第18話 セルシス王子の後悔
「アイリーン、本当に身体は大丈夫か?」
セルシス王子が心配そうにアイリーンの顔を覗く。
「はい……。大丈夫です。」
アイリーンが俯きながら呟く。
アイリーンは今どうやってセルシス王子を諦めさせるかを一生懸命考えている。
先ほど亡き王妃の部屋で“ノスタルジア”を使った際、王子が放った『母様、待って!』という言葉がアイリーンの頭から離れないのだ。
(私の中身は今年18歳になる。だからどんな真実でも受け入れるしかないと思える……と思う。
でもセルシス様はまだ幼い。もしセルシス様の心が壊れてしまうほどに残酷な出来事が起きていたら?
私は……魔法を使った自分をきっと許せない。
これ以上、セルシス様の傷を抉りたくない。これ以上、セルシス様と王の関係を悪化させたくない。これ以上…………)
「アイリーン……アイリーン!」
セルシス王子の呼ぶ声に、意識が彼に引き戻される。
どうやらまたアイリーンは1人で考え事に耽ってしまっていたようだ。
「あ……申し訳ございません。考え事をしておりました……。」
「ふっ……はは!オルフェ殿の言っていた通り、気になることが出来ると話の途中でも考えに耽ってしまうんだな。
本当にお前は、意外に分かりやすいというか……素直だな。」
そう言ってセルシス王子は笑った。馬鹿にしているようではなく、とても嬉しそうに。
「お前は意外に分かりやすい。だから分かる。
どうやって俺を諦めさせようか考えているんだろ?」
「うっ……」
アイリーンは言い当てられ硬直した。
これから何かしらの理由で丁重にお断りを入れる予定だったのに、初手を防がれてしまった。
「そして理由は、多分俺の傷をこれ以上抉らない為。それか、俺と父の関係をこれ以上悪化させない為。
……どうだ?合っているか?」
「どちらも正解です……。」
そう項垂れながら答えたアイリーンの髪に、セルシス王子が触れる。
アイリーンの横顔に垂れている髪を掬い、アイリーンの耳に掛ける。
「……どちらの理由も考慮してくれていたんだな。お前は優しいな。」
そう言ったセルシス王子の顔は、優しさと慈しみに満ちていた。
その柔らかで大人びた表情にアイリーンの胸が跳ねる。
「……アイリーン。実は……俺は母を看取れなかったんだ。」
セルシス王子が真剣な表情でそう言った。
「え……」
「母が亡くなった日、母はかなり取り乱していた。その為俺は母の最期の瞬間には居させて貰えなかった。
大人たちの配慮だとは分かっているけれど……。俺はどうしてもそれが悔しくて。今も苦しい。
俺には父を責める資格なんてないんだ。母を最期1人にした俺自身を、一番許せない……。」
そう言うセルシス王子の表情は苦痛に満ちていた。
彼が自身を責め続けていることが伝わり、アイリーンの胸がずきりと痛んだ。
「頼む、アイリーン。どんな真実でも、俺は知りたい。
やり直すことは出来ないけれど、せめて母の気持ちを受け止めたいんだ。
今のまま自分を責め続けるよりも、母に責められた方がきっと……ずっとマシだ……。」
(私が“ノスタルジア”を使わなければ、セルシス様はずっと自分を責め続けるのだろう……。
……生前一緒にいた彼はずっとこんな想いを抱えていたのだろう……。
私も父を看取ることが出来なかった。突然大切な人を亡くした人のほとんどがきっとそうだ。最期傍に居られなかったことを悔やむ。
でもセルシス様はきっと『自分は傍にいることが出来たはずなのに、しなかった』と自分を責めている。きっとそれは違う。傍にいることを王妃様または周りが阻止したのだと思う。
あの優しい王妃様が果たして傍にいられなかった幼いセルシス様を責めるだろうか。……きっとしない。
……セルシス様の自責の念だけでも、昇華させられる可能性があるのであれば……。)
意を決したアイリーンは顔を上げ言った。
「明日、あの部屋でもう一度魔法を使わせて下さい。一緒に知りたいです……真実を!」