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第2話 セルシス王子

「クロノス嬢、元気そうでなによりだ。」


「殿下もご機嫌麗しゅう……。」 


「……。」


「……。」


挨拶を交わした後に、沈黙が訪れた。


(気まずい……。殿下と何を話せばいいかまったく分からない。)


アイリーンとセルシス王子は産まれる前から婚約が決まっていた。

大魔法使いだったアイリーンの曽祖父が存命時、まだ親のお腹の中にいたアイリーンとセルシス王子を許嫁としたのだ。


一部の選ばれたものしか魔法を使えないこの世では、大魔法使いとも呼べる存在になると神にも匹敵する地位と名声を得られる。


特にアイリーンの曽祖父は、歴史に残る様々な偉業を成した人物だった。魔法研究所の設立、魔法具および魔法薬品の開発、そして魔法学園の設立。さらに、曽祖父は先々代王と兄弟のような関係だったという。


アイリーンとセルシス王子が正式に婚約を結んだのが、互いが9歳の時。それまでもそれ以降も、何回もセルシス王子に会っていたが、アイリーンはセルシス王子のことをあまり知らなかった。


セルシス王子は7歳の時に母親を亡くしている。


(私も同じ頃父を亡くしている。だからこそ、傷を抉るような話題は避けたい。でも、どんな話なら彼の傷に触れないで済むのかが分からない……。)


セルシス王子の好きなもの、嫌いなもの、興味のある話……アイリーンはそれらを何も知らなかった。


生前12歳の時の事故以降は特に、セルシス王子と深く関わらないようにしていた。ボロを出さない為。王太子妃という地位を得る為。自分と家を守る為。セルシス王子だけでなく、王子の周りの人間とも私的な関わりを減らしていた。


(表面上はうまくいっていたけど……。殿下が他の女性を選んだのも当然だわ。

私は殿下のことを何も知らないし、殿下も私のことを知らない。)


「殿下……最近興味があることは何ですか?」


まずはセルシス王子のことを知らなければ。

アイリーンはやや前のめりになりながらセルシス王子に問い掛けた。


「は……なんだいきなり。」


アイリーンからのいきなりの質問に、セルシス王子は驚いた。王妃が亡くなって以降、腫れ物に触るような態度を取っていたアイリーンが、いきなり前のめりになって会話しようとして来たからだ。


「最近興味があることと言われても……ぱっと思いつかないな。」


「では、好きなものはなんですか?」


「好きなものと言われても……というか俺の好きなものを知らないのか。」


「では、殿下は私の好きなものをご存知ですか?」


「……。」


「セルシス様のことを知りたいのです。」


アイリーンは内心緊張やら自己嫌悪やらで、叫びたい気持ちだった。

話題の振り方は淑女にあるまじき下手さだし、殿下も返答に困っている。前世で人付き合いを怠ったツケが回って来たのだ。


「本。」


「えっ?」


「本を読むのが好きだ。特に歴史や伝承に関するもの。」


(答えてくれた!)


「教えて下さり、ありがとうございます!」


アイリーンは一気に緊張が溶け、笑顔でセルシス王子に礼を言った。王子はアイリーンの笑顔を見て目を丸くし、小声を漏らした。


「やはり笑うと、可愛いな……」


「えっ?なんて仰ったのですか、殿下。」


「いや、なんでもない。ところでお前の好きなものはなんだ。」


今度はアイリーンが王子の言葉に目を丸くした。


("お前"なんて、生前そのように呼ばれたことなかったのに。くだけた話し方をしてくれている……ということかしら?)


「私も本を読むのが好きなのです。殿下のお答えを聞いて、少し驚きました。」


まさか共通の趣味があったとは。

生前9年間婚約していて、こんなことにも気付かなかった自分に一番驚いた。


「どんな本だ。」


「魔法に関する本が好きです。生前、父がよく魔法に関する本をプレゼントしてくれたので。幼い令嬢に魔法書をプレゼントするなんて今思えばおかしな話ですが……。」


「そうか。」


アイリーンの話を聞き、セルシス王子は優しく笑った。


(今の優しい笑顔は見間違い?本当に目の前のこの子はセルシス王子?)


「俺も……生前母がよく本をプレゼントしてくれた。母の部屋に行くと、いつも母の好きな精霊伝説の話を聞かされたんだ。」


セルシス王子の言葉を聞いて、アイリーンは体を強張らせた。王妃の話を引き出してしまった。彼の傷に触れてしまった。


王妃が亡くなった時、王は公務で遠方におり、王妃を看取ることが出来なかった。この一件以降、王とセルシス王子の父子関係は冷え切っていた。特にセルシス王子が王に反抗的な態度をとっているのだ。

そしてこの冷え切った関係は、王子が18歳になっても変わらないことをアイリーンは知っている。


セルシス王子にとって王妃の死は、一生消えない傷なのだ。だから、触れてはいけない。


「お前はきっと、少し勘違いをしている。」


アイリーンの強張った様子を見て、セルシス王子が口を開いた。


「母の死はたしかに耐え難いことだ。今もその……悲しい。しかし、母との思い出すべてが悲しいものではない。母と過ごした時間のほとんどは、幸せだった。

だから母との思い出を語ることは、別に嫌なことじゃない。特にお前となら。」


アイリーンは王子の言葉にとても驚いた。


「私となら……?」


「お前も同じだと思っているから。

お前は違うのか?亡き父との思い出を口にする時、いつも悲しいのか?」


「いえ……いつもではありません。悲しくて切なくて、仕方がない時もありますが、父との思い出は私の宝物ですので。」


「俺も同じだ、アイリーン。」


セルシス王子の澄んだ菫色の瞳が、アイリーンを真っ直ぐ見つめていた。

絵画から出てきた天使のような美貌に、胸が跳ねた。


アイリーンは初めて、セルシス王子と本気で向き合ったのだ。


-------------------------------------


セルシス王子が帰った後、アイリーンは一人夕陽差す庭園で惚けていた。

初めてセルシス王子と真剣に向き合って会話をした。今までも当たり障りのない会話はして来たけれども、あんなに深い会話をしたのは初めてだった。


(緊張した。けど、楽しかった。)


しかしながら、セルシス王子はアイリーンに向き合おうとしてくれていた。でなければ、あんなにぽんぽん本音を話してくれる訳がない。


やはり、記憶が抜けている15歳から18歳の間に王子との関係が拗れたのだろうか。

というか関係が拗れるもなにも、学園で他の女性に恋をしたのだ。家同士の繋がりも、世間体も、アイリーンと過ごした時間も、何もかもを投げ出してでも添い遂げたい女性に。


(浮かれている場合じゃなかった。セルシス王子との関係が少し良くなろうが、王太子妃になれる可能性は低いのだった。)


改めてこれからのことを真剣に考えようとした矢先。

アイリーンの後ろ手に差していた夕陽が、何かで遮られた。


「やっと見つけた、アイリーン。」


アイリーンが振り向くと、黒髪にアイリーンと同じ黄金がかった琥珀色の瞳の、美しい青年が立っていた。


「言っただろ?"俺が必ず、お前を助ける"って。」

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