第75話 レティと呼べ
そうこうしている間に鍋が出来上がり、レティウス王がその鍋でスープを作った。
「すまないな、こんな質素な食事で。」
そう言いながら、レティウス王がアイリーンにスープを注ぐ。
「いえ!野菜たっぷりでとても美味しそうです。ありがとうございます、レティウス陛下。」
アイリーンがお礼を告げスープを受け取ると、レティウス王の顔が曇る。
「アイリーン……そのレティウス陛下って呼び方、何とかならないか?」
「……え?」
むすくれたレティウス王の様子に、アイリーンは困惑した。
「ドラゴンを倒すまでで良い。俺のことは、レティと呼べ。」
「はい?!いえ、それは出来ません!」
レティウス王の提案に、アイリーンはスープを溢しそうになりながら断った。
一国の王を愛称で呼ぶなど……淑女としてあり得ないからだ。
「駄目だ。断る事は許さない。これは命令だ。」
さらに不機嫌そうな顔になったレティウス王がそう続ける。
「め、命令?何故このような命令を……。」
アイリーンがさらに困惑する。
(前から思っていたけれど、レティウス王ってなんだか……我儘な子供みたいなことを言うことがあるような……)
《おい、まるで聞き分けのない子供だぞ。
呼び名などどうでもいいだろう。》
サラマンダーが冷ややかな声でそう言う。
すると、レティウス王がいじけたような表情で言う。
「……俺はアイリーンを親しく思っているのに、アイリーンには距離を置かれているような感覚になるんだよ……。」
「!」
よく見るとレティウス王の頬は、少し赤が差している。
(レティウス王はきっと、最初から今までずっと私に気を遣っていてくれたのだわ。
闘いの前に少しでも親しくなり、信頼し合える関係になろうと努力してくれていた。
私は……何も出来ていない。
淑女としては許されないことだけれど、これがレティウス王への友好の証になるのであれば……。)
「分かりました。ドラゴンを倒すまでで良ければ、是非そのように呼ばせて下さい。」
アイリーンがそう言うと、レティウス王が嬉しそうに目を細める。
「では早速呼んでくれ。」
「え?!……レ、レティ。」
レティウス王がゆっくりとアイリーンへ近付いて来る。
「レレティ?駄目だ、もう一度。」
「は、はい。……レティ。」
気付けばレティウス王がアイリーンの隣に座っている。
(いつの間に?!)
アイリーンは距離を取ろうと、腰を引いた。
するとバランスを崩し、後ろへ倒れそうになる。
「あっ…!」
それをレティウス王が支えた。
レティウス王の逞しい腕が、アイリーンの背に触れている。
アイリーンは恥ずかしさと恐怖を覚えた。
まるで服がいきなり薄くなってしまったかのような心許なさに、アイリーンは小さく震えた。
(セルシス様や、オルフェ様のとは違う。
鍛えられた、男性の腕……。)
「アイリーン。」
レティウス王の顔が近付いてくる。
彼の熱で濡れた真っ赤な瞳に、アイリーンは飲み込まれるような感覚に陥った。
(私が抗ったところで、勝てない……。
でもこのままじゃ駄目。飲み込まれちゃ駄目。誰か助けて……!)
アイリーンがそう思い、顔を背けた瞬間。
《燃えろこの馬鹿者め!!》
怒鳴り声と共にレティウス王が炎に包まれた。
「くっ…!」
「おやめ下さい!サラマンダー様!」
アイリーンが咄嗟に叫ぶ。
しかし炎はレティウス王を包んだままだ。
(炎を消さなきゃ!ええと炎を消すのは……水!!)
アイリーンは、レティウス王に魔法で水を被せた。炎は一瞬で消えたが、全身から水を滴らせたレティウス王が、むすくれた顔で立っている。