第14話 緊張の登城
翌日。アイリーンは再び登城した。
澄み渡った空にそびえ立つ、白く輝く城を仰ぎ見て、アイリーンは昨日のセルシス王子の微笑を思い出した。
少し早まった鼓動を落ち着かせる為、息を大きく吸い込む。
「深呼吸するほど緊張しているのか?」
いきなり後ろから声が聞こえた。ここ3日間ほどで嫌というほど聞いた声。オルフェの声だ。
「!!?……ゴホッ……!!」
驚き振り向いたアイリーンが咽る。
それと同時に王子がアイリーンを出迎えの為に、城の階段を駆け下りて来た。
「アイリーン!迎えにくるのが遅くなってすまない!」
(昨日も思ったけれど、なぜ殿下はこういうタイミングで現れるの!?)
アイリーンの横にいるオルフェの姿を捉えたセルシス王子の顔から、ゆっくり笑顔が消えていった。
「……オルフェ殿。どうされました?クロノス嬢のお送りでしょうか?」
セルシス王子が冷たい声でオルフェに問いかける。
「本日もお目にかかれて光栄です、殿下。
本日はアイリーンの付き添いとして参りました。アイリーンの魔法はまだ未熟ですので、殿下の大事な本は私がお直し致します。」
オルフェがそう言いお辞儀する。
その様子をセルシス王子は冷え切った目で見つめ言った。
「……私が依頼したのはクロノス嬢です。昨日クロノス嬢より返事も頂いています。
大切な本だからこそクロノス嬢に託したいのです。申し訳ないですが、付き添いは結構です。」
「……なるほど。殿下の想いは分かりました。
ただ、殿下は我々魔法使いが魔法と引き換えに失うものがあることをご存じですか?」
オルフェも冷たい声でそう返した。
「失うもの?魔力を消費するというのは知っていますが……。」
「そうですね。魔力を消費します。
ただ魔力を消費しきってしまった場合、魔法使いは別の対価を差し出さなくてはいけません。」
「別の対価……?」
「はい。我々クロノス家の者たちは、魔法の対価として記憶を失うのです。」
「!!!」
オルフェの言葉にセルシス王子が驚き目を見開いた。
そしてアイリーンの方に目を向けた。
セルシス王子の不安そうに揺れる瞳にアイリーンが映る。
「アイリーン、まさか……」
「い、いえ!私は昨日記憶を失ってはいません!昨日の魔法は魔力の消費だけで使える魔法です!」
アイリーンの言葉を聞き、セルシス王子は安堵した。
「よかった……。」
「昨日は大丈夫でしたが、今日はどうか分かりません。
例えば古い本でしたら、その分戻すのに多くの魔力を消費します。
アイリーンは昨日魔法を使ったばかりですし、本日はどうか私にお任せ下さい。」
オルフェはそう言って、お辞儀をした。
その顔は見えないが、なんとなく怖い顔をしているような気がした。
(どうしてオルフェ様は殿下に対して敵意のようなものを向けるのかしら……。もしかして1度目の人生で二人になにかあったとか……?)
オルフェの申し出を受け、セルシス王子は納得いかない表情を浮かべながらも、オルフェを迎え入れた。
「……分かりました。ではオルフェ殿もいらして下さい。本のある場所へ案内致します。」
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亡き王妃の部屋へ向かう道中、オルフェが小さな声でアイリーンに話かけてきた。
「アイリーン。俺が本の時を戻している間に、お前は“ノスタルジア”を使え。」
「えっ!?……なぜですか?」
オルフェの突飛な提案にアイリーンが驚く。
「お前が“ノスタルジア”を生み出した場所だ。そうまでしてお前の知りたいことがそこにあるんだろ?……きっとそこに、お前が2度目の人生でどう生きるべきかのヒントがあると、なんとなく思うんだ。ただの勘だけどな。」
(勘って……。でも確かに、今後王子とどうなっていきたいのか、自分の中でもまだはっきりしていない。その答えに繋がるものが見つかるかもしれない……。)
「分かりました。やってみます……。」
会話が丁度終わったタイミングで、一同は亡き王妃の部屋に到着した。