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待つ決意

第7章

 ずっと旅をしてきたのに、子どもを産んで以来、私はずっとこの家にいる。父は、母はどうしているだろう。兄弟たちは元気だろうか? いまどこにいるのだろう? 会いに行きたい。

 両親に会いに行きたい、と一度だけアルファンソに頼んだことがある。彼は悲しそうな顔をして、今どこを旅しているのかわからない、と答えた。


 今はもう、私は諦めるのに慣れてしまった。


 アルファンソは今でも数ヶ月に一度、顔を見にきてくれる。きちんと生活の保障もしてくれる。それだけでもあり得ない奇跡なのだと分かっていた。ところが数ヶ月ぶりの来訪で突然、アルファンソはフィリップのことを私に打ち明けたのだった。

 「実は私たちはもう祖父祖母なのだよ。エレノアが、私たちの娘が双子を産んで、そのうちの一人が僧籍に入り、今ヴァティカンにいる。驚いただろうね。今まで隠していて本当に申し訳なかった。ただ、彼の出自がばれてしまうと、大変なことになるから」

 「ええ、分かっています」

 「会いたいだろうね。」

 「会わせていただけるのですか?」

 「いや、それは」

 「遠くから姿を見るだけでもかまいません! 必要なら、尼僧姿にだってなります! どうか一度で良いから、お願いします。」


 普段から何かを強く要求しない私が、熱心に頼み込んだことに驚いたのか、翌月にはアルファンソが手配を整えてくれた。孫に会うためなら両親や兄弟、仲間達をを迫害したカトリックの尼僧姿になることも全く厭わない私を見たら、父はどう思っただろうか。私は孫に一目会いたい一心だった。


 ヴァティカン内の図書室で、孫のフィリップの姿を見ることができた。利発そうな若者だった。生き別れになってしまったすぐ下の弟の面影を受け継いでいた。話しかけたらきっと泣いてしまうし、フィリップは私のことは何も知らない。知らない方が良い。


 小一時間もたっただろうか。図書室に見覚えのある顔の人物が入ってきた。立派な服装に威厳のある態度でフィリップに話しかけている。私は驚いて、手にしていた本を落としそうになってしまった。フィリップに話しかけている人物は、立派な壮年の男性となった、かつてのあの行商の青年だったのだ。彼は尼僧姿になった私のほうに目を向け、軽く会釈した。


 その日の夜遅くにヴァティカンから家に戻ってきた。何だろう、久しぶりの遠出の外出で、疲れているはずなのに、興奮しているのか、目が冴えて眠れない。孫のフィリップに会えた喜びと同時に、何か心がざわついて仕方なかった。


 一週間後、ヴァティカンの図書館で会った、あの立派な壮年の男性となった彼が訪問してきた。なんとなく、彼がやってくるような気がしていたので、驚かなかった。

 そしてそのとき初めて私に、エレノアの結婚についての経緯とその背景にあること、今エレノアがどういう状況になっているかを私に教えてくれた。


 「リッカルド、あなたは単なる商人ではなかったのですね。なぜ今になってこんなことを私に告白したのですか?」

 「確かに私は商人の家ですが、私の国では成功した商人がその国の政治を担うのが慣例となっております。私の父は元老院議員ですが、私が正式に家督を継ぐことを約束されたので、私の判断で、あなたにすべてお話することにしました。あなたのお嬢様を不幸にしてしまった原因が私と私の父にあります。せめてもの罪滅ぼしに、フィリップ殿が、ヴァティカン内でご活躍されるよう、個人的にご協力したいと考えております。マリアエレナ様はお幸せな結婚をされ円満なご様子ですが、やはり影ながらお守りしたいと存じます。」

 「私はエレノアを産んだとき、すぐに取り上げられてどこかの修道院で一生過ごす運命になってしまうと思っていたの。まさか自分に孫ができるなんて、思ってもみなかった。だからあなたやあなたのお父上、アルファンソに感謝こそすれ、恨んでなどいません。娘や孫に会えないのは辛いけれど、誰しも運命には逆らえないわ。話してくださって、ありがとう。」

 「私もずっとこのことがずっと胸にひっかかっておりました。お話できて、良かったです。」

 「あの、このことをアルファンソは知らないのですよね。」

 「ええ、アルファンソ殿はもともとシチリアのご出身。いま法王猊下はジェノヴァ人ですから、ジェノヴァ派が幅をきかせており、少し微妙なお立場です。こんなことを申し上げたくはないのですが、少しでもお立場が不利になるような弱味を握られてしまうと。」

 「わかります、カタリ派の頭目の娘との間に子どもがいるなんて、ね。もちろんフィリップだって何も知らない方がいいでしょう。」

 「いつとはお約束できませんが、エレノア様にお会いしたいという願いがかなえられるようにいたします。その日まで、ここで安寧にお過ごしください。」


 私はこれからもずっとここにいよう。旅から旅への生活に戻ることはもうない。そしていつの日か、娘が、孫たちがこの家にやってくるのを心穏やかに待っていよう。

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