第17話 真実を見れる魔法だから
アイリーンは夢を見ていた。
小さな頃の夢だ。夢の中でアイリーンは、父に本を貰っていた。
時の魔法に関して記してある魔法書だ。表紙を開くと扉には白い荘厳な鹿の絵があった。
その白く神々しい鹿がアイリーンへ話し掛けて来る。
《アイリーン、今回は対価を受け取らないでいてやろう。本来ならこの程度はお前の魔力で補える。
……あまり無理をするなよ。》
アイリーンは夢の中で目を閉じた。
そして目を開けると、セルシス王子の顔があった。
「アイリーン!目が覚めて良かった……。大丈夫か?すごく心配した……。」
「……殿下……。」
アイリーンは倒れた後、城の客間の寝台に運ばれた。
どうやらセルシス王子はアイリーンが倒れた後、寝台横にずっと控えていたらしい。
「ご心配をお掛けし、申し訳ございません……。」
そう言いアイリーンは起き上がった。
少し身体が重く感じるが、その他の不調は感じない。
「まだ安静にしていろ、アイリーン。今医者を呼んでくるから……。」
そう言って立ち上がるセルシス王子をアイリーンが引き留めた。
「殿下、本当に大丈夫です!あの……それよりもお願いがあります……。
先ほど王妃様のお部屋にてある本に触れたら、魔法が勝手に発現して……黄金の光の中から、私の父の名前が聞こえたのです……。
もしよろしければ、もう一度あの本に触れさせて下さい。
……知りたいのです。父が亡くなった時のことを……。」
「今日はダメだ。」
アイリーンの後ろ手から、冷たい声がした。
振り返ると、オルフェが厳しい表情でアイリーンを見つめている。
「アイリーン、俺が誰だか分かるか。」
「え……オルフェ様……です。私の魔法の師の……。」
オルフェの厳しい語気にアイリーンは少し怯みながら答えた。
「憶えているならいい。
……頼むから、無理はするな。今日は帰る。いいな?」
オルフェの声から心配が伝わってくる。
「……はい。」
オルフェの心底心配している様子に、アイリーンの胸が苦しくなる。
(オルフェ様はどうしてこんなにも、私を大切に思ってくれているのかしら……。)
「…………アイリーン。それから……オルフェ殿。
もし可能ならば、明日も城に来て貰えないだろうか。
アイリーンの父君が亡くなったすぐ後に俺の母も亡くなっている。
ずっと思っていたんだ。なにか関連しているんだろうって。
だから、俺も知りたい。真実を。母が亡くなった時のことを。」
「!!」
セルシス王子の言葉で、場に緊張が走った。
アイリーンの思い出を再現する魔法“ノスタルジア”は、真実を見ることが出来る魔法だ。
人の記憶ではなく、物に込められた記憶を再現している為、改ざん等は行われない。
それはすなわち、隠蔽されていたことや、残酷な事実、優しい嘘までも暴くことが出来てしまう。
アイリーンはセルシス王子の言葉でそれに気が付いた。
(……この魔法は気を付けて使わないと……。
特に今回は、使わない方がいいかもしれない。
セルシス様は王妃様が亡くなった時のことがきっかけで、王様に反抗的な態度を取っている。
王妃様が亡くなった時、王様は公務で遠方にいて、王妃様を看取ることが出来なかったから……。
王妃様の亡くなった時のことを再現し、王妃様の悲しみにまた触れてしまったら……より王様を嫌悪するようになる可能性が高い……。)
アイリーンはオルフェに目配せした。
オルフェも今回“ノスタルジア”を使うべきか否か判断がついていないようで、眉間にしわを寄せている。
難しい顔をしながら口を開いた。
「アイリーン、判断はお前に任せる。」
(どうしよう……慎重に判断しないと。
でもこの機を逃したら、父が亡くなった時のことを知ることは出来ないかもしれない……。
ただでさえ父のことをほとんど知らないのに、このままずっと知らないままなのは嫌。でも……)
「……………………。」
アイリーンは黙り込んだ。正しい選択が分からない。
分からないも何も、今回の場合正しい選択など存在しないのだろう。
真実は傷にも癒しにもなる。
「決めきれないか。……アイリーン、少し二人きりで話さないか。」
セルシス王子がそう言った。アイリーンが小さく頷く。
「……部屋の外にいる。」
そう言いオルフェが部屋を出た。