第62話 火の国からの依頼
「前代未聞だ。時の精霊クロノスの血筋でありながら、水の精霊ウンディーネと一代限りの個人的な契約を結び、水の魔法を習得するなど……。」
アイリーンとセルシス王子は、帰国後すぐに時の国の王へ謁見した。
アイリーンが時の精霊クロノスの血筋でありながら、水の精霊ウンディーネの加護を受けたことはすでに大陸中に知れ渡っているらしく、各国の新聞がドラゴンとアイリーンの話題で持ち切りだと言う。
王は心底疲れ切ったという顔をしており、その顔だけでどれだけ彼が多忙かが伺える。
風の国の王の崩御、水の国第一王女の訃報、ドラゴンの出現、自身が碌に把握していないところで勝手に水の国との同盟が結ばれ……極め付けは次期王太子妃が突然他国の精霊の寵愛を受け卓越した存在になった……。
さすがに事が起こり過ぎだ。
「も、申し訳ございません……。」
(私だってこんなの望んでいない……!)
アイリーンは心の中でそう叫んだ。
アイリーンはある事をとても心配していた。
それは新聞に書かれている内容だ。
最近新聞には、“2つの魔法の力を持つ運命の子、アイリーン・クロノスが近々ドラゴンを討伐する”という記事が載せられているのだ。
(ドラゴンを倒すなんて……無理よ。あんな力、人が敵うわけない……どうしよう、私このまま祭り上げられてドラゴンに殺されるのかしら……)
クロノス邸に届けられる新聞は、オルフェが1番に確認し……すぐに破り捨ててしまう。
その為アイリーンは記事をじっくり読んだことはなかった。
謁見の帰り際、セルシス王子が心配そうにアイリーンに声を掛けてくる。
「アイリーン、大丈夫か?
王が責めるような発言をしてしまいすまない…。気にしないで欲しい。
それから新聞のことも気にするな。
アイリーンのことは、俺が必ず守る。」
セルシス王子の言葉にアイリーンの心が温かくなる。
「セルシス様……そのお言葉だけで充分です。
セルシス様を危機に晒す事態になったら、私が私自身を許せなくなってしまいます。」
しかしアイリーンはセルシス王子に甘えることはしないと心に決めていた。
アイリーンは心のどこかですでに観念していたのだ。
そしてその日はやって来てしまった。
火の国の使者と名乗る男が、クロノス邸を訪れたのだ。
「本日は大魔法使いアイリーン・クロノス様に、火の国レティウス王からの依頼をお伝えに参りました。」
火の国の使者は客間に通されるやいなや、そう言った。
「私に依頼……ですか。」
アイリーンは覚悟した。どんな依頼内容かは予想出来ていたからだ。
「私は火の国のレティウス陛下の代理で参りました、ガルダと申します。
こちらが依頼書です。火の国の国印をご確認下さい。
現在我が国はドラゴンが上空を飛び回っている為緊迫状態にあり……随分な略式となってしまう事を心よりお詫び申し上げます。」
そう言いながら使者は依頼書を広げた。
その依頼書には確かに、火の国の王族のみが扱えるとされる国印が押されている。
(来てしまった……のね……。)
同席していたアリシアが固い表情で依頼書を受け取り内容を確認する。
「……。」
アリシアの手が震えている。
きっと依頼書の内容はアイリーンが予想している通りの内容だったのだろう。
「母様……見せて下さい。」
アイリーンが静かにそう言い、依頼書を受け取る。
そこには“ドラゴン討伐依頼”と大きく記されていた。
「お伝えするのも心苦しいのですが……レティウス陛下曰く、これは火の精霊サラマンダー様からの依頼と同義とのことです……。」
この世界で精霊は、神に等しい存在だ。
(断る選択肢なんて、初めからない……。)