第50話 ブローチ事件
「集え黄金の記憶の欠片たち。織り成すは追憶の影。再現せよ、“ノスタルジア”。」
(ソフィア姫が遺したかった想いを、どうか教えて……。)
アイリーンがそう念じると、部屋全体に黄金の光が溢れ出す。
黄金の光は群を成し、段々と女性の姿へ変わって行く。そして黄金の光に縁取られたソフィア姫が現れる。
ソフィア姫は何かを探すように部屋をうろうろとしていた。次の瞬間、部屋のドアが少し乱雑に叩かれる。
『ソフィア姉様!ブローチを見つけました!
ラズリーがソフィア姉様のブローチを盗んでいたのです!!』
ドアの外からそう言う声が聞こえる。
「あ……この日は……」
ドアの外から聞こえた声と、同じ声がアイリーンのすぐ隣から聞こえた。レイ姫の声だ。
追憶の光に形作られたドアが開き、レイ姫の追憶の像が部屋へ入ってくる。
『ラズリー!!貴方も来るのです!!』
レイ姫の怒鳴り声が響く。
暫くして、ラズリー姫の追憶の像が気まずそうな様子で部屋に入って来た。
『……ソフィア姉様……ごめんなさい。
ソフィア姉様のブローチを勝手にお借りしておりました……。本当に、ごめんなさい!!』
そう言いながら、ラズリー姫は深く頭を下げた。その両目からはぽろぽろと大粒の涙が落ちて来ている。
「えっと……この状況は一体……。」
いきなりの展開に困惑したアイリーンが呟く。
「これは2週間ほど前に起きたことです。
ある日の朝、ソフィア姉様のブローチがなくなったので、皆で探していました。
結果ブローチはラズリーの部屋にあり……それを私が見つけ、ソフィア姉様にご報告したのです。」
隣にいたレイ姫がそう説明してくれた。
ラズリー姫は居心地が悪そうに俯き黙っている。
(2週間前?!……しまった、魔法は失敗だわ。
本来ならソフィア姫が戦いに赴く直前を再現するはずだったのに!
何故失敗してしまったのかしら……どう魔法を発現させれば……あ、日時を指定すれば……)
レイ姫の言葉を受けたアイリーンは魔法の失敗に気付き、そのことに関して考え込み始める。
その間にも追憶は進んで行く。
『レイ、教えてくれてありがとう。
……ラズリー、どうしてブローチを持ち出したの?理由があるのでしょう?』
ソフィア姫はラズリー姫に近付き、優しく頭を撫でながらそう聞いた。
『はい……。
私はソフィア姉様みたいにセンスが良くないから……ブローチに彫るデザインがちっとも浮かばなくて……。だから、ソフィア姉様のブローチを参考にしようって……。』
ラズリー姫は泣きじゃくりながらそう言った。
『真似したデザインを彫るなんて不誠実です!』
レイ姫が厳しい声でそう言う。
そんなレイ姫をソフィア姫が諌める。
『レイ、そんなに責め立てるのはよしなさい。
参考にするのは決して悪いことではないわ。
何事も上達するにはまず“真似”から始まるのよ。
でも勝手に持ち出したのは悪いことね。そしてそれを黙っていた事も。
それは自分で分かっているわね、ラズリー。』
ソフィア姫がラズリー姫に向き直ると、ラズリー姫は涙を拭いながら、頷いた。
『はい……。
本当にごめんなさい、ソフィア姉様。』
『はい!これでお終い。
ラズリーも反省していることですし、この件は解決としましょう。
レイ、皆にも解決したと伝えてくれる?』
ソフィア姫は優しい笑顔でそう言った。
『……何故ですか……。何故ラズリーだけいつも怒られず……。何故ラズリーだけなんでも許されるのですか!』
ソフィア姫の言葉を受けたレイ姫がそう声を荒げ、部屋を飛び出した。
『レイ!待って!』
ソフィア姫が呼び止めるより早く、レイ姫の姿は見えなくなってしまった。
レイ姫と入れ替わるように、見知らぬ若い女性が部屋に入って来る。
『……ソフィア様、何かあったのですか……?』
騎士姫達と似た鎧を纏ったその女性は、泣きじゃくるラズリー姫を見て、困惑した様子でソフィア姫に尋ねた。
『ああ、メグ。なんでもないのよ。
そう言えばブローチは見つかりました。
……ラズリー、貴方はもう部屋に戻りなさい。
後は任せて。』
ソフィア姫の言葉を受け、ラズリー姫が泣きながら部屋を後にした。