第40話 水の国の騎士姫たち
数分後。
アイリーン達の乗った馬車は、無事水の国の城に着いた。
水の国の城は城門周りに堀があり、そこに澄んだ水が張っていた。水底には水晶が見える。
城に通じる一番大きな門にはガラスで出来た透明な橋が架かっている。
「この国は、どこもかしこも美しく透き通っていますね。
澄んだ水の中にいるかのような感覚になります。」
水の国の城の美しさに、アイリーンはうっとりとした顔でそう言った。
「“メモリアル”……。」
その様子を見ていたオルフェが、小さく呟いた。
アイリーンがオルフェの方を見ると、オルフェは両手の親指と人差し指で四角を作っている。
「オルフェ様、何をしているのですか?」
「何でもない。気にするな。」
そう言ってオルフェがまた幸せそうに目を細め、口元を緩める。
「……なんだか怪しいです。何故にやにやしてるのか、教えて下さい!」
「別ににやにやしてないだろ!人聞きの悪いこと言うなよ!」
アイリーンはオルフェの視線に気恥ずかしさを覚え、つい突っかかってしまった。
二人が口論している間に馬車は城門を抜け、水の国の城の大扉前に到着した。
アイリーンとオルフェは馬車から降り、大扉の前に立つ。分厚い青水晶で出来たその扉がゆっくりと開く。
そこには、3人の少女が深々とお辞儀していた。
少女達は皆裾の短いドレスと、腕や足には鎧を身に付けていた。
場にはピリッとした緊張感が漂っている。
「「「水の国へようこそ、時の国の魔法使い様。」」」
お辞儀したままそう挨拶した少女達の奥から、青いドレスに大きな白いトンガリ帽を被った中年の女性が現れる。
聡明そうな、しかし厳しそうな顔をしている。
「水の国へようこそ、クロノスの魔法使い様がた。私は水の国女王イゾルデ。
此度は依頼を受けて下さり感謝致します。」
アイリーンとオルフェが深くお辞儀し挨拶を返す。
「こちらこそ依頼頂き光栄です。
時の魔法使いクロノス家当主、アイリーン・クロノスです。こちらは助手のオルフェと申します。
クロノスの魔法使いとして、お役に立てるよう尽力致します。」
「期待しています。
さぁ、騎士姫達も挨拶なさい。」
アイリーンの挨拶を受けたイゾルデ女王が、少女達に声をかけた。
ずっとお辞儀をしていた少女達がゆっくりと起き上がる。
少女達は皆、海の様にきらめき靡く青い髪と、アクアマリンの様に輝く水色の瞳をしていた。
真ん中にいた少女が口を開く。
「水の国第二王女、イリアと申します。
此度は遠いところお越し頂きありがとうございます。何卒宜しくお願い致します。」
イリア姫はそう言い微笑んだ。しかし何故だか、微笑みの中に仄暗い悲しみが滲んでいる様な気がした。
続いてイリア姫の左に控えていた姫が挨拶する。
「水の国第三王女、レイです。どうぞ宜しくお願い致します。」
少し冷たさを感じる瞳に、凛とした表情。きっと堅実な人なのだろう。しかし何故だろうか。目元に擦ったような赤い痕が見える。
最後にイリア姫の右に控えていた姫が挨拶をする。
「水の国第四王女、ラズリーです。……その……よろしくお願いします……。」
そう言いお辞儀したラズリー姫は、まだあどけなさが残る顔をしている。しかしながらその幼さを掻き消すような暗い陰が彼女を包んでいる様だった。
三人共美しい少女達なのに、どうしようもない悲しみや絶望といった暗い感情に支配されているように見える。
「我が水の国の姫達は全員、騎士の役割を担う騎士姫です。此度は貴方達の護衛を務めることとなります。」
イゾルデ女王がそう補足する。
三人の騎士姫達はその場で敬礼した。
(姫様方からとても暗い感情が伝わってくる。そうよね……第一王女様が失踪しているのだから。
恐らく姫様方は護衛と言う名目の見張り……。あぁ……緊張してきた。気が休まる時間はないと思った方が良さそうね。)
アイリーンはそう思った。その緊張が顔に表れていたのか、イリア姫がそっとアイリーンに耳打ちして来た。
「ずっと付いている訳ではありませんので、緊張なさらないで大丈夫ですよ。」
(しまった!顔に出ていたなんて……気を遣わせてしまったわ。)
アイリーンがそう思い、居た堪れない気持ちでイリア姫の方に顔を向けると、イリア姫は口に人差し指を当てて少し微笑んだ。
その微笑みにも悲しみが溢れていたが、彼女なりの優しさに、アイリーンは緊張が少し解れたのを感じた。