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残酷な幸せ

第4章

 ずっと会えなかったことを必死に謝る彼。可愛い可愛いと娘をあやす彼。娘を抱く姿を見て、まるで聖母子だねと目を細める彼。


 何だろう、この幸せは。


 それから、2,3週間に一度くらいで、彼がやってきてくれるようになった。私を抱くことはなくても、彼は一日中滞在して、子どもをかわいがってくれた。彼は今、叔父の引き立てで、ヴァティカン宮にいるという。子どもはすくすくと育って、すっかりおしゃまな女の子だ。たまに娘を朝からヴァティカン宮に連れて行って、夕方には帰ってくる。娘は彼を父だと理解し、すっかりこの生活に馴染んでいるようだ。

 このままこの暖かな日だまりのような生活ができるだけ続くように、と心から願っていた。

あり得ないことがわかっていたけれど。


 そして娘、ジュリエットが13歳になる直前に、突然、事態が急変してしまった。何かの政争に巻き込まれたのか、ジュリエットを一時的に隠さなければならなくなったと彼から言われた。

 「私の伯父の知り合いの家なのだが、北イタリアのある身分の高い方の別荘に養女としてジュリエットを保護してもらうことになった。すまない、あなたに相談もせずに決めてしまって。同じ年頃の姉妹もいるから、よい友達にもなれるだろう。そこで礼儀作法などを習えば、彼女の将来も開けると思う。理解してほしい。ジュリエットの身の安全と、彼女の未来のために。」

 私には反対する理由も、力もなかった。わかっていた。産んですぐ手放すことなく、一緒に暮らすことができたのだ。でも・・・


 私は衝動的に立ち上がり、部屋の長持ちの奥に隠していた剣を持ち出し、彼に渡した。

 「もう、私が保管している必要はないと思います。この剣をお返しします。」

 「一体、どうしたんだ?」

 「今まであなた様にしていただいたことで私は十分です。これ以上あなたのおそばにいると、あなたに迷惑がかかるだけでなく、娘が危険なことになってしまう! もう私のことは捨て置いてください。」

 「何を言っているんだ」

 「これは、あなたのご家族の大切な当主の証でしょう?私などが持っているのが知られたら、盗まれたりしたらどうするのです? これが戻れば、あなたが私を保護する理由も義理も、もうありません。愛する娘さえ私から奪うあなたですもの。もう私などいらないっ・・・」


 何年ぶりの口づけだろう。


 何年ぶりの愛の営みだろう。


 明け方近くに、彼はあの剣を持って、ヴァティカン宮に帰っていった。


 わかっている。私が今、彼の庇護の元を離れて一人生きていくことは出来ない。やんごとない身分の方が、たった一晩の関係だった女を見捨てるなんて当たり前の話なのに、彼は私だけでなく、娘の面倒まで見てくれた。それに、娘の将来を考えたら、しっかりとした家の養女になれるなんて、父親を明かせない私生児にとって稀に見る幸運だ。


 理屈ではわかっていても、娘を手放さなければならない哀しみに、自分ではどうしようもできないことへのいらだちに、彼に当たってしまった。あんなに優しい彼に。


 「そうだね。この剣は私がヴァティカンに保管しておいたほうが良いだろうね。誰かに見つかったら、それこそジュリエットの出生を探られて、彼女を人質にするかもしれない。君のことは、私がこれからもずっと守ってあげるから、もう泣かないで。ジュリエットも私がずっと見守っているから。」


 彼は優しくて、そして残酷だった。

 ジュリエットの身の安全が確保できるまで、ジュリエットにはもう会わない、連絡もしない。そう約束させられた。

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