第70話 優しい風
(確かに曽祖父も祖父も父も……クロノス家の子は皆男だったわ。じゃあ、私は……?)
サラマンダーが続ける。
《話はお前の曽祖父の代になる。
お前の曽祖父は稀代の大魔法使いだった。そしてラグナ家の当時の王を大変慕っていたようだ。
その当時の王が死の間際に願ったのが、ラグナ家とクロノス家を一つにする事だったそうだ。
お前の曽祖父は自身の寿命を対価とし、生命の精霊ラテリアに願ったらしい。次代は女が生まれるようにと。
そうして生まれたのがアイリーン、お前だ。
お前は時の精霊クロノスの血筋というだけでなく、生命の精霊ラテリアの力もその身に受けている。》
(曽祖父の願い……生命の精霊ラテリアの力をこの身に受けている……?ちょっと待ってついていけないわ。)
アイリーンは急にぞくりとした感覚を覚え、自身を抱きしめるように腕を肩に回した。
そんなアイリーンの様子を見たレティウス王が腰を上げる。
「このトカゲにたくさん語られて、今日は疲れただろアイリーン。
ドラゴンを倒す為の作戦会議は、道中でも出来る。今日は休んで頭を整理するといい。
出立は明朝だ。好きに過ごしてくれ。」
レティウス王がサラマンダーの体をひょいと抱き上げそう言った。
《おい!レティ!》
「いいから行くぞ。」
レティウス王とサラマンダーが去った部屋で、アイリーンは1人呟いた。
「クロノス様……貴方は私の側に、今もいらっしゃるのですか?」
その声は助けを求めるような切ない声だ。
しかし、何秒数えてもクロノスの返事はなかった。
アイリーンの頭の中では様々な思考がよぎっていた。
(私は運命を背負っていて、精霊の落とし子で、ドラゴンと対峙する…………。そうしなくちゃいけない。)
アイリーンはまたソファに横になった。
すると意識が遠のいてくる。
(考え過ぎて、疲れた…………)
そのままアイリーンは眠りについた。
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アイリーンが目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。
(しまった!何時間眠っていたのかしら……)
部屋の時計を探す為立ち上がると、窓の外から声が聞こえた。
《アイリーン!ねぇ僕だよ!
窓を開けてくれないかな?》
(この声……!)
聞き覚えのある声に気付き、アイリーンはバルコニーへ続く窓に駆け寄った。
バルコニーの手摺には、白く輝く小さな燕が止まっていた。
「シルフ様!」
アイリーンが椅子にかけてあったマントを身に纏う。窓を開けバルコニーに出ると、シルフがアイリーンの周りを旋回し、肩に降り立つ。
《アイリーン会いたかったよ!》
そう言いシルフがその小さな額をアイリーンの頬に擦り付ける。
その愛らしい仕草に、アイリーンが笑みを溢す。
「私もです、シルフ様。でも、何故火の国へ?」
アイリーンがそう聞くと、シルフの声が真剣な色を帯びる。
《アイリーンにどうしても渡したいものがあるんだ。ねぇアイリーン……ドラゴンと闘うんでしょう?》
シルフの問い掛けにアイリーンの胸がずきりと痛む。
「……はい。」
アイリーンの瞳に迷いが揺らめいているのを見たシルフが、優しい風を起こす。
(あ……この風。風の国でも感じた、抱き締められているような優しい風……。)
《アイリーン、お願い。僕と契約して。
僕の加護を受け取って欲しいんだ。》
シルフが優しく、しかしとても真剣な声でそう言った。
「私に、風の魔法を授けて下さるということですか……?」
アイリーンは困惑した。
どうしてという言葉を口にする前にシルフが告げる。
《僕が授ける風の魔法は、どうか生き延びる為に使って欲しい。僕はねアイリーン……君に死んで欲しくない。
君は僕とエフィリーの大切な友達だもん。》
「!!」
アイリーンの中に、風の国での記憶が甦る。
『僕たちだってもう友達だよ。風の精霊が友達なんて、心強いでしょ?』
シルフの過去の言葉が、今のアイリーンの心に沁み渡る。
優しい風がアイリーンの全身を包み込む。
シルフの小さな嘴が、優しくアイリーンの頬に触れた。
瞬間、アイリーンを包んでいた風が光を放ち全身に強く纏わり付く。マントがバサバサと音を立てはためく。
同時にアイリーンの身体も光を放ち、魔力が溢れ出す。
その風が凪いだ時、アイリーンは風の魔法を使えるようになっていた。