第12話 本日のええ耳かき
「雲雀、えええすえむあーるやりたい」
「お前にはまだ早い」
「おとこは度胸」
「おことは女性」
ある日、齢二桁にも満たない童の口から飛び出す素っ頓狂なワード。
一体全体、何処のうつけからそんな知識を学んでしまったのか。
…そう言えばこの間、こ奴を膝の上に乗せて動画見てたな。俺のプライベートなオススメ欄にばっちりくっきり4つのとある英単語並んでたわ。その年でもう英語が読めるとか、将来は学士さんかな?はい反省します。
違うんですよ男として生まれ落ちたからには1回くらい聴いてみたいじゃないですかぁ。たった1回でめっちゃオススメしてくるんですよこのポンコツPC。
え?感想?何かゾクゾクして聴いてるの恥ずかしくなったからすぐ止めた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「ふぁえ。わ、私?」
「いえすお頼みもーす」
描写されておらずとも、妹あるところに私あり。な燕さんが、部屋の隅で密かに欠伸していたところで突然名指しされ、妹の期待に満ち満ちた視線がばっちり向いていることに気づき、顔を赤くして焦った様な声をあげる。
「あ、ぁ、晃っ、晃晃……っ」
何故か俺を手招きするので、致し方なく無礼者の傍へ馳せ参じてやれば、雲雀に聞かれない様にする為か、唇が触れそうな(というか今触れた?)程耳元まで顔を寄せて、何やら甘い声でこしょこしょ囁いてくる。
「……あの…ぇ、えー、えすえむ、あーる…って、何?」
「…………」
これだよ。
無意識に答えを導き出せるとか、こいつさてはムッツリの素質あるな?(ド偏見)
そんくらい自分で調べんかい。
と言うのは簡単だが、その場合、下手に穿った真実を知った燕氏がシャイニングウィザードを繰り出してくる可能性は否定出来ない。
ここは、穏便に、それでいて当たり障りの無い言葉で濁すが吉か。
「………………耳かきしながらのお話…、かな…」
「あ、そ、そうなんだ。ふふ、いいよ雲雀、おいでー」
「わーい♡」
わぁ素直。簡単に信じてくれたことに安堵すればいいのか、その迂闊さを心配すればいいのか。
疑い0。寧ろ、普段ならばいやいやとごねる妹の耳の中をじっくりねっとりトレジャーハント出来る絶好のチャンスに、正座した燕が嬉しそうに手を広げて膝を叩く。
今日も今日とて丸出しの、ご自慢の白くて眩しい生太腿に飛びついた雲雀が何とも心地よさそうに頭を乗せる。
「やーらかい」
「そう?ありがと」
…ふぅん。やーらかいんだ。
もっと小さい頃におままごと的なアレで何度かお世話になったことはあるが、とはいえ、流石にこの年で現役JKの生の太腿にむしゃぶりつく蛮勇を秘めた晃様ではない。とはとはいえいえ、興味はまぁ、無く無く無くも無い。
したいって言うならさせてあげなくもないんだからね!
「何?晃、どうかした?」
「別に」
俺のセク…シーな熱い視線を感じ取ったのか、ついにテレパシーに目覚めたのか、不意に燕が振り向いたので、それと同時に俺も極々自然に沢尻って視線を下げる。
「ふへ」
その先では、幸せそうに顔を蕩けさせた雛鳥が、やーらかい太腿をやーらしく撫で回していた。
「……な、撫で回し過ぎじゃない……?」
「ふひ♡」
あかんモザイクかけた方がええんじゃないかと思うくらい、雲雀ちゃんのお顔が形容し難いものと化している。こいつは将来とんでもないシスコンになりそうな気配がするぜ。…将来?手遅れ?
「…取り敢えず始めるから、雲雀、じっとしよ?」
「ん」
言うや否や、雲雀があっという間に身を委ねて目を瞑る。瞬間、燕が目を輝かせながら俺を何度も振り返って、見ろよ見ろよと謎のアピールをし始めた。
その反応だけを見ると何のこっちゃ、と思うところであるが、悲しいことに付き合いの長い俺からすると、その目だけで何を言いたいのか理解出来てしまう。
まあ要約すると、
『晃っ、晃見て!雲雀が凄い素直に言う事聞いてくれた!凄いねえーえす何とか!』
という感じだろうか。
そんな興奮しなくても分かってるから。
「お姉ちゃん?」
「え?あ、ごめんねすぐやるから」
耳かきを手の内で回転させて構え直し、ふんすふんすと気合を入れた燕が、颯爽と雲雀の耳元へと顔を近づけていく。
いざいざ、インモラルな姉妹ASMRの幕開けということか。ドキドキしますねぇ。
まあ、別に『ASMR=大人が嗜むむふふ』が全てな訳無いし、流石にそんないきなりHが叡智でえちちな展開など起こりようが
「んー……しょ……っと。……あらら、ちょっと溜まってる…?」
「…………おお……」
「ぐりぐりー……こり…こり〜…っと」
「………ふおお………っ!!」
「ほ〜ら。くすくす……おっきいの、取れたね〜…?」
「……ふぁっ、……ふぁいぃ………」
「……ふー♡……ひ〜ばりー?気持ちいーい?」
「……っ!!………♡!?……、………〜〜〜ッ!!!」
お前もう知ってるだろ。
覗き込む為にすぐ耳元に顔を近づけた燕から無意識に飛び出す、甘くて甘々な甘ったるい甘美な響き。この小鳥…!スケベすぎる……!!
後、そこで息を吹き掛けられてビクンビクン恍惚としている雲雀ちゃんは、大切なお話があるから後で部屋に来る様に。目覚める前に目を覚まさせなきゃ。お説教ですよ。
「しゅご、しゅごかったぁ…♡♡」
「おいよだれ」
その年にしてア◯顔一歩手前の残念極まりない表情で、存分に堪能し尽くしたらしい雲雀がふらふら俺の元へと戻ってくる。
…何というかお前、時が経つにつれおつむが気の毒なことになってへん?
「??」
燕は燕で、何故、愛する妹があへあへ言って興奮しているのか未だ分からないみたいで首を傾げてるし。完全無意識下でアレをやってのけるとか、やはりドスケベか…。
「晃もどーぞ。トぶぞ」
「「え」」
そして、回り切らない頭は最早やっていいことと駄目なことの区別も付けられないのか、雲雀がさらりととんでもない事を言ってのけた。
「お姉ちゃんお頼みもーす」
「え。…と」
それは流石に恥ずかしい。でも妹のお願いは聞き入れたい。
きっと今、俺をちらちら見やる燕の頭の中では、そんなありとあらゆる葛藤がぐるぐると回りまくっているのだろう。
とはいえ、何だかんだお利口ちゃんな燕ちゃん。冷静で的確な判断力によってこの場を切り抜ける上手い策を
「じゃあ………どぞ…」
「………」
グッバイ判断力。
仄かに赤く染まるお顔と上目遣いで、さっきと同じ様に燕がぽんぽんと膝を叩いて一回り大きな子供を招く。
「…いやいやいや、まじで?」
「……何。…ぃや、なの?」
「えーやん。お姉ちゃんの太腿やらかいで?」
やらかいから、いや柔らかいから駄目なんだよ。しかも直やで?
「ドスk…燕さんはええんですか?」
「どす…?誰が討伐対象よ」
あっっぶね。頭で思い浮かべていた言葉がつい飛び出しかけた。鳥竜種のドスツバメが変なものを見る目を俺に向けている。何じゃ?大タル爆弾かますぞ。
「別に。…晃ならいいわよ。今更でしょ?」
「今更…今更かぁ?」
「…今更なのっ。いいから!早くかかって来なさい!さぁ!はりー!」
「何で挑まれてんだよ…」
カンフーマスターみたいに広げた腕をくいくい動かして俺を招く燕。
…俺一人が深く考えすぎ…ということか。
胸の片隅にちくりとした鈍い痛みが何故か走った様な気がしたが、それこそ詮無いこと。
「おっすお願いしまーす…」
何処となく力が抜けてしまい、観念すると、俺はどかりと燕の生太腿に頭を預けた。
…む。確かに、これは中々。いっそ頭を全部剃るべきだったか。そうすれば現役JKの生温かい生肌を生で感じられたのに。覚悟決まりすぎ?だよね。
顔を横にして、バリバリ聴力絶好調のお耳を曝け出す。…頬に感じる温かさが素晴らしく気まずい。
外側を向いていればまだいいが、反対側をやるとなると、燕さんの薄いシャツ1枚に隔てられた形の良いお臍と睨み合うことになるのか…。色々保てばいいが。
………。
…………。
……………。
「……………………………………………………………」
「……ん?」
などとごちゃごちゃ長い事考えていたはずなのに、未だに燕さんが俺の耳をかく気配というか、動く気配が無い。
「燕?」
「っ!!!!!!!!!」
すぱぁん!!
「いってぇ!?」
どうしたのかと顔だけを動かした俺の顔面に、気持ち良い音を立てて振り落とされる掌。視界と鼻を完全に塞がれ、闇の中で苦痛に悶える俺。ふがふが言う鼻息がくすぐったかったのか、手を離して俺を睨みつける燕の顔は妙に赤く染まっていた。
「こ、…こっち見るな……っ」
「お前が動かないからだろぉ!?」
「うん、やる。やるから……」
腕を組んだ職人の監視の中、現役JKによるドキドキレッスンがついに開始され、込み上げる興奮を必死に抑えつけながら、俺は目を瞑り全精神を耳に集中させる。
…さあ、来い!言っておくが、全集中の呼吸状態の俺は全裸の美人なお姉さんに迫られても一切反応しない自信が……
「…………」
「……………」
「………………」
「……………………」
「…はい終わり。次、反対ね」
「あ、はい…」
何故か悲しいことに、俺の耳かきのASMR機能は全ミュートされていたという。
「ききき、緊張、した。……変なとこ無かった?無かったよね……?」
「…そう言えば、結局えーえすえむあーるって何だったんだろ……」
「調べるか………」
「……………」
「…………………………………………………………………」
「………………………………お説教」