第53話 内緒話
「え……?」
イリア姫の呟きにアイリーンが反応し、再現が止まった。
「あ……ええと実は、私達騎士姫の間で内緒話をする時は、手のひらに文字を書き合うんです。
その……母様はとても耳が良いので……。」
イリア姫がとても言いにくそうにそう説明する。
「なるほど……。」
つまりソフィア姫は耳が良いイゾルデ女王を起こさないよう、彼女の手のひらに言葉を残したのだろう。
「……全くこの子達は……。」
イゾルデ女王が溜息と共にそう声を漏らす。
「「「申し訳ございません……。」」」
騎士姫達三人が口を揃えて謝罪する。
その様子に場に張っていた緊張が少し緩む。
「あの、イゾルデ女王。よろしければソフィア姫が手のひらに残した言葉を、なぞらせて頂いてもよろしいでしょうか?」
アイリーンがそうイゾルデ女王へ提案する。
「ええ……。お願いします。」
イゾルデ女王をベッドに腰掛けさせ、アイリーンが彼女の前に跪いた。
そしてイゾルデ女王の手を取る。
「では、再現を再開します。」
アイリーンがそう言うと、一旦緩んだ緊張感がまたぴんと張られる。
アイリーンが魔力を込めると、ソフィア姫の追憶の像が再び現れ指を動かし始めた。
その指に自身の指も重ねて、アイリーンは丁寧に文字をなぞった。
(これは水の国の言語かしら……?大陸の公用語じゃないから、なんて書いているのか分からないわ。)
辿々しくも何とかなぞりはしたが、アイリーンには意味が分からなかった。
イゾルデ女王の手のひらに言葉を残してすぐに、ソフィア姫は部屋を後にした。
少し遅れて全ての文字をなぞり終えたアイリーンは、ちらりとイゾルデ女王を見上げた。
イゾルデ女王の目からは、ボロボロと涙が溢れていた。
場に衝撃が走った。
セルシス王子は勿論、騎士姫達もイゾルデ女王の涙を見た事がなかったようで、驚き困惑している。
アイリーンも、イゾルデ女王が泣くとは考えもしなかった為、困惑した。
イゾルデ女王が涙を隠すように、手で目元を覆う。そして呟いた。
「『生んでくれてありがとう。愛しています。』と、それだけ……。」
「…………。」
アイリーンは言葉を失った。いや、正確には何と言葉を発すればいいのか分からなかった。
この18文字に、どれだけのソフィア姫の想いが込められているのだろうか。
死を覚悟し、これまでの人生を思い返し、最期に母に遺したこのたったの18文字に。
「私はただ、あなたに生きていて欲しかった……。あなたが幸せに生きているなら、それでよかったのに……。私の命など、代わりに…………。」
イゾルデ女王が泣きながらそう呟く。
嗚咽の混じったその震える声に女王の気概はない。娘を深く想う母の声だ。
「…………ソフィア姫もそう思っていたのではないですか?
子だって親の幸せを願います。
ソフィア姫もただ、イゾルデ女王に……母に幸せに生きていて欲しかったのだと思います。」
暫しの沈黙の後、セルシス王子がぽつりとそう言った。
「あぁ……あああぁ。」
その言葉を受けたイゾルデ女王は膝をつき、泣き崩れた。
その日の夜中、イゾルデ女王の慟哭が止む事はなかった。
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翌朝。
アイリーンは昨日と同じく、水の精霊ウンディーネに大聖堂のような部屋に来るよう命じられた。
「ウンディーネ様、おはようございます。
アイリーン・クロノス、参上致しました……。」
昨夜はイゾルデ女王のことが気掛かりで、アイリーンはあまり眠れなかった。
《アイリーン、おはようございます。
昨日はありがとうございました。
……くまが酷いですね。》
ウンディーネがアイリーンの顔を覗き込み、そう指摘する。
「あ……昨日あまり寝付けなかったので……。」
《もしかして、イゾルデを気にして?》
「…………はい。」
アイリーンは俯きそう答えた。
(魔法を使う事で、イゾルデ女王にソフィア姫の死をより濃く感じさせてしまった。イゾルデ女王の慟哭がまだ頭に響いている。
……これは正しいことなの?
思い出を再現しても、ソフィア姫が帰ってくる訳じゃないのに。これは酷なことをしているんじゃ……。)
そんなアイリーンの考えを察したのか、ウンディーネがくちばしでアイリーンのおでこを強めに突いた。
「いたっ!」
《アイリーン、貴方のしていることは正しいことですよ。この世でもっとも清廉で美しい、私水の精霊ウンディーネが保証します。》
力強い声でウンディーネはそう言った。
ウンディーネの気遣いに、アイリーンは胸が温かくなる。
「ありがとうございます、ウンディーネ様。」
アイリーンがウンディーネのくちばしを優しく撫でそう言うと、ウンディーネは嬉しそうに目を細めた。
《さぁアイリーン。ここからは世界を救う為に魔法を使って貰います。
貴方の魔法で、水の国の第一王女ソフィア姫率いる水の国近衛騎士団と、ドラゴンの戦いの再現を。》
「はい!」




