第10話 運なさすぎ♡かわいそ~♡
「サキさん、ドロップ品が売れて良かったですね!」
「うん、そうね……エリカさんのおかげだわ」
「えへへっ! お役に立てて、嬉しいです!」
お店を出て裏路地に戻ると、エリカさんがニコニコと嬉しそうに話し掛けてきた。
そんな彼女へ、私は引きつった笑顔を向ける。
その視界の端では、マネジャーの浦霧さんが唸りながら額を押さえていた。
「うーん、なんだか頭がボンヤリする……」
「えっ、ちょっと大丈夫なの?」
「徹夜で動画の編集してたし、疲れてるのかな」
店主の鈴笛――悪魔ベルフェゴールの魔術によって、少しのあいだ意識を氷漬けにされていた。そのことに、二人は全く気が付いてないみたい。
「(この私ですら子供扱いされた……。ベルフェゴール、恐ろしい男だったわ)」
~今から少し前~
『それで、話したいことってなによ?』
『そんな警戒しなくたって、別に危害を加える気はねぇよ。それにお前の親父とは酒飲み友達でな。俺がコッチの世界に来る前は、しょっちゅうつるんでたんだぜ』
『はぁ、そうですか……』
二人だけの空間で、ベルフェゴールはカカカと笑いながらそう話す。
でも私からすればパパの知り合いと言えど、初対面の悪魔と仲良くおしゃべりする気なんて欠片も無い。
悪魔に純粋な善人はいない。それは魔界で痛いほど経験しているから。
『んで? その様子じゃ、本当に俺のことは知らずにここに来たみたいだな』
ギラリと光るベルフェゴールの瞳に見つめられた瞬間、私は反射的に後退った。すると彼は困ったように頭を搔き、「そう身構えんなよ」と苦笑いを浮かべた。
『別にここへ来た理由なんざどうでも良いし、お前の邪魔をするつもりもねぇよ』
『……??』
『客ならもてなすだけ。ただし、俺の商売の邪魔をしたらどうなるか――分かるな?』
『……互いに不可侵ってことね。別に良いわよ、それで』
ベルフェゴールは、私を値踏みするように見つめてニヤリと笑う。
その瞳には、人間のような温かみは一切感じられない。彼が本気になれば私なんて一瞬で殺せるんだろうなと、私は直感していた。
『ガハハハッ。ここでの俺は日本の文化にハマっちまった、ただのジジイだ。もし面白れぇコンテンツがあれば、是非とも紹介してくれや』
~そして現在~
「(同族のよしみだからって、買取りしてもらえて良かったデビね)」
「(まぁね……)」
ベルフェゴールの店で買った中古のカバンを、経費で落とすか否かを口論している二人の後ろを歩きながら、私はデビちゃんと念話を交わしていた。
「(ただし手数料はキッチリ取られたわ。とんだケチジジイよ)」
「(そういうビジネスライクな方が、むしろ信頼できるデビよ。特に相手が悪魔なら余計だデビ)」
悪魔は同族相手でも平気で騙すから、それはそうなんだけど。
それにしたって、ちょっと日本人かぶれし過ぎじゃない?
なんだかすっかり人間臭くて、あんまり悪魔らしくない相手だったわ。明細と領収書までしっかり渡されたんですけど?
「(しかもアイツが配信用機材の生みの親だって。悪魔が人間に技術供与なんて信じられる?)」
ダンジョン内で、旧来の電波は届かない。そこでベルフェゴールが魔界の技術とモンスター素材を使って、新たなネット環境を作り上げたんだって。
最初は半信半疑だったけど、あの理解不能な力があれば実現可能なのかも。さすがは魔王の友達ってところかしら。
「(供与の理由が、人間をダンジョンに呼び込むためっていうのが悪魔らしいデビ)」
「(企業から大金貰って、自分は趣味のお店で好き勝手だもんね。知恵が回る悪魔は怖いわ……)」
いやでも、もしかしたらこれが悪魔らしい所業なのかもしれないけど。
「とにかく、お金も手に入ったことだし、念願のラーメンの時間だわ!」
「あれ? サキさんはラーメンが食べたいんですか?」
「そうよ! 私の推しがオススメしていたお店に行くの!」
スマホで東北OAの紹介動画を見せながら、私は鼻息荒く彼女に説明する。だけど彼女は「あれ?」と首を傾げた。
「でも、このお店ってたしか……?」
「どうしたのよエリカさん? もしかして行ったことあるの?」
「私も聞いたことはあるんですけど。たしか今って、改装でお休み中だったはずじゃ」
「えぇぇえええ!?」
え、改装中ですって!? なんでどうしてこのタイミングで!?
まさかの展開に、私は膝から崩れ落ちる。
「いやよ! 私はこのためにお外出たのよ!? 食べずに帰るなんて、絶対にいやよっ!」
せっかくテンションが上がったところで出鼻をくじかれ、私はその場でジタバタと駄々をこね始めた。
そんな私へエリカさんが慌てて「サキさん、落ち着いてください!」と声を掛ける。しかし、そんな簡単に腹が空きまくった私を宥めることなんて不可能だ。
「そ、そうだ!」
何かを思い出したような声を出したエリカさん。
「ねぇサキさん。ラーメンは残念でしたが、違うお食事に行ってみませんか?」
「またこのパターン? でも他の店なんて私は知らないわよ」
「ふふふ、ここは地元民である私にドーンと任せてください!」
そしてやって来たのは、これまた大通りから外れた場所に位置する木造のお店だった。窓から見える店内はやや薄暗く、お客さんの数も疎らだ。
「いらっしゃいませー!」
中に入ると、元気の良い女性店員が出迎えてくれた。その恰好は紺色の割烹着で、頭には三角巾を着けている。
「うわぁ、いろんなメニューがあるわね」
壁に貼ってあるメニューを眺めながら、そのラインナップに圧倒される。
お好み焼き? ほかにもチーズやオムレツ、タコヤキなんてのもあるわ。でもどれを頼んだらいいのか、目移りしてしまいそう。
「どれもすっごく美味しいんですよ! 良かったら注文は任せてください!」
「そう、それじゃあお願いしようかしら……」
彼女はニコニコと微笑みつつ、手慣れた様子でテーブル席へ向かった。
私もその後に続いて向かい合わせに座ると、熱々の鉄板から熱気が押し寄せてくる。しばらくして店員が持ってきた料理を、エリカさんが手際よく焼いてくれた。
「これが明太もちチーズもんじゃで、こっちのは豚玉お好み焼きです!」
「わぁ……」
そのどれもが美味しそうで、私は自然と喉を鳴らした。鉄板の上から漂うソースの香ばしい匂いがまた食欲をそそる。
「美味しそう! いただきます!」
さっそく私はもんじゃをコテで小さく切り分けていく。そしてパクっと頬張ると、大きく目を見開いた。
「はふっ、熱っ、はふっ! 美味しい!!」
肉や野菜の旨味に、ソースの濃い味付けが空腹の胃に染み渡るようだわ……これはビールが欲しくなるわね。……禁酒中だけど。
エリカさんも嬉しそうに食べている。なんだかとっても幸せそうだ。
「はふっ、ん……この明太もちチーズもんじゃ、いろんな味があって本当に美味しい!」
「でしょでしょ? ほら、こっちのお好み焼きも食べてみてください!」
「うそ……こっちも美味しい!」
「ねー!!」
彼女は幸せそうに笑いつつ、美味しそうに料理を頬張った。そんなエリカさんを見ていると、私も嬉しくなって口元が綻んだ。
「尊い……」
もちろん最も身近なストーカーもとい、マネジャーである浦霧さんも彼女の笑顔に見惚れている。私なんて眼中にないのか、すっかり居ない者扱いだ。別に良いんだけどさ。
しばらく食事に夢中になっていると、エリカさんが少し言いづらそうに口を開いた。
「あの、サキさんに折り入ってお願いがあるんですけど……」
「ん、なに? 今日のお礼に何でも聞いたげるわよ!?」
「(サキ、安請け合いすると大変な目にあうデビよ)」
うるさいわね。こんなに良い子がそんな無茶振りするわけがないでしょう?
心の中で笑い飛ばしながら、私は続きの言葉を待った。
「お願いします、私と一緒にダンジョンアイドルになりませんか!?」
「――え?」




