。
■
「か、買ってきた…」
「あざーっす」
「…ちゃんと言「ありがとうございます」うん」
無事はじめてのおつかいをでれででっとやり遂げたやなぎばつばめちゃん(16)が帰還するタイミングを見計らって、俺は荷物を持ち上げ歩き出した。
ここで下手に隙を見せれば、すかさず自分と妹の分のお金を払いかねないからだ。別に今食うとは言ってないし。
「あ、…もう…」
さっさとさっさか歩き出した俺の背後から聞こえてきた失礼極まりない溜息に聞こえない振りをしていれば、少し遅れて燕が横に並ぶ。それと同時に、気づかれない様に密かに、そして流れる様に歩幅を緩めた。
「ありがと」
「何が?」
「さあ?……あ、美味し…」
理由無くお礼が出てくるなんて、お目出度そうな人生送っておられますねー。
歩きスマホの次は、食べ歩き、か。全く最近の若者ときたら。やれやれ嘆かわしい。
目をまん丸くして、クレープを小さなお口ではむはむはむる姿は、年相応の女の子。この姿に魅了される男子が我が学園にいるとかいないとか。
「晃は食べないの?」
「両手塞がってるから食えないんですよねぇ」
「あ、そっか。じゃあ、はい」
「はい?」
小走りで前に出て振り向いた燕から何となしに差し出されたのは、言うまでもなくクレープ。
それを差し出す燕のお顔は、至って普通。いや、唇の端にクリームが付いている。
愚かにもそれに気付かぬままに、無垢な微笑みで小首を傾げる燕ちゃん。この姿に魅了云々。
「私のチョコバナナだけど」
「燕のチョコバナナ(意味深)…!?」
「今の何処に深い要素あったのよ」
つば×あきかよぉ。確かに初めては心做しか余裕のある感じでリードされたいっていう気持ちはあるけどもさぁ。
お茶の間の皆さん、晃くんが燕ちゃんのチョコバナナを喉奥まで突っ込まれて乱暴に前後に激しく動かされる映像はこの後すぐですよ。今すぐ逃げろ。
「いらない?」
「くれるっていうなら食べてあげなくもない」
「いらないならあげない」
つん、と何故か不機嫌そうに唇を尖らせた燕がそっぽを向く。
「分かった分かった分かりました…」
…仕方ない。そろそろ拗ねた子供のご機嫌を取るとするか。
後頭部をぽりぽりと掻いて、俺は小さな覚悟を決めて口を開けた。
「燕のチョコバナナ…俺に…食べさせてくれ……っ」
「…キッモ…」
それな。
晃総受けとか、解釈違いにも程があるよね。
ああ、でももしかしたらこんなくだらないやり取りを見た何処かのお姉さんが薄い本とか書いてくれる可能性が無きにっしもフォルテッシモ。そしたら、俺は当社比3倍でIKEMENに書いてね。いやぁ元々イケメンだから女性人気爆増だわ。忍◯まとか出れちゃいそ…いや、すんません調子乗りました殺さないで。
皆はどんなカップリングが好き?わか×あきって言ったそこのてめえ。目を覚ませ。
「はい、あーん」
「……あむ」
「美味し?」
「…まあ…不味くは、ない」
こいつさっきから何をいつにも増して意味不明な事並べ立ててんの?って思ったそこの貴方。
「…へへ。そっか」
…そんくらいしないと、精神持たないんだよ。
何故か嬉しそうに頬を赤らめた燕が、何の警戒心も無くまたクレープを口にする。
漸く気付いた口端のクリームを舌でペロリと舐め取って、舌を出したまま、てへ。みたいな顔で恥ずかしそうに微笑むその顔の破壊力、皆さんは分かりますか?
…分からないなら、どうかそのまま、俺だけのものにさせておいてくれ。
「後で晃のイチゴも食べさせてね」
「俺のイチゴ(意味深)を燕ちゃんがペロペロと……!?」
「そろそろぶつよ」