第78話 水のティアラ
「……時間がないので、本題に入ります。
時の国の魔法使い、アイリーン。
ドラゴン討伐に際し、私達は同盟を結びました。
これが今、我々が出来る唯一の支援です。
どうか水の国の至宝、魔力増強のティアラをお使い下さい。」
そうイゾルデ女王が告げる。
その声と共に、水溜りからティアラが浮き上がって来た。
「これは……。」
(ソフィア姫が最期に身に着けていたティアラ……。
これを身に着けてドラゴンを倒せば、少しでもソフィア姫の無念を晴らすことが出来るかしら……。)
ティアラを見つめながら、アイリーンはソフィア姫のことを思い出した。
そんなアイリーンの考えを汲み取ったのか、イリア姫が静かに口を開いた。
「アイリーン様は、戦いに赴く前の姉様と同じ瞳をしているんじゃないかと思っておりました。死の覚悟を宿したあの瞳を……。
でも、違いました。今のアイリーン様の瞳は、守るべきものの為に勝利だけを見つめている……。だから私、安心してアイリーン様を見送ることができます。
アイリーン様、いってらっしゃいませ。
必ず、おかえりなさいませと言わせて下さいね。」
イリア姫の言葉を聞いたイゾルデ女王の口元が、優しく綻ぶ。
「ウンディーネ様が貴方を信じている理由が、分かりました。
私も貴方を信じて待っています。
皆、敬礼!!」
イゾルデ女王はそう声を上げ、アイリーンに対し敬礼した。
騎士姫達もイゾルデ女王に続き敬礼をする。
「「「いってらっしゃいませ、アイリーン様!」」」
水面が揺らぎ、水の国の皆が見えなくなる。
アイリーンは受け取ったティアラを頭上に飾り、立ち上がった。
(私を想ってくれている人達の為に、必ず帰る。闘い、勝ち取るの……未来を。)
---------------------------
アイリーンがレティウス王がいた場所へ戻ると、昨日の鍋に新しいスープが作られていた。
「戻ったかアイリーン。
サラマンダーが言っていた通りだな。風のブローチと水のティアラ、似合っているぞ。」
レティウス王がアイリーンの分のスープを注ぎながら、そう言った。
「さ、朝食にしよう。……昼前には、火の神殿に着くだろう。」
アイリーンはレティウス王から受け取ったスープをぼんやりと見つめた。
(つまり、あと数時間で私達はドラゴンと対峙する……。)
《おい、スープは見つめるものじゃなくて、飲むものだぞ。
腹が減っていなくても飲め。そしてしっかり精をつけておくんだ。》
一向にスープに口をつけないアイリーンに痺れを切らしたのか、サラマンダーが現れ言う。
「はい……。」
(あったかい。美味しい……。)
アイリーンは優しい味のするスープを、しみじみと味わった。
食後。
アイリーンたちは、火の神殿へ向かって歩き出した。
少し進むと、前方に荘厳な遺跡の跡地が見えて来る。
《見えてきたな……。》
そして太陽が空の真上に座した頃、アイリーンたちは火の神殿に到達した。
レティウス王とアイリーンが正装を身に纏う。
レティウス王の腰には、大きな赤い宝石が嵌め込まれた美しい剣が差してある。
アイリーンは今朝受け取った、ブローチとティアラを改めて身に着けた。
《準備は出来たか?
レティを依り代とした状態で、俺がドラゴンを呼べば、間違いなくここへ降りてくるだろう。》
サラマンダーがアイリーン達へ向かってそう言った。
(ついに……あのドラゴンと対峙するのね。
まだ実感が湧かない。これから、あの生き物が私達の目の前に降り立つなんて……。
そして、そのドラゴンと戦うだなんて……。)
不思議なことに、アイリーンの心は凪いでいた。これが“観念した”という状況なのだろうか。
レティウス王がアイリーンの頬に手を添え、自分の方を向かせる。
アイリーンとレティウス王は見つめ合った。
「アイリーン。これから俺達は英雄になるんだ。ドラゴンを倒した英雄に。
俺を信じてくれ。そして、お前の全てを俺に委ねて欲しい。」
レティウス王の瞳は、昨晩と同じくギラギラと赤く輝いていた。
(レティは敗北なんて、全く考えていない。
未来しか見ていない。もう私達は戻れない。)
アイリーンは目を閉じて、深呼吸をした。
目を開いたアイリーンの瞳を見て、レティウス王が目を見張る。
覚悟を宿したアイリーンの黄金の瞳は、どんな宝石より美しく輝いていたからだ。
「未来の英雄、レティ。
どうか貴方と共に闘わせて下さい。
私はレティを信じています。レティも……私を信じて下さい!」