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スローライフには狩猟を

 少し、憧れがあった。

 隣国との戦があり、魔法も使えて戦士としても優秀だからと、一番きつい魔法戦士として活躍した。


 戦争も終わって兵役を解かれたイリアにとって、『スローライフ』という言葉は甘美なものに聞こえた。


 ゆっくり過ごす。ただのんびりと。

 それに憧れて田舎の村に引っ越した。

 のどかな田園風景、自然溢れる景色。

 これで悠々自適の生活が始まる!


 そう思っていたのに。


「なんで、狩猟してるんだろう……」


 ため息をついてから、ベースキャンプで付けていた炎に水分子から魔法で水を作り上げ、炎の上に掛けた。

 一瞬にして、炎は消えた。


 鎧は、戦でつけていたフルプレートのものではなく、あくまで軽装。

 一方で、武器だけは使い慣れたものを使っている。

 ロングソード一本だけだ。

 刃こぼれは、ない。


「よし」


 そう言って地面から立ち上がる。

 昨日と変わらず、眼の前には遺跡が広がっている。


 荒野の中にある古代遺跡の跡地。そこを根城にしている動物を取ってきてくれ。

 そうすればスローライフが何か分かる。


 そう村長に言われて、仕方なく引き受けた。


 日がかなり強い。

 朝からこれだから、今日はだいぶ強めの日差しになる。

 ということは、間違いなく目当てにしている動物がやってくる。


 狩猟のポイントまで徒歩で移動すること一時間ほど。


 荒野の中でも少ないオアシス。

 そこは水分子が豊富なので、イリアは水筒の中の水を、魔法を使って補給した。


 そうやっていると、自分の第六感が告げた。


 来る。


 日は中天。絶好の動く時間だ。


 イリアは木陰に隠れ、相手が来るのを息を潜めて待った。

 五分ほどして、案の定来た。


 体長は人の三倍ほど。表皮に生えた鱗が強靭な動物『テルサイ』だ。


 これを狩猟してきてほしい。出来れば傷はさほど付けずに。


 これがよりにもよって村長からの依頼なのだから困る。

 水を飲みに来たのだろう。案の定、テルサイは水場に一直線に向かっている。


「しかし、でかいなぁ……。狩猟するにはあれしかないか……」


 実際イリアからすれば、いや、人間からすればテルサイは十分に脅威になりえるほどにでかい。


 そんな相手でもすぐさま狩猟できる方法がないわけではないが、あまり使いたい方法ではなかった。

 だが、この際しょうがない。


 テルサイが周囲を警戒した。

 息を潜める。殺気も消した。


 それで安心したのか、テルサイが水場に口をつけたまさにその瞬間だった。


「来い、雷撃よ!」


 イリアが手を振り払ったその瞬間、電撃が地面をほとばしった。

 自身の持っている静電気を増幅させる電撃魔法だ。


 ただし、これが使えるのは日に一回が限度。しかも、疲労感が一気に襲いかかってくる。

 だから直撃するまでのそのわずかの時間に、イリアは呼吸を整えた。心音が、少し小さくなったのを感じた。


 電撃が水場に入った直後、それは水を飲んでいたテルサイを直撃した。

 テルサイが雄叫びを上げながら怯む。


 瞬間に抜刀し駆けていた。


 咆哮を上げる。

 イリアはテルサイに飛び移り、そして、硬い鱗の隙間にある頭部の皮膚を、剣で突き刺した。


 狙うところは、脳。

 案の定、突き刺したその瞬間、感触がわかった。

 急所を突き刺した、と。


 少し血を出して、テルサイは地面に突っ伏した。


 同時に、イリアも投げ出された。

 受け身を取って、どうにか着地すると、急に、自分が息切れを起こしていることに気づいた。


 地面に、大の字で横になった。

 テルサイは鱗こそ強靭だが、その下にある皮膚や骨はさほど強靭ではない。フルプレートを装備した騎士を相手にするより、遥かに柔らかいのだ。


 イリアは昔、戦の時代にもテルサイを討伐して飯にしたことを、今になって思い出す。

 あのときは仲間もいたから、討伐も素早く済んだ。


 だが、今はどうだ。

 一人だ。


 スローライフ、とはいうものの、狩猟はただの一人で行った。

 孤独。それをふと感じた。


 横を見ると、地面にアリが這っているのが見えた。

 群れをなしている。

 その速度は、ゆっくり、それでありながら、確実だった。

 確実に、テルサイに近づいている。


「やっば。アリに食われる」


 そう思って立ち上がった瞬間に、ハッとした。


「狩るのに、なんでこんなに急いだんだろう……?」


 チャンスがあったから? それは確かにそうだ。


 だが、電撃魔法を使わずに仕留める方法もあった気がする。

 例えば、水飲み場から延々離れなくする重力場を貼る。それで窒息させる方法だってあったはずだし、考えても見ればそっちのほうが時間こそかかるが確実だった。

 他にも光魔法を当ててテルサイの視力を奪い、その隙に仕留める方法だってあった。


 全然、スローではない方法で、自分は仕留めたのだ。


「もしかして、村長はこれを伝えたかった……? 急ぎすぎ、ってこと? 私が? そういうことですか、村長」


 後ろを振り向く。

 案の定、その人物はいた。

 自分が移住した村の村長だ。


 元騎士。隻眼の村長は、信じられないほど筋骨隆々で、手には大型のハルバードを持っていた。


「やっとわかったか、イリア」


 村長が、にやりと笑った。


「時間に囚われることなかれ。しかし、丁寧にやれ。それがスローライフの真髄だ。ただだらけることがスローライフじゃないということだ」

「丁寧に、ですか」

「そうだ。仕事はあっても丁寧にやることが一番の秘訣だ。早く済ませたらそれはファストライフだ。スローじゃない。それによって雑な仕事になる可能性がある。しかし時間があっても丁寧にやらなければそれは雑なファストライフと一緒だし、だらけているのとほぼ変わらん。あくまでも時間を用いて丁寧にやることが、スローライフがスローライフたる所以だ」


 なるほど、言われていることはもっともだと、イリアは感じた。

 時間があるということはそれだけ丁寧に作業をするゆとりが存在するということにほかならない。


「つまり、狩猟も時間をかけてでも丁寧にやれば」

「その後に使える部位が増えるってことだ。テルサイの狩猟の腕は見せてもらったが、いくつか方法が思い浮かんだだろ? 今度それでやってみろ。どちらにせよ、まずはこのテルサイを含めて村に転移するぞ」


 そう言って村長が手をかざした瞬間、景色が歪み、村の中に、イリアと村長、そして狩猟したテルサイがあった。


 村は既に夕焼けになっていた。

 畑に実った穂が、太陽と混じって金色に輝いている。

 美しいと、イリアは感じた。


 すぐさま鍛冶屋がやってきて、テルサイをじっと見る。


「ふむ、使える部位は……って電撃魔法流した後に仕留めたか。こりゃ神経系は全部ダメだな。鱗と骨で鎧作るのが関の山だぞ」

「神経って、何か素材になるんですか?」

「ああ。テルサイの神経はな、持っている力を増幅させる薬に出来るんだ」


 へぇと、イリアは頷くしかなかった。


 それが分かっていれば、電撃魔法を使わなかったな。


 そう言いそうになって、イリアは口をつぐんだ。


 スローライフ。時間があったのだから、事前にテルサイのどこの部位がどのように使われるのか、そして使われるものはどういった効能があるのか、丁寧に調べ上げることはできたはずだ。

 それを怠ったのは自分だ。


 スローライフと怠惰は違う。それだけでも十分に身にしみた。


「スローライフ、か。奥が深いなぁ」


 そう呟いてから、伸びをした。


「そう感じられたのなら、それはメインの報酬だな。で、こっちが追加の報酬だ」


 村長が横に来て、紙を渡した。

 そこには、テルサイの肉をかなりの量と、テルサイの鱗で作った鎧の無料作成券と書かれていた。


「仕留めたのはお前だからな。今の鎧もより軽量かつ強靭な鎧にしてやるって鍛冶屋が言ってたぜ。明日採寸に来いってさ。あと、狩猟もとりあえず、明日以降は気の合うやつも連れて行け。連携すればもっと上手く狩りが出来るぞ」


 肉と鎧、そして仲間。

 結構豪勢な報酬ではないか。


 そう思うと同時に、腹が鳴った。


「村長、私お腹すきました! 丁寧な料理教えて下さい!」

「よし! 今日はテルサイの肉で肉パーティといくか!」


 村長が豪快に笑った。

 狩猟を中心にしたスローライフは、まだ始まったばかりだ。


 宴が、これから始まる。

 長い、ゆったりした生活という名の宴が始まろうとしていた。


(了)


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