第57話 私を独りにしないでくれた
『メグ、ごめんなさい……。』
ソフィア姫が謝る。しかし瞳には決意の光が宿っている。
その瞳を見たメグが深い溜め息を吐く。
『意見、変える気はないみたいですね。
姫様は撤退しないつもりなのですね?』
『……はい。』
ソフィア姫の返事にメグがその場に座り込み、溜め息と笑い声が混じった声で言う。
『もう……本当に妹バカですね、姫様は。
私は妹とは喧嘩ばっかりですし……正直彼女が何よりも大切とは思えない……。』
それに対しソフィア姫が言う。
『私だってよく喧嘩しますよ。
……ねぇ、少しだけ、思い出話をしてもいいかしら?』
『もちろんです。ぜひお聞かせください。
これが恐らく最後の妹自慢でしょうから。』
メグがソフィア姫に座るよう仕草で促しながらそう言う。
『メグったら、まだ私が死ぬかどうか分からないじゃない。
……ええと、私ね、実は女王教育が大嫌いだったの。勉強も魔法の特訓も、全部辛かったわ。』
『え?』
意外な話の切り口に、メグが目を丸くする。
『うふふ、意外でしょ?
それでね、私が6歳の時に次女……イリアが生まれたの。そして私が9歳の時、イリアも女王教育を受けることになったわ。
私はその頃、とても女王教育が辛かった。自由もなく、友人もいなかったから……。
でも、3歳になったばかりのイリアが一緒に女王教育を受けた初日に、先生に向かって言ったの。
『姉様をいじめないで!』って。』
ソフィア姫は懐かしむように目を細めてそう語った。
『イリア様がですか。』
『驚いた?
イリアったら、泣きながら先生を叩いて、何度も『なんで姉様をいじめるの!意地悪!!』って言っていたわ。
もちろんやめなさいって止めたけど、本当はとても嬉しかったし、清々しかった。私もずっと先生に“意地悪”って思っていたから。
それから、レイとラズリーが生まれて、女王教育はどんどん賑やかになっていった。
授業後に4人でお茶をしながら、宿題をやったり、先生の愚痴を言い合ったり……。
そうしているうちに、あんなに嫌いだった女王教育が好きになったの。毎日が楽しくなったの。』
ソフィア姫はゆっくり立ち上がりながら言った。
『私を独りにしないでくれた。それだけで充分なの、妹たちを守る理由には。
たとえこの身がどうなろうともドラゴンを退け……私の大切な家族を、必ず守ります。』
『姫様……。』
「姉様……。」
ソフィア姫の顔はとても真剣だった。決意と覚悟を宿していた。
『……メグ、話に付き合ってくれてありがとう。
貴方は絶対に撤退してね。』
その言葉を受けたメグがニカっと笑って言う。
『まさか!見くびらないで下さい。
私は水の国近衛騎士の筆頭剣士ですよ。
姫様が囮になってくれている間にドラゴンを倒すのは私です!』
『もう……メグも大概よね。……本当にいいのね?』
『覚悟なんて、騎士になった時からずーっと出来てます!』
ソフィア姫とメグは見つめ合った。お互いの覚悟を確認しているようだ。
『では、始めましょうか。』
ソフィア姫が美しく微笑み、ティアラを着けた。
『はっ!』
メグが敬礼する。
そうして、戦いの狼煙が上がった。
『水よ凍てつき槍となれ……!!』
ソフィア姫が詠唱し、無数の氷の槍を出現させる。
『霧よ彼の者の視界を奪え!!』
さらに詠唱し、ドラゴンの周りに霧が立ち込める。
飛び立とうと広げたドラゴンの翼に、氷の槍が突き刺さる。
『海よ溢れ濁流となれ!!』
続けて海から水を巻き上げ、ドラゴンの足元に水の渦を生み出す。
『今だ!!全員撤退!!』
激しく水が流れる轟音の中、メグが叫ぶ。
声を合図に水の国近衛騎士団と偵察隊達が森を駆け始める。
その時、立ち込める霧の中、一瞬何かが光った。
『!!姫様ーっ!!!』
その光に素早く反応したメグが、ソフィア姫に覆い被さる。
次の瞬間、眩しい閃光の砲弾が霧の中から現れた。
「アイリーン!!」
咄嗟に反応したセルシス王子がアイリーンを庇うように抱き締めた。
辺りが一瞬で眩しい光に包まれ、目を開けると木々達は全てなくなっていた。
撤退する為走っていた騎士団が倒れている。そして彼らの身体のほとんどがなくなっていた。
「え……なに、これ……」