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第35話 いたずら飛行

アイリーン達が時の国に帰って来た次の日。

アイリーンは、エフィリア女王から賜った翼のブローチをセルシス王子に渡す為、時の国の城に登城した。


「アイリーン、長旅ご苦労だった。帰りの馬車ではずっと眠っていたが……疲れたか?」


出迎えてくれたセルシス王子が心配した様子でそう問いかけて来た。


「えっと……そうですね、少し疲れていました。でももう大丈夫です。」


(夜中に風の国の騎士団宿舎で魔法を使っていた話は……さすがに言えない。)


アイリーンは笑顔でごまかし、早速本題に入った。


「あの……本日はエフィリア女王から預かっている贈り物をお渡ししたく参上致しました。」


「贈り物……?俺にか?」


セルシス王子の顔が少し曇る。警戒しているようだ。

一国の未婚の女王から、一国の未婚の王子への個人的な贈り物。……そう考えてみるとセルシス王子の顔が曇ってもおかしくはない。


「私も頂きました!風の国の王太子と次期王太子妃へという意味かと思います。」


アイリーンが慌ててそう付け加えた。


(本当はお礼の品というか……友情の証として個人的に頂いたものだけれど。)


「……そうか。それで、何を貰ったんだ。」


「ええと……これです。」


アイリーンはセルシス王子に翼のブローチを見せた。


「ブローチ?美しいが……これは女性用ではないのか?」


確かにその小さな黄緑の宝石が埋め込まれた金色の繊細なブローチは、誰がどう見ても女性が身に付ける為のものだ。


「ええと……実はこれは背中用のブローチでして……性別はあまり関係ないかと思います。」


「背中用のブローチ?…………風の国では一般的なのだろうか……」


(セルシス様、当時の私と同じこと考えてる。)


セルシス王子が真剣な顔でそう呟いているのを見て、アイリーンは自然と笑みが零れた。


「殿下、これはただのブローチではなく、魔法具になります。」


「魔法具?なるほど……。これで何が出来るんだ?」


「こちらの魔法具は――。」


そこまで言い、アイリーンは口を噤んだ。

アイリーンはエフィリア女王に空を飛べる魔法具だと知らされず飛んだ時のことを思い出した。


(セルシス様の驚く顔……見てみたいわ……。)


アイリーンのいたずら心に火が付いた。


「……この魔法具の説明をさせて頂きたいので、一緒に城の外までお越し頂けますか?」


アイリーンは笑顔でそう言った。


「ああ……。」


セルシス王子は少し不安そうな顔で了承した。


---------------------------



城の庭園で、アイリーンはセルシス王子の背中にブローチを着けた。


(セルシス様、驚くだろうな。……少しやりすぎかしら?)


「では殿下、魔法具を発動しますね。」


「待てアイリーン、この魔法具の効果は一体……」


セルシス王子が焦りながらそう声を上げたのを遮り、アイリーンが魔法具を発動した。

瞬間、セルシス王子の背中から翼が伸び、旋風と共に空に飛び上がる。


「セルシス様!!!」


一瞬で空に放り出されたセルシス王子を追い、アイリーンも空に飛び出した。

しかしセルシス王子に追いつく前に、空中でアイリーンがよろめいた。


(そうだったこの翼、制御が難しいのだった……!もう私、何てことを……!!)


後悔しても遅かった。

バランスを崩したアイリーンの翼は、完全に制御不能となり、アイリーンは空中で翼に振り回された。


「きゃああああ!」


アイリーンの身体が空中で上下に旋回する。


(目が回る……気持ち悪い……い、意識が飛びそう……)


その時、アイリーンは空中で誰かに抱き留められた。


「大丈夫か、アイリーン。」


セルシス王子だ。空中に留まりながら、アイリーンを抱いている。


(え……セルシス様?なぜ空中に留まっていられるの……?)


「空を自在に飛べる翼の魔法具か。

驚いたが、素晴らしい贈り物だな。

多少バランスを保つのが難しいが……慣れれば意のままに操れそうだ。」


「え……」


「しかし空を飛べる日が来るとは……感動だ。

アイリーン、このまま暫く空を楽しもう!」


セルシス王子がそう言い、空中でアイリーンの手を引く。


「ええええ!」


それから暫くの間、アイリーンとセルシス王子は手を繋ぎながら、時の国の城の上空を飛び回った。

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