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第60話 形見のブローチ

アイリーン達が水の国の城へ戻って来た頃には、すっかり夜になっていた。


静かな月が、アイリーン達を慰めるように優しく光っていた。


ソフィア姫の最期の場所にあった水溜りは、ウンディーネが生み出した氷の聖杯に注がれ、ウンディーネが座す部屋へ運ばれた。


水の国のティアラはイゾルデ女王が元あった場所へ飾り、ソフィア姫の形見のブローチはイリア姫が引き取った。


その晩。

アイリーンが自室に戻り、眠る準備をしていると、部屋のドアがノックされた。

ドアの外から、イリア姫の声が聞こえる。


「イリアです、アイリーン様。

あの……明日には時の国への帰路につかれるとのことなので、少しお話し出来ればと思って……ええと、もしご迷惑でなければなのですが…………」


躊躇うように発せられたその小さな声が、最後まで言葉を紡ぐ前に、アイリーンはドアを開けた。


「勿論です、イリア様。

どうぞお入り下さい。」


アイリーンは嬉しかった。きっと今晩は皆眠れない。そんな夜に、イリア姫はアイリーンを訪ねたのだ。

これはイリア姫からの友好のしるしだと、アイリーンは感じたのだ。


「ごめんなさい、アイリーン様。

特に話したいことがあると言う訳ではないのです。……ただ今晩はどうしても眠れそうになくて……」


イリア姫がおずおずとそう言う。


「私も同じです、イリア様。

そうだ、自国からフローラルティーを持参したんです。よろしければ、召し上がりませんか?」


アイリーンは優しい声でそう言った。

今イリア姫にしてあげられることがあるのならば、何でもしてあげたい……アイリーンはそう思った。


アイリーンの言葉を受け、ホッとした様子でイリア姫が返事をする。


「はい……ありがとうございます、アイリーン様。頂きます。」


アイリーンが侍女に持って来て貰ったティーセットでお茶を淹れている間、イリア姫は窓の外の月にソフィア姫の形見のブローチを翳し、それをずっと眺めていた。


「そのブローチ、ソフィア姫が身に付けていたものですか……?」


アイリーンがフローラルティーの入ったティーカップをイリア姫の側に置き、問い掛けた。


「はい……。これは姉様がお作りになられたブローチの1つです。姉様は魔法具を作るのも得意だったんですよ。」


部屋にフローラルティーの良い香りが充満する。深く息を吸い込んだイリア姫が続けて語る。


「私達騎士姫には、女王教育の一環で必ず作らされる簡単な魔法具があります。私が普段から身に付けているこのブローチもそうです。


……このブローチは恐怖心を数秒だけ消してくれる魔法具なんです。

私達騎士姫は、死の直前に自身に魔法をかけます。これは……自死と同じようなものです。だから恐怖心から魔法を躊躇わないよう、このような魔法具を作る風習があるのです。」


「そんな魔法具が……」


感情に作用する魔法具。聞いている限りでは凄い作用だ。その分作るのも大変なのではないだろうかとアイリーンは疑問に思った。


そんなアイリーンの疑問を汲み取ったのか、イリア姫が続ける。


「恐怖心を消すというのは大変危険なことです。ですから、本来この魔法具は一回しか使えない造りになっています。


でも、姉様が普段身に付けていたこのブローチは特別製で、何回でも使えるのです。


アイリーン様は姉様の部屋で見つけたブローチを覚えていらっしゃいますか?

あれが女王教育の時間に作った一回しか使えないブローチ……このブローチのいわばダミーのようなものです。」


「だ、ダミー…………」


(ずっと思っていたけれど、水の国の騎士姫様達って皆破天荒というかなんというか……)


アイリーンのぽかんとした表情を見たイリア姫が少し微笑む。


「ふふ……私達騎士姫の中で、実は姉様が1番型破りな人だったんですよ。」


イリア姫は目を細め、窓の外の月を仰ぎ見た。


「本当に姉様ったら……勝手な人だった。

姉様が私達を守りたいと思ってくれていたのと同じように、私達も姉様の力になりたいって思っていたのに……勝手に、一人で…………」


イリア姫の目からまたポロポロと涙が流れる。

月の光に照らされ輝くその涙は、人魚が流す真珠の涙のように儚く切ない。


(イリア様の涙には、ソフィア姫への愛が籠っている。だからこんなに……切ない……。)


月明かりを背に翳るブローチには、ソフィア姫の部屋で見た美しいユリの花の彫刻ではなく、騎士姫達のイニシャルが刻まれていた。

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