身の上話
第2章
あの晩。父の手術の翌日、剣を受け取りに行った部屋で、彼の身の上話を聞いた。
まもなく俗世から決別をすると決めていたからだろうか、彼はそれまでの20数年の人生を振り返りたかったのかもしれない。
彼は事後のベッドの中で、私の髪を優しく撫でながら話してくれた。
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私はシリチアの小貴族の次男で、幼いうちから僧籍にはいることが決まっていた。次男は家督を継げないからだ。しかし私は近くに住むアラビア人の医者と仲良くなり、医術の道へ進みたくなった。当時シチリアでは多くのアラビア人が普通に暮らしていたんだよ。
父に頼み込んだところ、それも良かろうといわれ、当時最先端の医学を教えていたナポリのフェデリコⅡ世大学で、神学とともに医術も学んだんだ。そしてさらに知見を広め技術を磨くためにモンペリエの大学に行こうとしたところ、家督をつぐはずの長兄がサラセン人の海賊に誘拐されてしまった。
できるだけ早い帰省を促す手紙を受け取りあわてて実家の屋敷に戻ると、母は半狂乱になっていた。身代金を要求され、届ける役は自分に託されたが、間に合わなかった。提示された金額の半分しか用意できなかったことに怒った海賊たちは、人質を簡単にあやめてしまう。
兄の亡骸を見て母は金を用意できなかった父を恨み、交渉できなかった私を憎んだ。
父は、私に家督を継ぐように命令し、代々受け継いでいる当主の証の剣を私に譲った。母は心身を病み、翌年追いかけるように兄の元へと旅立った。
その半年後、父は再婚した。実は、母の逝去前から付き合っていた愛人がいたのだった。父の屋敷での居心地が悪いのと、医学の道半ばで諦めきれない私は、ナポリに戻り、さらに各地の医学部を数年間放浪した。父はそんな私を黙認した。
数年後、父の屋敷に戻ると、幼い男の子がいた。父の後妻、義理の母である女性は、あきらかに私を敵視していた。自分の息子に家督を継がせたいのだろう。
そのときの私は、ナポリで出会い、愛し合っていると信じていた女性から裏切られ、心がすっかり疲弊していたんだ。もう家督などどうでも良かった。だからもともと決められていた運命の通り、僧籍に入ることにしたんだ。これからの人生、どこかの修道院で心静かに暮らせればと思っている。
そして昨日、君と出会った。
自分の技術が少しでも人の命に役に立つなら、と思っただけだった。
あの純粋に家族を思う君の姿に、心を奪われたのは確かだった。それに修道院に入ってしまえば、もう身体を重ねる喜びを諦めなければならない。最後に一人の男として、アルフォンソという俗世の名前を捨てる前に、君と愛し合いたいと思ってしまった。
当主の証である剣を君に預けようと思ったのは、あの義母へのささやかな復讐心だったのかもしれない。
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「あの剣、いつまで預かっていればよいのでしょうか?」
「いつでも。君がもうお荷物だ、返したい、と思ったときに返しててくれればいいよ。」
「そのときは、どうやってあなたを探し出せばいいのですか?」
「ふふ、難しいね」
私は、もう二度と彼には会えないだろう、それでいいと思っていた。
彼も、そう思っていたに違いない。