第20話 王妃の思い
新しく現れた追憶の像は窓から庭園を眺める王妃だった。
『遅いわね、アルダー。今日は一緒にお茶する約束なのに、日が暮れてしまうわ。』
ぽつりと王妃が呟く。
次の瞬間、扉の外から無数の足跡が響き、臣下の一人がバタバタと部屋に駆け込んで来て言った。
『王妃様……!!クロノス宮廷魔術師様がお亡くなりに……!!』
『え……?』
王妃は言われたことを上手く理解出来ないようで、きょとんとした顔をしている。
扉の外には数人の臣下達がいて、こちらに聞こえてくるほどの大きい声で怒鳴りあっていた。
『どうすれば……彼の者がいなければ王妃様は……!!』
『すぐに宮廷医師を呼べ!!』
『王は今土の国訪問中だ……一体どうすれば……!!』
ここでまた追憶の像は散った。黄金の光の粒があたりに浮遊した。
「待って、お父様に何があったの?!」
アイリーンが黄金の光にそう叫んだが、めまぐるしいスピードで次の場面に移り変わってしまった。
新しく追憶の像が現れる。
そこにはベッドに横たわる王妃が居た。そのまわりを囲うように数人の人物が立っている。
その中には幼いセルシス王子も居た。
「……殿下。」
幼いセルシス王子を見てアイリーンが声を溢す。幼いセルシス王子は泣き腫らしたのであろう真っ赤な目で、不安そうにベッドの王妃を見つめていた。
「この日は……母が亡くなった日だ……。」
隣のセルシス王子が呟く。アイリーン達の間に一瞬で緊張が走る。
「……王妃の枕元にいるのは誰だ?」
オルフェがセルシス王子に問いかける。
ベッドに横たわる王妃の枕元には見知らぬ初老の女性がいた。
その隣では宮廷医師らしき人物が王妃の手首を握り脈を測っている。
「あれは確か……母様の乳母だ。母様付けのメイド長として、城でもずっと母様に使えていた。
……名は分からないが、母様はずっと彼女のことを“ばあや”と呼んでいた。」
『王妃様はもう、限界かと……。』
脈を測り終えた宮廷医師が、王妃のすぐ傍に控えていたばあやにそう言った。
王妃に残された時間はもうないと悟ったばあやが、王妃の手を握り彼女に話しかけた。
『王妃様……起きていただけますか?』
王妃はゆっくりと目を開けた。全てを悟っているようだった。
王妃は幼いセルシス王子の方に目を向け、彼を呼んだ。
『セルシス……こちらへいらして下さい。』
『はい、母様。』
幼いセルシス王子は王妃の側に駆け寄った。
王妃は彼の頬に手を添え、優しい声で言った。
『セルシス、あなたはとても優しい子です。母はよく知っています。
優しさを忘れないで。そうすれば、きっとあなたを皆が支えてくれます。
大丈夫。あなたは皆の希望となり、立派な王になれますよ。
離れても、母はあなたを見守っていますからね。』
『……母様……?』
涙を流しながらそう語りかける王妃のドレスをぎゅっと握りながら、幼いセルシス王子は不安そうに母を呼んだ。
『ばあや、王にお伝え下さい。
“添い遂げられず、ごめんなさい。1人にして、ごめんなさい。私のことは忘れ、どうか幸せになって下さい。”と。』
『……それで、本当によろしいのですね?』
『…………………………。』
ばあやの言葉を受けた王妃は暫く黙り込んだ。
そして、絞り出すように言った。
『…………許さない。』
『殿下を遠くへ。』
ばあやは素早く側にいたメイドに指示を出した。
『許さない……許さないわ!私を忘れ、他のご婦人となんて…………!うぅっ!』
王妃は堰を切ったように泣きじゃくりながら、叫んだ。
『王はどうしていらっしゃらないの?
どうしても会いたいの……。お願いよ、会いたいの……!』
『殿下はこちらへ。』
メイド達は幼いセルシス王子を連れ、部屋を出た。
『待って!母様!!』
幼いセルシス王子の叫び声と共に王妃の部屋の扉が閉まった。
部屋に残った王妃はばあやに縋り付くように抱きつき、泣いていた。