第30話 カイの歌
黄金の光が窓際に集まり、郡を成す。
同時にシルフが羽ばたき、優しい風を巻き起こす。その風が部屋の窓を開けた。
風の国の騎士カイが窓際に姿を現した。黄金の光に縁どられたがっしりとした身体。凛々しい顔。しかし表情はとても柔らかい。
遅れて歌声が聞こえて来る。少し低めの、でも柔らかさのある、素敵な声。
アイリーンはその素敵な声で紡がれる歌に、暫く聞き入っていた。
エフェリア女王も静かに涙を流しながら、歌を聴いていた。
窓に腰かけ歌を歌う彼の側へ、空から小さな白い燕が降り立つ。その白い燕の輪郭は、黄緑と黄金色に輝いている。
白い燕は窓際の小皿に入った水を飲み始めた。小皿の水に広がる波紋を見たカイは笑顔になり、歌を歌い続けていた。
《僕、カイの歌が好きだったな……。》
シルフが呟く。
「ずるいわシルフ。いつもあんな特等席で、カイの歌を聴いていたのね。」
エフィリア女王がそう言い、アイリーンの肩に乗っているシルフの背中を指でくすぐった。
《あはは!ちょっとエフィリーやめて!》
シルフの笑い声と共に、カイの姿は黄金の光の粒子へと戻って行く。カイの姿が消えるにつれて歌声は遠のき、そして聞こえなくなった。
「まさかもう一度、彼の歌を聴けるなんて……。ありがとう、アイリーン。」
そう言いエフィリア女王が切ない表情で微笑む。
「エフィリア女王……。」
アイリーンは何と答えればいいか分からず、ただ彼女の名前を呟いた。
黄金の光の粒子は再び部屋を漂っている。そしてアイリーンが魔力を込めたタイミングで、また一点に集まり出す。
(カイさん……あなたの気持ちを、私達に教えて下さい。どうかエフィリア女王の愛に応えて……。)
アイリーンはそう願った。再び黄金の光が群を成す。
再び現れたカイは、ベッドに呆けた顔で寝転がっていた。
『まさかドラゴンが実在していたなんて……。ドラゴンに対峙し、生きて帰って来れるのだろうか……。』
放心した様子のまま、そうカイが呟く。
どうやら風の国前王と騎士団が、ドラゴンに対峙する日の前日のようだ。
『エフィリア様……。』
カイが続けて呟く。
名前を呼ばれたエフィリア女王の肩が僅かに動いた。
瞬間、カイが勢いよくベッドから起き上がり、部屋のチェストを漁り出した。
綺麗に畳んで収納してあった替えのシャツなどを、全て乱雑に床に放り出し、チェストの一番上の引き出しだけを空にした。
いきなりの行動に、その場にいた3人は怪訝な表情を浮かべた。
「え……何よカイ、どうしたの?」
《何か探しているんじゃない?》
「もう引き出しはからっぽですが……まだ何か探しているのでしょうか?」
カイは空になった引き出しの底板を下から殴った。
ガコンという音を立てて、底板が外れる。
「えぇ!やだ壊しちゃったの?!」
普段優しいカイがチェストの引き出しを破壊したことがショックだったのか、エフィリア女王が叫んだ。
その時、カイが外した底板が二枚に分離した。どうやら底板を無理やり二枚嵌め込んでいたようだ。隙間の部分に何かが見えた。
それをカイが取り出す。それは小さな封筒だった。
「なにかしら……手紙?」
エフィリア女王が黄金の光に縁どられたその小さな封筒に手を伸ばす。しかし追憶の像の為掴めず、彼女の手は宙を掠めた。
その拍子にバランスを崩したエフィリア女王の身体を、優しい風が受け止める。
「あ……そうだったわね。ありがとう、シルフ。」
「大丈夫ですか……?」
アイリーンは心配そうにエフィリア女王を覗き込んだ。
「ええ。大丈夫よアイリーン。」
そう言い立ち上がろうとしたエフィリア女王が、封筒の背に書かれていた差出人を見たようだ。
彼女の顔が一瞬で曇った。
「え……どうしました、エフィリア女王。」
それに気付いたアイリーンが声を掛ける。
「この封筒の差出人……フーカだわ。」
(フーカ……。確か風の国の城仕えのメイドよね。私をエフィリア女王の部屋まで案内してくれた……。)
カイは封筒に口づけをし、大事そうに抱き締めた。
それを見たエフィリア女王が魔法で部屋に荒れた風を巻き起こす。
「わあっ……!」
風を受けたアイリーンがよろめくが、それをシルフが別の穏やかな風を巻き起こし支えた。
《ちょっとエフィリー、落ち着いて!!》
シルフがそう叫ぶ。
エフィリア女王は無言で風を操り、実際のチェストの引き出しを吹き飛ばした。
中に入っていた服があたりに散らばり、引き出しはバラバラになった。そこから飛び出してきた封筒をエフィリア女王がキャッチする。
切なそうな表情を浮かべるカイの追憶の像と、辛そうな表情を浮かべるエフィリア女王が、同時に封筒を開いた。




