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本日も隣の小鳥が騒がしい  作者: ゆー
隣の小鳥
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第1話 朝の小鳥

俺の隣には、騒がしい小鳥がいる。


いつも眉間に皺を寄せて、しょっちゅう口うるさくて、細かいことをぐちぐち突っつき、けれど極たまに優しく


年の離れた、大切な妹のために一生懸命な小鳥が。












町の片隅にある何の変哲もない小さな喫茶店・《ひいらぎ》。 

俺、柊(あきら)はそこの一人息子である。

ただし、店のことは別に好きでも嫌いでもないという、何とも親不孝な息子であるが。


毎日、朝早くに起きて店の前を掃く。それは最早、身体に染み付いたルーティン。

頼まれた訳ではない。ないけれど、何となくずっと続けている。

…もう一度言うが、別に店のことは好きでも嫌いでもない。ならわざわざ嫌う必要も無いってだけだ。誰だってそうだろう。


「…おし、完璧。我ながら素晴らしい腕」


一通り掃除を終わらせ、その出来栄えに満足気に頷いた俺は額に滲んだ汗を拭くと、昨日、簡単に余り物で作った特製爆弾おにぎりを懐から取り出した。こちらの出来は満足とは程遠い。


こうして料理の腕に困らないのは、ある意味喫茶店に生まれた一つの特典と言えるのかもしれない。というか、作れなければ生き残れない。…いや別に作ろうと思えばちゃんと作れるからね。ほんとだよ。


「さて、今日はどっちかな…」


暫し、おにぎりを見つめて立ちぼうけ。

いただきます。と言ってかぶりついてしまおうかと迷い始めたその時、慌ただしく隣の家の扉が開く。

息を切らして、まだ満足にスーツも着こなしていない状態で出てきたのは、お隣さんの柳葉家の昴おじさんだった。


「…おはようございます、おじさん」

「やぁおはよぅ゙…晃君…」


声をかけた俺に気づいて、おじさんが柔らかく微笑みかける。いつもながら娘を二人持つ父親とは思えない若々しい見た目。眼鏡をかけたざ・リーマンみたいな温和な雰囲気がそれに拍車をかけている。残念ながら、今は全くと言っていい程覇気が無いが。いや、いつもか。


「今日も早いですね」

「いやいや、君こそ。毎日感心。本当にお店好きなんだねえ」

「…おやおや?」


ふむ。どうやらおじさんは俺がお店大好きっ子だと誤解している様だ。

別に、店の入口が汚れていたら客足が遠のいてしまうから、こうして常に清潔さを保っているだけだというのに。

お客さんには気持ちよく店に来てほしいからね。それだけだから。…ちょっとあそこの看板のズレ気になるな。後で直しておこ。


細かいことが気になるのは僕の悪い癖。某特命係もそう言ってた。

店内改善計画についつい考え込んでしまった俺に、首を傾げていたおじさんの目がふと、俺の手に持った爆弾に向く。気の所為でなければ微かにぐぎゅるる、と妙ちくりんな音も聞こえて。


「…腹減ってるんですか?」

「…毎度ながら容赦無い呼び出しで食べる時間無くてね」

「へー…」


何を隠そう、おじさんは警察官である。俺は警察の仕事について詳しくはないが、こうしてちょこちょこ急な呼び出しで飛び出す姿は珍しくもない。

それでも文句一つ言わず職務を全うするその姿には、尊敬の念を感じると共に、何処か迫るものを感じる気もしなくもない。


…ただもう少し、もう少し寂しがり屋の娘達のことを構ってあげてもいいのではないかと、これまた思わなくもないけれど。


けれど、俺は何も言わない。きっとこの人には、俺みたいなガキが想像出来ない様な立場や責任があるのだろうから。


それに…いやとにかくだ。


「…余り物で良ければ、これ。どうぞ」


取り敢えずは俺でも、こうしてちょっとした手助けくらいは出来る。


「…いいのかい…?」

「いっすよ」

「あ、ありがとう…!」


言うやいなや、俺が作り出した爆弾に飛びついてくるおじさん。これは爆弾処理班にはとても向いていませんね。まだ綺麗にラップに包まれたままのそれを大事そうに抱え込むと、お人好しそうな笑顔を更ににっこりと。


「いつもながら君は本当に良い子……!!どう?今度こそ家の子になる?」

「燕が頷かないでしょうねー」

「……え………?…いやそれは別に…」

「え?」

「おっと何でもない。…本当にありがとうね、晃君。じゃ!行ってきます!」

「行ってらっしゃーい」


何故か苦笑いをしながら、おじさんがもう一度お礼を言ってどたどた走り去っていく。

何か変なことでも言っただろうかと首を傾げながら、俺は誰もいないことをいいことに手に持った箒をバトンの様にくるくる振り回してみる。


しゅば。とりあえずかっこいいと思うポーズをテキトーに決めてみた瞬間。


「お父さん!!」


首の下辺りまで伸びた、所々がぴょこぴょこ跳ねた綺麗な黒髪が印象的な活発そうな女の子が隣から慌ただしく飛び出してきた。先程、走り去っていったおじさんの娘・燕である。

そんな彼女は俺を見た途端、走り出そうとしたままの珍妙な体勢のまま停止する。


「……あら、晃」

「おう、おはようつばちゃん」

「誰がつばちゃんよ。おはよ」


どれだけ急いでいようと挨拶はきちんと。父親の教育がよく行き届いているようで何よりである。


「…何してるの?」


そんな彼女はかっこよく停止した俺を見て、胡乱な瞳を全く隠そうともしない。もっとよく教育して父親。


「見れば分かるだろ?」

「分かんないわよ」

「朝の清掃だよ」


逆に清掃以外の何に見えるというのか。


「…ポーズ決めながら?」

「かっこいいだろ?」

「そういう問題じゃないの」


ハテナマークを何個も頭に浮かべていても、何処か生真面目さが覗える可愛らしい顔立ち。…惜しむらくは、日々の苦労が如実に表れているのか、眉間によった皺と目つきの鋭さのコンボがその可愛らしさを全て帳消しにしていること。

俺は慣れているけど、初対面の人ならまず、何でこの娘は開幕ブチギレているのでしょうかと、もれなく錯覚することでしょう。


「…まぁ、いいけど。…晃。お父さん見なかった?」

「残念ながら、もう行っちゃったぞ」

「…んもう。お弁当作るって言ったのに……」


俺の言葉に、手に持った風呂敷を眺めながらしょぼ〜んと肩を落とす燕。多分、初見の人は『え?どこが?』と思う些細なレベルだけど、俺には分かる。


「……………」 


…本来、まだ彼女が起きる様な時間帯ではない。きっと慌てるおじさんの物音を聞いて、何も言われなくてもすぐに動き出して準備をしたのだろう。顔はむすっとしているけれど心優しい娘なのだ。顔はむすっとしているけれど。


きゅるる。


お腹から小さな音が鳴る。生憎とおにぎりを食べそこねてしまった胃袋が文句を言い始めている。俺は姿勢を正すと、彼女に手を差し出した。


「…んじゃ、それくれよ」

「え」

「勿体ないだろ?」


丁度タイミング悪く、俺は食いっぱぐれたしね。今食べてもいいし、昼飯にしたっていい。

別に彼女の飯が食いたいとかそういう深い意味はなく、ただ喫茶店の息子として、柳葉家の味を厳しく評価してやろうではないか。そう思っただけですから。


「…お腹空いてるの?」

「おじさんになけなしのおにぎりあげちゃったもんで」

「…それは、…ご迷惑、を?」

「ご迷惑ではないけど腹減ったなー」


だから、くれるって言うなら食べてあげなくもないんだからね。

けれど何故か、燕は手元と俺を何度も見比べて、しゅんとしてしまって。


「…で、でも…余り物だし、綺麗じゃないし、………美味しくないと思うし…」 

「………」


見た目のせいで誤解されがちであるが、気が強そうに見えて、意外とそうでもないのが燕ちゃんである。俺は彼女の料理が不味いと思ったことなど……無いとは言わないが、それでも最近はよく出来ている方だと思う。そもそも料理教えているのが俺だし。それを美味しくない言われちゃ溜まったもんじゃございやせんよ。

こいつの努力は俺がよく知っている。それはこいつ自身にだって否定させない。…あとあれね。何よりもサ店の息子の名が廃るし。何よりも。


「…まぁ嫌なら別に…」

「!」


さりとて嫌がっているのに無理強いする訳にも行くまい。親しき仲にも礼儀あり、とね。別に悲しくなんてないんだから。

掃除も一段落したし、とりま家に帰って何か腹に入れようかと、そう思って一歩下がった瞬間、燕が素早く距離を詰めてきた。と思ったら、直前で急ブレーキをかける。


「……まぁ?あげない理由無いしね!食べたいって言うならあげなくもないけど!」

「お、おう…?」


顔を背けながらそんなことを言って、弁当を前のめりに差し出してくる燕。幼い頃から何度も見てきた、いつものつばちゃん式プレゼントスタイルである。

何だこいつツンデレか?やめとけやめとけ。今更そんなの流行りっこないんだから。


「お父さんの為に作っただけで別に晃の為に作った訳じゃないけど!」

「分かってます」

「……あの、だから、も、文句とか…言わないでね……?い、言ったらひどいから…!」

「分かってますって」


そんな顔を赤くして睨まれたところで俺に効くはずもない。

寧ろ…いや、見飽きたしな。うん。別に可愛いなんて思ってないし。


「分かってるなら、いいの」

「あざーす」

「ちゃんと言う」

「ありがとうございます」

「うん」






「おねえちゃーん……」


後ろからそんな声が聞こえたのは、満足気な燕からお手製弁当をありがたく受け取り、何故かそのままご機嫌な彼女に手をにぎにぎされている時だった。

耳に大変馴染んだそのあどけない声に、俺達は仲良く揃って振り返る。


「あ、あら雲雀(ひばり)。もう起きたの?」

「うん…」


そこにいたのは、燕が目に入れても痛くないくらいに大層可愛がっている、年の離れた妹・雲雀。

まだおねむなのか、目をしょぼしょぼと擦りながら扉から顔を覗かせるその小さな姿は何とも可愛らしい。


「おなかすいた…」

「はいはい、ちょっと待っててね。すぐご飯作るから、顔洗って待ってなさい」

「あい…」


弁当を俺の胸に押し付け素早く飛び退いた燕が、足早に家へと帰っていく。

それを見送ると、入れ替わる様にふらふらと俺の元へと歩いてきた雲雀が俺の脚にぽすんとタックルをかます。だが残念だったな。その程度では俺を揺るがすことすら出来はしない。でも足は踏まないで。俺サンダルだから。


「よう、おはようひばにゃん」

「あきらだ」

「『お兄様』、な」

「あきらだ」


俺を見上げてふにゃりがひばりと笑う。違う逆。

ふふふしかし相変わらずお兄さんに対する敬意の足りないガキンチョだぜ。

まぁお兄さん優しいから怒ったりしないけどね。怒ったら後ろの小鳥がもっと怒るもん、烈火の如く。


「ちょっと。人の妹をご当地キャラみたいに言わない」


ほらね。

扉から顔だけを覗かせて、ヤンキー顔負けの迫力ある睨みを効かせる後ろの小鳥こと燕。

だ、大丈夫。まだ怒る様な時間じゃない。


「そんなつばにゃんつれない…」

「誰がつばにゃんよ」


そう、別にキレ散らかしている訳ではないことは分かっているので、俺も軽く流させてもらう。それが余計お気にくわないのか、逆ハの字の眉間のしわが更に深くなり、への字唇と共に顔面の凄みも更に更に増した。あ、もうそろヤバそう。


「ごめんなさいつばめちゃん」

「宜しい。……宜しくない。誰がつばめちゃんよちゃん付けしない」

「いや、つばめちゃんはええやろ…」

「口応えしない」


酷くね?


「ごめんなさいつばめ」

「うん」


簡単に心へにゃったか弱い俺を見て、弱きをくじいた燕はまた満足そうに頷くと、家の中に姿を消して


「晃」


またまた直ぐにひょこっと現れる。

何故かさっきよりも険しい顔で、何故か顔を仄かに赤くして。


「…ご飯、食べる?」

「あー……。…じゃ、食べる」

「……そ」


俺の適当極まりないだらしない返事でも僅かに頬を緩めた燕が、今度こそ本当に姿を消した。


…何かおかしくないかって?別に何もおかしいことはない。

隣同士、更には同い年の子供がいるだけあって柊家と柳葉家は昔から仲が良いし、父と母は、毎日、女子二人で過ごすことの多いお隣さんを心配してしょっちゅう世話を焼いているのだから。


だが、その主な手段が『どうせ暇だから』という理由だけで俺を派遣する、というのは如何なものか。

お陰で俺の時間は店の手伝いか小鳥達のお世話かの二択しか無いのですが。

こちとら花の男子高校生やぞ。


「ぱわー」

「わーい」


やー。はしゃぐ雲雀を引っ掛けた腕を、俺は意味もなく何度も上げ下げする。筋トレならぬヒバトレである。何だそれ。

俺は鍛えられ、雲雀は楽しい。WIN WINだね。欠点は朝っぱらからこんなことするせいでこの後、学校で俺の筋にくんが死ぬこと。 


「次、だいかいてん」

「鬼か」

「雲雀だよ」


俺がその身を犠牲にして天使のフリした悪魔を笑顔にすること暫く。漸く燕が三度顔を覗かせる。


「ご飯出来たわよ。ほら二人共。手、洗いなさいな」

「「はーい」」


…まぁ、燕がこうしてお隣さんの好意をただ甘んじて受け取るだけのぐーたらっ子でなかっただけせめてもの救いということか。


弁当なりお裾分けなり、手伝いのお礼はこうしてふとした瞬間に返してもらっている。

ポケットに入れた携帯を取り出し、一度確認すると、俺は走る雲雀の背に続くのだった。












「ふふん。また腕を上げちゃったわね」


三人揃って食卓を囲む。それはいつも通りと言えばいつも通りの光景。俺の隣に嬉しそうに座る雲雀を見て、自分の隣じゃなかったことに微笑みながらも微かに肩を落とす燕。…おじさんその内マジで忘れられても知らないっすよ。


そして机の上には


「…食パン焼いただけでは?」

「た、卵とか挟んでるでしょ…!」


俺のむかつくご指摘に、へそを曲げながらもいそいそと手を合わせる燕。今日は三人いるからか、こころなしか動きが弾んでいる。


「はい、いただきます」

「「いただきまーす」」


…『お礼』、か。


ご機嫌にパンをはむる燕を覗き見る。…こうしてこいつが嬉しそうに食卓を囲む姿を見れるだけでそんなものお釣りが来るというものだ。いや別に深い意味なんて無いけど。

まぁ、拒否したらそれはそれで拗ねるんですけどねこの小娘。何でや。俺悪いことしてないやろ。


「美味しい?雲雀」

「おいしい」

「ふふふ」


どやさ。と言わんばかりの腹立つドヤ顔がこちらに向いた。幼い妹の世辞で心満たされるだなんて、なんてお手軽なんざましょ。

このご機嫌な朝食のご感想を求めていらっしゃる様なので、ではわたくしも喫茶店の息子として遠慮なく。


「殻入ってたんですけど」

「……………」


ざっくざくやぞ。

気まぐれにも程があるシェフがそっと目を逸らす。


「か………カルシウムよ」

「お心遣い痛み入りますぅ」


そしてそのまま決して目を合わせない。

こいつ明らかに失敗作俺に押し付けたな。いや、俺と言うか自分もか。

よくみれば雲雀の方は綺麗に形が整っているし。お姉ちゃんの鑑かよ。


ま。怒る気にはなれんな。元からその気も無いが。

なので俺も黙ってカルシウム満点のサンドイッチを口に放り込む。


それはさておき。


「燕」

「な、何…」


いい加減俺は、彼女に残酷な真実を告げるべき時なのかもしれない。


「そろそろ時間じゃねーの」

「え?………あ?…ちょっ、嘘!?もうこんな時間!?何で!?」

「部屋の時計止まってますがな」

「お父さんのお馬鹿ぁ!電池変えておくって言ってたのにぃ!!」


おじさんのいない所でおじさんの株がまた下がった。可哀そ…いや自業自得か。

しかしそろそろまたマイナスにオーバーフローするのではないだろうか。マイナスに行くとどうなるかって?おじさんがべそかきながら店にご飯食べに来るよ。


「ひば、雲雀!急いで、遅れちゃうっ!!」

「まだたべてるー」

「あ〜!もー!あ!そうだっ!晃!自転車っ自転車貸して!!」

「ぱんくしてるー」

「お馬鹿っ!!」


頭を抱えて天を仰ぐ燕を横目に、俺は呑気に雲雀の汚れた口元を拭く。


毎度毎度慌ただしい毎朝。それが俺達のお馴染みの光景。

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