第52話 イゾルデ女王の部屋
夕方。
アイリーンと騎士姫達、そしてセルシス王子とオルフェは、皆でイゾルデ女王の部屋を訪れた。
「イゾルデ女王、此度はご協力頂き感謝致します。大変恐縮ではございますが、戦いの直前にイゾルデ女王の部屋を訪れた、ソフィア姫の様子を確認させて頂きます。」
アイリーンは深くお辞儀し、固い声でそう言った。緊張からか声が震えてしまう。
「……そんなに緊張しなくて良いのですよ。
戦いに赴く前のソフィア姫の様子を再現するように言ったのは、ウンディーネ様でしょう?
さぁ、どうぞ中へ。」
イゾルデ女王が優しい声でそう言った。
彼女は大体のいきさつを察しているようだった。
イゾルデ女王の部屋は、女王の部屋にしてはとてもシンプルな部屋だった。
家具は大きなベッドと机とソファ、クローゼットと鏡くらいしかなく、ランプなどの照明器具は最低限しか置いていない。
家具は全て壁際に寄せられ、部屋の真ん中は大きく空いた空間になっている。
(そうか、目が見えないから……)
アイリーンは暫く部屋を見渡した後気付いた。
部屋の最奥の壁際には、美しい小さなガラスのショーケースが置かれている。中は空だ。恐らくここに水の国の魔法具が置かれていたのだろう。
「アイリーン、魔法を使う際に日時を指定したらどうだ?“8日前の早朝を再現”とか。」
オルフェが少し大きな声でそう提案してくる。
若干不自然な声の大きさだ。
(ソフィア姫の部屋でのことを考えると、違う指定の方がいいかもしれないけれど……
不自然な声の大きさで発せられたオルフェ様の言葉には、きっと“余計なことは再現するな”という意味も含まれている。
イゾルデ女王のプライベートを踏み荒らすような行為は絶対に避けなくちゃ。最悪、国家間の関係に影響が出てしまう事態になるかもしれないし……。ここはオルフェ様の意図を汲んで……)
「アイリーン?」
考え込み始め、黙ってしまったアイリーンに、セルシス王子が声をかける。
「あ……はい。
オルフェ様、ご提案ありがとうございます。
そのように致します。」
我に返ったアイリーンがそうオルフェに向かって言う。目が合ったオルフェの口が小さくパクパクと動く。「がんばれ」と。
アイリーンは小さく頷き、部屋の中央に移動した。
(オルフェ様……どうして貴方はいつも私を助けてくれるの?)
アイリーンは切なく痛む胸を押さえながら、そう心の中でオルフェに問いかけた。
(ごめんなさい。答えを聞きたくないから、実際に声に出して、貴方に問いかけることが出来ない私を……どうか許して。)
続けてアイリーンは心の中でオルフェにそう言い、目を閉じる。思い浮かぶのは、昼過ぎに見たオルフェの幸せそうな顔だ。
「さぁアイリーン、魔法を。」
オルフェがアイリーンに声をかける。
「はい。では始めさせて頂きます。」
アイリーンがそう答え部屋の中央で手を合わせる。
(今はこちらに集中しなくちゃ。)
「集え黄金の記憶の欠片たち。織り成すは追憶の影。再現せよ、“ノスタルジア”。」
アイリーンが詠唱すると、部屋全体に黄金色の光の粒が漂い始めた。光の粒子はどんどん増え、集まり、群を成していく。
そうしてアイリーンの隣に黄金色の光に縁取られた、ソフィア姫の追憶の像が現れた。
戦いに赴く直前なのか、鎧以外の装備が施されている状態だ。
「……ソフィア姫。」
思わずアイリーンが呟く。
今まで再現して来たどの彼女の顔よりも、一番険しく苦悩に満ちた顔をしている。
ソフィア姫は部屋の最奥の壁際にある、ガラスのショーケースへと迷わず歩いて行った。
さすが騎士といったところだろうか。足音は一切せず、気配を上手く消している。
ソフィア姫はその中にある、魔法で再現された繊細で美しいティアラを手に取った。
そのティアラを腰に付けたポーチにしまったソフィア姫が部屋を出ようと入り口へ向かう。
そして部屋のドアに手をかけようとした時、いきなり彼女の動きが止まった。
アイリーンはその場に立ち尽くしてしまったソフィア姫に近づき、その顔を覗いた。
ソフィア姫は先ほどとは違い、穏やかに微笑んでいた。
その顔を見た瞬間、アイリーンはソフィア姫がこれまでの人生を思い返しているのだと悟った。
アイリーンの胸が締め付けられる。
(ウンディーネ様が考えていた通りだわ。
ソフィア姫は、死が分かっていたのに戦いに赴いたのね……。)
ソフィア姫が静かに身を翻し、入り口に背を向ける。そして気配を殺しながら、寝ているイゾルデ女王を覗き込んだ。
ソフィア姫は寝ているイゾルデ女王の手をそっと取り、手のひらを人差し指で優しく撫で始める。
(?……何をしているのかしら?)
ソフィア姫の不可解な行動にアイリーンが困惑していると、イリア姫が呟いた。
「内緒話……。」