第68話 精霊の落とし子
「そんなに怒鳴るなサラマンダー。」
レティウス王は溜息をつきながら立ち上がり、アイリーンへと手を差し伸べた。
「すまなかったアイリ……いや、時の国の魔法使いクロノス殿。立てるか?」
(危なかった……もう少しでレティウス王を突き飛ばしてしまうところだったわ。
もし突き飛ばしていたら、不敬罪で塵になっていたかも。)
「ありがとうございます。」
ようやく冷静さを取り戻したアイリーンが、レティウス王の手を取り立ち上がる。
そのままレティウス王がアイリーンを引き寄せた。
「これから俺達は共に戦う仲だろう。
もっとくだけた態度で構わない。
俺もくだけた態度でもいいか?良ければアイリーンと呼ばせてくれ。」
レティウス王がアイリーンの耳元に顔を寄せ、吐息の混じった声で囁いた。
(な、なんなのこの人?!
私にはセルシス様という婚約者がいるのに!)
アイリーンは困惑し、レティウス王の手を振りほどいた。
《レティ……お前相当燃やされたいようだな。》
白く輝く大きなトカゲがレティウス王とアイリーンの間に割って入って来る。
そしてアイリーンを庇うように、レティウス王と対峙した。
《散々伝えたはずだが……アイリーンは精霊の落とし子だ。もっと敬意を持って接しろ。》
(精霊の落とし子……そういえば以前にも誰かに、そう呼ばれたことがあったような……。エフィリア女王だったかしら?)
「敬意は払っているつもりだが。お前こそ敬意が足りないんじゃないか?
まだアイリーンに挨拶していないだろう。きっとアイリーンはお前のこと、ただの失礼なトカゲだと思っているぞ。」
(いやそんなわけないでしょう。今までの経験上すぐに火の精霊サラマンダー様だと分かるわ。まずただのトカゲは喋らないし。炎と共に現れないし。)
アイリーンが心の中でツッコミを入れている間に、白く輝く大きなトカゲ改め火の精霊サラマンダーがアイリーンの方に向き直り、地面に伏せる。
《名乗るのが遅くなりすまない。
俺は火の精霊サラマンダー。此度は俺の依頼を受けてくれて感謝する。》
「そんな、顔を上げて下さいサラマンダー様。
私こそご挨拶が遅れ申し訳ございません。
……時の国の魔法使いアイリーン・クロノスです。こちらこそご依頼頂き光栄でございます。
あの……レティウス陛下にもご挨拶をさせて下さい。遅れてしまい申し訳ございません。
アイリーン・クロノスです。どうぞ私のことはお好きなようにお呼び下さい。」
アイリーンはよれたドレスを直し、丁寧にお辞儀した。
《時の精霊クロノスの血筋。そして生命の精霊ラテリアの落とし子よ。会えて嬉しく思う。
早速ドラゴンを倒す為の作戦会議をしたいのだが…………》
(ん?え?今なんて言ったの……?)
「ま、待って下さい!」
サラマンダーが話を切り替えようとしたのを、アイリーンが遮る。
《どうしたアイリーン。》
サラマンダーが怪訝な表情で問い掛けてくる。
「えっと……今なんと仰いましたか?
私が、生命の精霊の落とし子…………?」
(サラマンダー様は何を言っているのかしら……落とし子ってどういう意味なの?生命の精霊??)
アイリーンの困惑した様子を見て、サラマンダーが目を見開く。そしてアイリーンの後ろ手に声を掛けた。
《おいクロノス、アイリーンの出生に関しての話をしていないのか?》
瞬間、アイリーンの後ろから眩い黄金の光が溢れる。
アイリーンが振り返ると、そこには黄金の光を纏う白い雄鹿が静かに立っていた。
「貴方はもしかして…………」
アイリーンは風の国でエフィリア女王が言っていた言葉を思い出した。
『やだ、アイリーン!
たしかに荘厳な雄鹿の姿をしているという、時の精霊クロノスとはあまりに違うでしょうけど!』
(つまり、この白い雄鹿は……時の精霊クロノス…………。)