第3話 魔法の師
「だ、誰?」
アイリーンは困惑した。
明らかに知り合いにかけるような言葉をかけられたが、誰だか全く分からない。
アイリーンが困惑しながら彼を見つめていると、彼の方が口を開いた。
「は……?……もしかして、魔法は失敗していた……?お前、生前の記憶を引き継げていないのか?」
(どうして記憶の引き継ぎのことを?この人が関係しているの?というか誰?)
「失礼ですが、貴方は誰ですか?
どうして私の記憶の引き継ぎを知っているのでしょうか。貴方が関係あるということですか?」
アイリーンが警戒気味に聞き返すと、彼ははっとした表情をして呟いた。
「そうか……俺の記憶だけ、消えたのか。お前に対しても俺の"代償"が効いてるということか。」
「なんでしょうか。聞こえないのですが……。」
「なんでもない。クロノス嬢、名乗りもせずいきなり申し訳なかった。
俺はオルフェ。生前、お前の魔法の師だった者だ。」
(魔法の師……?何を言っているの?)
「すみません、何かの間違いでは?
私はたしかに生前魔法学園に通っておりましたが、魔法は使えません。それから、貴方のことは存じ上げておりません。」
アイリーンは明らかに不審なことを言う青年に対し、きっぱりと否定の言葉を言い放った。
魔法学園には2つの科があった。
1つ目は、魔法を使える者のみが所属する"魔法科"。
2つ目は、魔法の研究、および魔法具と魔法薬品の研究や開発を学ぶ"魔法研究科"。
何故か15歳から18歳までの記憶がほとんど抜けている為、確信はないが、おそらく"魔法研究科"だったと思う。
魔法は使えなかったと思うし、魔法の師など勿論いなかったはずだ。
「……そうか。恐らくお前の"代償"によるものだな。魔法に関する記憶が全て消えたのか。」
彼は暫し沈黙した後、再び何かに気付いたような表情をして呟いた。
「あの……何なのですか。はっきり仰って頂けますか?」
アイリーンが少し苛々しながら彼に声をかけると、いきなり彼が丸い物を投げて来た。
「何なのですか!!」
反射的に受け取ると、それは水晶玉だった。たしか精霊と契約している家系に連なる者が3歳の時に行う、"選定の儀"に使うものだ。魔法を使える力がどのくらいあるかを測る為のもの。
この"選定の儀"で魔法を使える力が一定値以上あるとされたものは、魔法使いとしての教育を受けることとなる。
「水晶玉に精神を集中させろ。祈りや念を込めるイメージだ。」
「お返しします。」
付き合う義理はない。
アイリーンは水晶玉を返そうとした。
「15歳から18歳までの出来事が曖昧なんだろ?この"選定の儀"に付き合ってくれれば教えてやる。……あと、もし何も起きなかったら、今後お前の前には現れないと誓う。」
「……はぁ。」
恐らく水晶玉は反応しない。つまりこの取引はアイリーンにとって利益しかない。
アイリーンは水晶玉に集中した。そして水晶玉を持つ手に少し力を込めた瞬間。
水晶玉が眩い虹色の光を放った。
「きゃっ……!」
あまりの眩さに驚き、アイリーンは水晶玉を落した。庭園の石畳の上に落ちた水晶玉は、ガコンッと言う音を立てて、真っ二つに割れた。
(あっ!しまった、やってしまった……。他人様の物を壊してしまった……。)
アイリーンが割れた水晶玉を拾おうとしゃがんだ瞬間、青年がアイリーンのすぐ横に来て、アイリーンの手を握った。
「えっ!?な、何……」
「そのまま。水晶玉に集中しろ。魔法で水晶玉を元の形に戻すんだ。」
(もしかして私に魔法で水晶玉を直せと言っているの?無理でしょう、それは!)
「む、無理です!出来るはずがありません!」
握られている手を必死に解こうともがいたが、青年と目が合い、硬直した。
"出来る"と訴える真剣な瞳。夕陽が差し込み黄金に輝いて見える。あまりに眼差しが美しく、アイリーンはしばらく動けなかった。
「水晶玉に意識を向けろ。水晶玉が元の丸い形に戻るように。水晶玉の時を戻すイメージを頭に描け。」
アイリーンは言われた通り、水晶玉の時が戻る情景を頭の中に描いた。
すると真っ二つに割れていた水晶玉が実際にくっつき出した。まさに時が戻るかのように。
「嘘……。」
目の前の出来事にアイリーンは絶句した。
「改めて自己紹介をしよう、クロノス嬢。
俺はオルフェ。生前、お前の魔法の師だった者だ。」




