第54話 城壁
朝食後。
アイリーンはウンディーネの指示で、イゾルデ女王と騎士姫達、セルシス王子とオルフェをウンディーネのいる大聖堂のような部屋に招集した。
イゾルデ女王は昨日から一睡もせずに泣き続けていたのか、目は腫れ、顔はやつれていた。
まるで魂が抜けてしまったかのように深く俯いている。
騎士姫達の顔にも、暗い悲しみが色濃く滲んでいる。
《イゾルデ……。》
昨日の夕方までとは別人のように絶望している、イゾルデ女王の姿を見たウンディーネが呟く。
「皆様、早くにお呼び立てしてしまい申し訳ございません。
……水の精霊ウンディーネ様より、当初の依頼である、“水の国の第一王女ソフィア姫率いる水の国近衛騎士団と、ドラゴンの戦いの再現”を進めるよう申しつかっております。」
アイリーンが部屋にいる全員に向けてそう告げる。するとイゾルデ女王と騎士姫達が顔を上げた。
「早速ではございますが本日、この水の国の城にある城壁から魔法をかけさせて頂きたく存じます。
また、余力があれば最初にドラゴンが降り立ったとされる東の海岸にも伺えればと思います。
……それで同行をお願いしたいのですが……。」
アイリーンはそこまで言い、イゾルデ女王をちらりと見た。
今の状態のイゾルデ女王に、ソフィア姫が戦いに赴く姿を見せるのは躊躇われたからだ。
「同行致します。水の国女王としても、娘を殺された母としても、ドラゴンの情報を得る必要があります。
……私水の国女王イゾルデは、ドラゴンを葬る為ならどんな支援でも致します。」
イゾルデ女王は強い口調でそう告げた。
その声色からは、ドラゴンに対する憎悪が伝わってくる。
「勿論私達も同行致します。」
イリア姫も強い声色でそう言った。
後ろに控えていたレイ姫とラズリー姫が敬礼をする。
「ありがとうございます。」
《さぁアイリーン、ドラゴンの心臓を穿つ為の一歩を!》
「はい。行きましょう……!」
---------------------------
昼。
アイリーン達は水の国の城にある城壁に来た。
分厚い青水晶で造られた城壁からは、城下町全体を見渡すことが出来る。
「イゾルデ殿下……!」
城壁の警護をしていた騎士達がイゾルデ女王に気付き、ガチャリと鎧の音を立てながら慌てた様子で敬礼をする。
「ご苦労。どうぞ敬礼を解いて下さい。
今の声……メリヴァ、でしょうか?お願いしたいことがあります。」
イゾルデ女王が、自身の一番近くで敬礼している女騎士に話し掛けた。
「はい!名を知って頂けていること、光栄の極みでございます。何なりとお申し付け下さい。」
女騎士メリヴァは深く頭を下げてそう言った。
「私も元騎士姫ですから。騎士達の名を覚えるのは得意なのです。」
イゾルデ女王が優しさの滲む声でそう言った。
「ではメリヴァ、波の手鏡で城壁警護の騎士全員に伝達して下さい。これから数刻、全員城壁下の警護に当たるように。指示を下すまで、城壁上へは誰も通してはなりません。
もちろん騎士達も上へ来てはなりません。」
「はっ!」
イゾルデ女王の命を受けたメリヴァは敬礼した後、腰のポーチに携帯していた手鏡を取り出した。
「波の手鏡よ、共鳴せよ!
城壁警護にあたっている全騎士に告げる!
これから数刻、全員城壁下の警護にあたれ!
騎士含め、何人たりとも城壁上へ行くことは許さん!以上!!」
メリヴァが手鏡に向かいそう言うと、周りの騎士の手鏡からキーンと耳鳴りのような音がする。騎士達が手鏡を取り出すと、手鏡から先ほどのメリヴァの声が聞こえて来る。
「これは……」
アイリーンの呟きにイゾルデ女王が答える。
「あれは水の国の騎士達に支給している魔法具、波の手鏡です。手鏡同士で伝達が出来、声だけでなく映像も伝達が出来ます。」
「波の手鏡……。」
アイリーンは風の国でエフィリア女王に貰った翼のブローチを思い出した。
(各国に特有の魔法具があるのね。きっと時の国にもあるのだわ。……まぁ、思い出せないけれど。)
アイリーンがそう考えを巡らせているうちに、城壁上にいた騎士達は全員城壁下へ移動したようだ。辺りはすっかり静まり返っていた。
「さぁ、準備が整いました。魔法を。」
イゾルデ女王がアイリーンに向かいそう言う。
「は、はい!では……」
気を抜いていたアイリーンが慌てて目を閉じる。
「集え黄金の記憶の欠片たち。織り成すは追憶の影。再現せよ、“ノスタルジア”。」