第9話 黄金の光
アイリーンとオルフェは庭園のガゼボにて向かい合って腰かけた。
アイリーンの横にあるティーワゴンからは、フローラルティーの良い香りがしている。
オルフェが二人きりで話がしたいという為、ばあば含め使用人たちには下がってもらった。
アイリーンは十分に蒸らしたフローラルティーをカップに注ぎ、オルフェに渡した。
オルフェは一口飲んでから口を開いた。
「アイリーン、今日起きた亡き王妃の部屋での出来事だが……」
「あの光、オルフェ様はもしかしてご存じで…………え?」
アイリーンはオルフェに今日現れた光について聞こうと思い、そこで気付いた。
どうして今日自分が亡くなった王妃の部屋に行ったことを、オルフェは知っているのだろう。
「どうして……?……もしかして魔法で今日あった出来事を知ることも出来るのですか……?」
怖い。アイリーンの行動はもしかしてこの男に筒抜けなのだろうか。
「いや?俺は王妃の部屋の窓から様子を見ていただけだ。王子とお前が何を話していたとか、そういうのは知らん。」
「窓から……見ていた!?」
アイリーンは背中がぞわっとした感覚を覚えた。
そしてオルフェを睨みつけ言った。
「オルフェ様は、ストーカーかなにかですか?殿下と私を監視していたなんて……ありえないです!」
「俺も行くと……勝手に付いて行くと事前に言っただろ。事前に言ったからストーカーではない。」
オルフェは不貞腐れながらそう反論した。
「このっ……」
(なんなのこの偏屈男!ああいえばこういう……!むかつく……!!)
「落ち着けアイリーン。それよりも聞きたいことがある。あの光はどうやった?何だったんだ。」
「!……オルフェ様にも分からないのですね……。」
アイリーンは先ほど光の話になり、またそのことで頭がいっぱいになった。
「ああ……。アイリーン、お前は大丈夫か?なにか変化はないか?例えば、身体がすごくだるいとか、もしくは……何かを忘れてしまった感覚がある、とか……。」
オルフェが心配そうにアイリーンの顔を覗き込んで来た。
その仕草にアイリーンはまた胸がきゅっと切なくなる。
「いえ!その……大丈夫です。」
アイリーンはとっさに顔を逸らした。
その目線の先に、バードバスが見えた。
白薔薇の植木に囲まれたその小さなバードバスに、アイリーンはなぜか懐かしさを感じた。
「……あそこで昔……なにかあったような……。……だめね、思い出せない。」
アイリーンは懐かしさの源になっている出来事を思い出そうとしたが、思い出せなかった。
「おそらくあの場所であった思い出は、お前がどっかで代償として失ったんだろうな。」
アイリーンの様子を見たオルフェがぽつりと言った。
その言葉を聞いて、アイリーンは胸が痛んだ。
時の魔法の代償。思い出を失うことは悲しいことだと、アイリーンは今実感した。
その時、アイリーンは先ほどの黄金色の光を思い出した。
(あの光の中に一瞬、幼い殿下と王妃様の姿が見えた気がした。
もしかしたらあの光は、記憶そのものなのかもしれない。
記憶に形があるとしたら、ああいった黄金色の光なのかも……。)
アイリーンはバードバスに駆け寄り、バードバスの淵を両手で包み込んだ。
そして魔力を込めて願った。
(物にも記憶があるのでしょう?お願い、私にあなたの記憶を教えて。
知りたいの、ここで昔何があったのか。私がここで何をしていたのか……!)
身体から温かいものが溢れ出す。同時にバードバスからも黄金色の光が溢れ出した。
「アイリーン……!大丈夫か!!」
駆け寄って来たオルフェが、アイリーンを覗き込む。
その時、黄金色の光から微かな声が聞こえた。
『殿下!大丈夫ですか!』
『ああ、大丈夫だ……。』
『だめ!血が出ています!見せて下さい!』
その声を聞いたオルフェがはっとした顔でアイリーンを見つめた。そしてアイリーンの手の上に自分の手を重ねる。
キラキラと瞬く星のような小さな光がどんどん溢れて来る。その光が集まり、郡を成し、だんだんと人の形になって行った。
『こら、あっちにいけ!』
今度ははっきりと声が聞こえた。アイリーンとオルフェの隣から。
2人が視線を向けた先に、小さな少年がいた。
「殿下……?」
そのセルシス王子に似た天使のように可愛らしい金髪の少年は、木の棒を振りかざしている。
少年の身体の輪郭は黄金色の光に包まれている。
『カー!』
今度はバードバスの上から鳴き声が聞こえた。正面に目を向けると、カラスがいた。
「うわっ……」
いきなり現れたカラスにオルフェが少し驚いている。
カラスの身体の輪郭もまた黄金色の光に包まれている。
『ピチチ……』
次は白薔薇の植木から小鳥のさえずりが聞こえた。
どうやらこの少年はバードバスに来たカラスを追い払い、白薔薇の植木に止まっている小鳥たちにバードバスを使わせてあげたいようだ。
(えっと……なにかしら、この状況……。)
アイリーンとオルフェは困惑した顔で見つめあった。
『殿下!危ないですよ!やめて!!』
そこにどこからか現れた少女が駆け寄って来た。
白銀の短い髪に、黄金がかった琥珀色の瞳の可愛らしい少女だ。
その子の身体の輪郭もやはり黄金色の光に包まれている。
「アイリーン……!」
オルフェが驚き、少女を見ながら声をあげた。
現れた少女は、幼少期のアイリーンだった。