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本日も隣の小鳥が騒がしい  作者: ゆー
騒がしい日々
11/28

第11話 本日は練習日和

『っしゃやってやるわっ!』


雲一つ無い青空の下、俺と小鳥共そして他数名は近所の開けたグラウンドにて和気藹々かつ意気揚々とはしゃぎ回っていた。


近所の子供たちが息を呑んで行方を見守る中、細い腰に手を当てた堂々たる姿で勇ましくマウンドに立つのは、ご存知・燕。

その漢らしい姿に最も曇り無き眼を向けるのは勿論。


「お姉ちゃんがんば」

『ふふんっ任せんしゃいっ!!』


愛する可愛い妹御の声だけは絶対に聞き逃さない指向性超高性能イヤーを搭載したピッチャーオータニ燕。奴は大変嬉しそうに、びしぃっと雲雀がいる方へ耳だけでなく上体を向けて力強く親指を立てる。はいはい反った腰が大変セクシーでございますね。


「………威勢だけはいいんだよな…」

『何か言ったぁ!?』

「言ってませーん」


ボソッと呟いただけなのになんで聞き逃さないんだよ。ふん、地獄耳め。


「さあ来い柳葉さん!!」


そして、こちら側。バッターボックスに悠々と立ちはだかるは、パワーS・スタミナS・それ以外全部Gの超攻撃特化型バッター。好きな筋肉はビッ◯ボディとビス◯ット・オ◯バ。筋肉全開・ワカマツマンである。


「この筋肉を越えてゆけ!!」

『やだ…』

「え、あ、……ごめん…」


だろうな。俺も嫌だ。こんな肉の塊跨いでいきたくないもん。


訪れるへんてこな沈黙。


『隙あり!ど真ん中もらったぁ!!』


果たして何時まで続くのかと思いきや、それを切り裂いたのは不意を打つ様に素早く投げられた燕の打球。


『くたばれぇ!!』


およそクリーンなスポーツで発していいとは思えぬ物騒な台詞と共に、ほぼほぼ垂直に足を振り上げた燕から、土煙を上げながらとてつもない速さで打球が繰り出される。皆さん、お説教は後で俺がちゃんとしておくんで、お子さんには聞かせない様にお願いします。


「生きる!!」


しかし奴の鍛え上げられた動体視力は、それすら容易く捉えていた。

燕が整ったフォームで投げた鋭い打球を、ぴったり真芯で捉える様にスイングしてみせる若。


これは決まった。誰もがそう思うどんぴしゃのタイミング。


が、その時。






「ぁ」

「あ」

「あ゙?」


まるでその動きを読んでいたかの様に、球は直前でカクンと落ちると若の股間を直球ど真ん中で見事捉えてみせた。


「aaaーーーーー!!!?」


堪らず膝を折り、奇声をあげてその場でもんどり打つ筋肉。眺めていた男の子達が一斉に内股になり、息どころかつばを飲み込んで思わず顔を顰めている。俺もちょっとひゅんとした。球だけに。


「guoooーーーー!!!」

「若!」

「ばか!!」

「わかが!」

「若がファンタジー小説でたまに見かける魔物みたいな断末魔を!!」


あかん若の若が馬鹿になるぅ!!


一塁に出るどころか、一人ではバッターボックスを出ることすらままならない悲劇と惨状にたまらずドクターストップ。哀れ今回の彼の見せ場は日の目を見ることなく終了するのだった。












「ほら持ち上げろー」

「「「うぇーい」」」


無駄に重い筋肉をちび達と共に運び込む。股に乗せられた氷嚢が何とも痛々しい。色んな意味で。

やらかした当人も流石に事の大きさを理解しているのか、傍で青ざめた表情で頭を下げていた。


「ご、ごご、ごめん……本当ごめんねわか……そんなつもりじゃ……」

「da、だだ大丈夫、きっとこの負荷で超回復して、哀しみを乗り越えたぼくはまた一つ大きくなれるはずだかラ………」

「ねーよ」


急所大きくしてどうすんだよ。…いや、男としてはアリなのか?いや、駄目だな。




閑話休題。


「お姉ちゃんかっこよかった」

「え、そ、そう?」

「うん」

「そ、そっか」 


場が落ち着いたところで、遠くで見ていた雲雀がてててと俺達の隣へと駆けてくる。

取り敢えず姉がやることなら何でもかっこいいと思う妹が、取り敢えず妹が言うことなら何でも嬉しい姉を褒めそやす。需要と供給が完全に噛み合っている瞬間である。なんて素晴らしい姉妹愛なんでやしょう。WIN WINだね。あくまで姉妹間だけだけど。


「…うん、任せて雲雀。お姉ちゃん次もやっちゃうからね!」

「おおー!」

「やめんかい」


細い腕をふんすと力強く掲げて何やら不穏な事(男限定)を言い出した鳥公の腕を掴み、無理矢理降ろさせてもらう。

よりにもよってどういう宣言しとんじゃこいつは。将来はエースキラーの称号でも目指すつもりか。


「本当、つば平さんはせっかく運動神経良いくせに何故コントロールが絶望的なんですかね」

「し、知らない…て誰がつば平よ」


頭を鷲掴んでぐりぐり回してやれば、眉を寄せた燕がお返しと言わんばかりに俺の頬をぐりぐりご不満そうに。

確かに。平と平じゃ紛らわしいかも知れんな。燕ちゃんは賭け事しないもんね。


「…はぁ」


改めてベンチに深く身体を沈めると、燕がこれまた深く溜息をつく。


「……」


突如として開催された今回の対決、それは今度行われる学園の球技大会の自主トレも兼ねていた。

というのも、何を隠そううちの燕ちゃんは、およそ球が関わるスポーツは尽く壊滅的なのだ。

サッカーをすればその人並み外れた瞬発力で颯爽とボールに飛び込み反動蹴速迅砲を味方ベンチに叩き込み、テニスをすればテニヌを始めて波動球によるTKOで勝利(反則負け)をもぎ取る。バスケなら…湘北高校対三浦台高校とか読めばいいんじゃないかな。そしてソフトボールならばご覧の通り。


中学時代、ついた渾名は『破壊ヲ告ゲル渡リ鳥』(俺命名)。

彼女と当たることになる相手は、試合の直前まで己がいつ壊されるともしれぬ底知れない恐怖に怯えることになるのだ。

故に、何故かは知らないが、俺がこの暴走機関車の手綱を握る様にクラスメイト達から仰せつかったのである。


結果は、まあ、うん…ね。俺は頑張ったよ。


因みに、技のチョイスがいちいち古いのは、単に燕が俺が親父から貰った本を後から勝手に部屋に入ってまったり寛ぎながら読み漁るからだが、スポーツでそうなるのなら格闘漫画を読ませたら実際に技を覚えるのかどうか、いつか怖いもの見たさで試してみたいと思わなくもなかったりする。


「というか、ときはどうしたよ?あいつも一応呼んだはずだろ」


辺りを見回して、俺は燕に問いかけた。

脳裏に浮かび上がるのは、地頭は良いくせに精神年齢は低いのか、雲雀と謎に気が合う女。あいつならば何か良い案でも浮かびやしないかと思って取り敢えず声だけはかけておいたのだが。


「さっき12回目の『後5分』のメッセージが来たところだけど」

「晴れて1時間やんけ面の皮どうなってんだよ」

「あの子らしいよね」


だがしかし、分かっていたことだが、奴は本当に扱いにくいわ面倒くさいわ。いても疲れるが、いなくても疲れる。そして大体、いてほしい時にいなくて、いなくていい時に満を持して登場したりするのだ。


「あ、晃。丁度あの子からメール」

「なんて?」

「『パンツ穿き忘れたから帰る』って」

「あっそ」


…うん疲れる。奴を当てにするのは止めよう。


「ほら、やるぞ」

「え」


改めて俺がバットを持ってバッターボックスに上がろうとすれば、燕が意外そうに目をぱちくり丸くする。


「何だよ」

「……だって。…まだ、付き合ってくれるの?」

「諦めんのか?」

「諦めたく、ない、けど」


けど。その二文字にどれだけの思いが込められているのかは想像に難くない。

もう諦めろよ。と言うのは至って容易いが、本人は至って至って真面目ちゃんなのだ。


だからこそ性質が悪いと言えるが、諦めたくないと言っている以上はその性質の悪い幼馴染に付き合ってやるのが俺の役目、ということなのだろう。全く持って面倒くさいけど、他にいないから仕方ないね。


「そこは『諦める理由なんて無いわYO』って言うのがちゃんつばだろ?」

「誰がちゃんつばよ。…うん、でもそうね。…ありがと、晃」


スルーされた……。


ぴえん。繊細な御心をひた隠したまま慇懃無礼に手を差し出してやれば、暫しの躊躇いの後に、しかと燕が力強く掴み取る。

その掌の滑らかさに一瞬妙な反応を示しそうになってしまったが、鋼の精神で抑え込む。そんなのまるで俺が純情な美少年みたいだからね。仕方ないね。俺はどちらかと言うと経験豊かな美少年だから。そこは訂正しておかないと。


「後でコーヒー奢れよ。うんと甘い奴」

「少しは摂生なさいよ…」


背後でぶつぶつ聞こえるその渋いお声。人様がせっかく手伝ってやろうというのに、ここにきてお小言とはいいご身分ですなぁ。

お前もそう思わないかい?ちゃんひば。『どちらが勝っても負けても私は奢られて当然ですけど?』みたいな面持ちでスタンバっている我が娘よ。


「時間が惜しいし、ちゃちゃっと進めんぞ〜」


準備完了。カッコよすぎるお兄様に目をキラキラさせる雲雀にホームラン宣言をひけらかしながら、俺達は改めて向かい合う。

取り敢えずは、燕がコツを掴むまでに俺が生き残れば御の字か。ま、全球ホームランすればいいだけの話よ。


「うん!片方は残せる様に頑張るね!」

「潰す前提にすんなや!!」


可愛らしい笑顔で恐ろしい殺人予告を口にする恐怖の投手に早々に決意が揺らぎはしたが。

何も疑問に思わない小さな小鳥の健気な応援と、悲劇の再来を予感する他の面々の心配そうなお声を背に受けながら、燕が放つ豪速球を真っ向から迎え撃つ。


「(……はっ)」


相変わらずとんでもない速さだ。…だと言うのに、何故か俺は既に勝利を確信したかの様な笑みを漏らしていた。


…幼馴染を舐めないでいただきたい。一体、俺が何年こいつとじゃれ合っていると思っているのか。


内から湧き上がる己の勝負に対する獰猛さを込めて、バットを思いっきりぶん回す。

清々しい青空の下、きぃん、というこれまた気持ちのいい音が響き渡るのだった。











「う〜い出席とるぞ〜……ん?柊と若松の凸凹コンビは休みか?柳葉、何か聞いているか〜?」

「っ…………………全部、私が、悪いんです………っ」

「……何があったん??」

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