第26話 即位記念パーティー
夕暮れ。夜の帳が降り始めた頃、エフェリア女王の即位記念パーティーが始まった。
華やかではあるが、豪勢とまではいかない、即位記念の祝いにしては慎ましやかなパーティーだ。
恐らく前王の死に配慮しこのような形にしたのだろう。
アイリーンはセルシス王子にエスコートされながら会場へ入った。
纏っているのは、派手すぎないネイビーのドレス。星をモチーフにした装飾が施されている。
「綺麗だ、アイリーン。」
エスコートしてくれているセルシス王子が、アイリーンの耳元で囁く。
その言葉に、王子の吐息に、アイリーンの鼓動が早くなる。
ちらりと王子の方を見ると、言った本人である王子がなぜか顔を真っ赤にしていた。
(本当に、1度目の人生の時の王子とは別人みたい……。
いいえ、きっと私が知らなすぎたのね。この人元々はこういう……なんというか、可愛い人だったのね。)
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夜も更け、パーティーも佳境に入って来た。
結局エフィリア女王とは、パーティー序盤の挨拶時にしか話すことが出来なかった。
アイリーンはバルコニーに出て、夜風にあたりながら考えていた。
(エフィリア女王は、私がドラゴンを倒す鍵になると言っていた。
でも私は……私には何も出来ない。私が出来ることは、物体の記憶を再現したり、物体の時を戻したり……攻撃を出来るような魔法は一つも出来ない……。
エフィリア女王は時の魔法を勘違いしているとか……?いえ、きっと違う。なら、何故……。)
《アイリーン!ねぇ、アイリーン!》
アイリーンがいつものように考えに耽っていると、アイリーンを呼ぶ声が聞こえてきた。
「え……誰?」
声がした方へ目を向けると、うっすらと緑の光を纏った小さな白い燕が、バルコニーの手摺りにとまっていた。
《僕だよ!風の精霊、シルフだよ!》
小さな白い燕……風の精霊シルフは、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねながらそう言った。
「シ……シルフ様……。」
(未だに信じられないわ……精霊伝説に出て来る風の精霊シルフが存在していて、しかもこんなに可愛らしい白い燕の姿をしているなんて……)
アイリーンはシルフを見てそう思った。
《ねぇ、アイリーン。僕実はアイリーンにお願いしたいことがあるんだ。》
風の精霊シルフが少し真剣さが滲む声色でそう言った。
「……なんでしょうか。私でお力になれることがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ。」
アイリーンは丁寧にお辞儀しながらそう言った。
(風の精霊シルフが私にお願いなんて……何かしら?……もしかしてドラゴンを倒せと言われる!?)
アイリーンが何を言われるのかと緊張した面持ちでシルフの言葉を待っていると、シルフがいきなり笑い出した。
《あはは!緊張しすぎだよ、アイリーン!
ごめんごめん、いきなり精霊からお願いしたいことがあるって言われたら、身構えるよね!
でもキミにとっては全然大したことじゃないと思うよ!
ただ、アイリーンの魔法“ノスタルジア”を使って欲しいんだ!》
「え……“ノスタルジア”を?」
《そう!……アイリーン、来て。》
シルフが器用に羽を手前にパタパタと動かし、近くへ来るようアイリーンを呼んだ。
アイリーンがシルフに顔を近付けると、まるで内緒話をするように、シルフがアイリーンの耳に羽を沿えた。
《あのね、アイリーン……実はエフィリーには、想い人がいるんだ。》
シルフの突拍子もない打ち明け話に、アイリーンは困惑した。
「え……エフィリーとは、エフィリア女王のことですよね?……えっと、想い人……?」
(いきなり恋バナ……?想い人がいるなら結婚すればいいのでは?
というかそもそもエフィリア女王くらいの身分なら、婚約者がいるんじゃ……)
《2人は両想いだった。でも、身分違いの恋だったんだ。》
(……?)
シルフの表現の仕方にアイリーンは違和感を覚えた。『想い人がいる』、『2人は両想いだった』……なぜ後者の表現は過去形なのだろうと。
《両想いだった身分違いの恋は、もう永遠に叶うことがなくなってしまった。……エフィリーの想い人、騎士団の騎士カイが亡くなったことで。》
「……!」
先刻エフィリア女王の部屋でドラゴンの話をした際、彼女は言っていた。
『ドラゴンが暴走して、我が国の上空で暴れまわり、暴風を生み出した。
それを止めようと私の父……前王と、騎士団がドラゴンのもとへ向かったの。
でも……前王の力では、ドラゴンに敵わなかった。ドラゴンと対峙した前王と騎士団の皆は全員亡くなったわ。』
その亡くなった人々の中に、エフィリア女王の想い人もいたのだろう。
《エフィリーは想いを伝えられなかったことを後悔しているみたい。
だから、たとえ追憶の像だとしても、彼に想いを伝えさせてあげられればって思って。
だって、エフィリーは女王として前に進まなくちゃいけない。精霊の血筋を継いでいかなくちゃ。
……だからお願い、エフィリーの恋を終わらせてあげて。》
「…………。」
アイリーンはエフィリア女王の背負う重い運命を理解した。
女王として国を治め、精霊と契約している家の者として血を継いでいかなくてはならない。
《……だめ?》
黙り込んでしまったアイリーンの顔を覗き込み、シルフはそう問いかけて来た。
小さな頭を傾げた姿がなんとも愛らしい。
(姿はとても可愛らしいけど、言っていることは少し……ひどいわ。
それをエフィリア女王は望んでいるのかしら……。追憶の像に想いを伝えたって、彼女の悲しみがさらに積もるだけなのでは……。)
《……明日の夕方まで風の国にいるんでしょ?今夜ゆっくり考えてみて!じゃあね!》
未だ言葉を紡げないアイリーンに向かってシルフがそう言った。
瞬間、さわやかな風が吹いた。そして目の前にいたはずのシルフの姿は消えていた。
(どうしよう……。
ところでどうして私の魔法ってこんなに使うのに悩む魔法なの!?記憶って取り扱うのが難しいものだったのね……。
はぁ……気が重い。)