第59話 ソフィア姫の最期
アイリーンが恥ずかしさから早口で詠唱すると、すぐに辺りに黄金の光が現れる。
黄金の光はまるでソフィア姫を探すように、森を駆けるかの如く広がって行く。
オルフェを押し返し、少し距離を取ったアイリーンがセルシス王子へ声を掛ける。
「セルシス様!空からソフィア姫を探して下さい!」
「分かった。」
アイリーンに応え、セルシス王子が空へ飛び上がる。森をじっと見つめ……そして叫んだ。
「見つけた!10時の方向!」
「姉様……!」
セルシス王子の言葉を受けたイリア姫が、魔法で大きな2つの水の玉を生み出す。そこから大量の水が噴射され、その力でイリア姫が空を駆ける。
素早くレイ姫がイゾルデ女王を抱き抱え、イリア姫と同じ水の魔法で空を舞う。ラズリー姫もレイ姫に続いた。
「俺たちも行くぞ!」
セルシス王子がそう声を上げ、アイリーンとオルフェを両脇に抱えた。
「えっ?!」
「はぁ?!」
驚く二人をよそに、セルシス王子は軽々と二人を抱え、風の翼で空を駆けた。
全員がほぼ同時にソフィア姫の元に辿り着いた。
「死ぬかと思った……。」
初めて風の翼で空を飛んだオルフェが、ぐったりとその場で膝を付く。
同じく高速で空を駆けたせいで、足元が覚束ないアイリーンがソフィア姫へ顔を向けた。
視線の先、ソフィア姫は大きな木の幹に凭れ掛かっていた。
彼女の半身はボロボロに傷付いており、自力で立つのは困難だ。生きていることが奇跡的な状態だった。
『はぁ……はぁ……戦わ、なくちゃ…………』
こんな状態でも、ソフィア姫はドラゴンを倒そうと立とうとした。
しかし半身が機能しない為、すぐにその場に倒れ込む。
『……!!くっ……!』
倒れ込んだ際、傷付いた方の脚がありえない方向へ曲がる。
『…………ここまで、みたいね…………。』
ソフィア姫はそう言い、上体を起こし、空中で何かを探すように手を彷徨わせた。
「もう、目が……」
イリア姫が呟く。
水の魔法の代償は視力。魔力も代償の視力も使い果たし、死を待つのみの身体になったソフィア姫に出来ることは1つしかない。
ソフィア姫の手が、先程凭れ掛かっていた木に触れる。
最後の力を振り絞り、ソフィア姫は木にしがみつきながら立ち上がった。
胸元のブローチを握り締め、もう見えない目を閉じ、祈るように天を仰いだ。
『私は……誇り高き水の国の騎士姫、ソフィア。
水の精霊ウンディーネよ……私の魂を貴方に……捧げます。』
そう唱えたソフィア姫の目から一筋の涙が流れる。
『あぁ……イリア、レイ、ラズリー。叶うなら、また皆んなでお茶を…………』
そう言いながら倒れ込むソフィア姫を支えようと、イリア姫が駆け寄る。
「姉様……!」
ソフィア姫に触れる一瞬前に、ソフィア姫の身体が黄金の光の粒に変わる。
「あ…………」
イリア姫の足元には、澄み切った水溜りが残っている。そしてその水溜りの底には、ソフィア姫のブローチと水の国のティアラが沈んでいた。
場が静まり返る。誰も言葉を発することが出来なかった。
破ったのは、ラズリー姫の慟哭だった。
「あああぁ……あああああ」
ラズリー姫はその場にしゃがみ込み、泣きじゃくった。悲しみに満ちた叫び声が森に吸い込まれて行く。
「……くっ……ううぅ……うあああぁ!」
ラズリー姫へ歩み寄ったレイ姫も堪らず泣き叫び始める。そんな二人をイゾルデ女王が強く抱き締めていた。
呆然と立ち尽くしていたイリア姫の目からも、ボロボロと大粒の涙が溢れ出す。
「あ……ああ……ねえ、さま……ああああ!!」
姉の死という現実に貫かれ、悲しみと共に溢れたイリア姫の叫びは、どこまでも切なく……気付けばアイリーンも涙を流していた。
(これは、私の魔法が突き付けてしまった現実。私の魔法のせいで悲しませてしまったのだから、私が泣く資格なんて……ないのに……)
そう思い涙を止めようと必死に息を止めるアイリーンを、オルフェが優しく抱き寄せる。
そして身に付けていたマントを広げ、アイリーンを隠すように包んだ。
「ここなら誰にも見られない。
……我慢せず泣いていい。」
オルフェの言葉を聞いた瞬間、タガが外れたようにアイリーンは泣き出した。
今まで堪えていた様々な感情が涙と共に溢れる。
アイリーンは、言葉に出来ない感情全てが、涙に宿り流れ、消えてしまえば楽なのにと心から思った。




