娘の消息
第5章
相変わらず、2、3週間ごとに彼は私のところにやってきた。そしてジュリエットの様子を教えてくれた。とても美しい娘に成長しているという。
「母親に似て、美しいだけでなく、芯の強い女性だ」
彼はそう言ってにこりと笑う。私が初めて会ったときに魅了された笑顔。彼は私にキスはするが、あの時以来、決して抱こうとはしなかった。
彼の来訪を待つ以外の楽しみといえば、街からくる行商の青年から、いろんな噂話を聞くことだった。はじめてその青年が訪れたのは、ローマにしては珍しいみぞれ交じりの日だった。家の前の通りを寒さでよろよろと歩く青年に気がついた私は、彼を呼び止め、下男に頼んで家に抱え込み、介抱してあげたのだった。
寒さで震えていた青年は、何度も何度も私に礼を言い、持ち合わせのお金はないが、救ってくれたお礼に、と持っていた売り物の暖かい衣服を置いていった。
「あら、何故これを着なかったの?」
「何故って、これは私のものではありません。命と同じくらい大切な商品です。」
私は、何故だかすっかりこの青年を気に入ってしまった。
それ以来、月に一度は顔を出すようになった青年は、頼んでいた商品以外にも、街での事件や面白い話や、噂話をいっぱい持ってきてくれた。穏やかだが平凡な郊外の暮らしでは、そんな話を聞くだけでも十分な娯楽だった。
ある時、その行商の青年が私に目を輝かせながら言った。
「奥様はどちらのご出身ですか? 今度、父と一緒に遠くまで商品の仕入れの旅に出ることになったのです。いろんな国に物産を手に入れられるはずです。初めての長旅で、今から楽しみなんです。」
旅という言葉を聞き、私は若い頃、家族と仲間と一緒に旅していた時代を思い出した。そのとたん、懐かしさに胸が締め付けられるようだった。
私は思わず青年に、自分も昔は旅をしていたのだと話した。すると彼は好奇心で目を丸くして、私の話を熱心に聞いてくれる。私は旅先でのいろんな経験や街のことを話した。その時間は、私にとって、とても楽しい時間だった。
行商の旅に出ていたのか、次の青年がやってきたのは、3ヶ月ほどたった頃だった。
いつものように何か面白い話はないのかと訪ねると、ある幸運な少女の話を聞いた。北イタリアのある高位の家の養女となっていた少女は、そのあまりの美しさに、夫人とその娘たちとあまりよい関係ではなく、社交にも参加させてもらえなかった。ところが、とある領主の館での舞踏会に実の娘たちと同等に招待を受け、初めて公の場に現れたのだという。そしてその領主の跡取り息子に一目惚れされ、たった一度舞踏会に出ただけで、結婚することが決まったのだと。世間では、なんて幸運な女性なんだと、おおいに騒がれたという。
その話を聞いた3日後にヴァティカンからやってきた彼から、私はジュリエットがさる領主の息子との結婚が決まったと聞かされた。
そして、ジュリエットが、この家を出たときから、「エレノア」という新しい名前を名乗っていることを、そのとき初めて知らされた。