第13話 クロノス家の養子
アリシアが柔らかな笑みをたたえながら言った言葉に一同は驚愕した。
「よ、養子……?ではオルフェ殿は次期クロノス家当主ということか……?
……通常であれば、分家のタイム家から養子を取るのでは……?」
セルシス王子が動揺しながらアリシアに聞いた。
「通常であればそうですね。しかしながらタイム家には現在長子しか男子がおりません。
彼はタイム家を継がなくては。その為遠縁より養子を取ることにしたのです。」
アリシアが柔和な声で答えた。
アイリーンとオルフェは、どんどんと進む話に困惑し、顔を見合わせた。
「つ、つまりオルフェ殿は……」
「うふふ、アイリーンの義兄となります。」
「………………。」
アリシアの言葉を聞いたセルシス王子は、いきなり出て来たアイリーンの義兄オルフェの方へゆっくりと顔を向けた。
そしてすごい形相のまま謝罪の言葉を述べた。
「……クロノス嬢のご令兄とは知らず、無礼な言葉を掛けてしまったことを詫びます。
今後とも……宜しくお願い……致します……。」
セルシス王子は納得のいっていなさそうな顔と声色でオルフェを睨みながらお辞儀までした。
「お、おう……。……どうかお気になさらずに……。
こちらこそ、殿下へのご挨拶が遅れ、申し訳ございませんでした……。」
オルフェもいまだ困惑しているが、とりあえず話を合わせることにしたらしく、アイリーンの義兄としてセルシス王子の謝罪を受け入れた。
「ところで殿下、本日はどのようなご用件でクロノス邸へいらして下さったのですか?」
アリシアがまた気まずい雰囲気を壊すように、呑気な声でセルシス王子に聞いた。
「ああ……それは、昨日のクロノス嬢の帰り際の様子が気になりまして……。心此処にあらずといった感じだったので。
昨日魔法で本を直して貰ったのですが、もしかしてそれで心身に影響をきたしてしまったのではないかと心配になり、参上した次第です。」
「まあ、そうでしたのね。アイリーン、身体は大丈夫ですか?」
(帰り際私が呆けていたのに気付いていたのね……。殿下が私の心配をするなんて。
でも、そういえば“ノスタルジア”で昨日みた幼い殿下も私のことを心配し気遣ってくれていた……。
殿下は私のこと、どう思っているのかしら……。セルシス様の気持ちを知りたい……。)
アイリーンはアリシアの言葉を無視し、考えに耽り出した。
(生前最後に会ったセルシス様と今目の前にいるセルシス様はあまりにも違う。
私がセルシス様の気持ちにちゃんと歩み寄ることが出来れば、もしかしたら違う結果が待っているのかも……。)
「アイリーン!」
オルフェの声でアイリーンは我に返った。
「あ……えっと、私は大丈夫です。
殿下、ご心配をお掛けし申し訳ございませんでした。お気遣い頂きありがとうございます。」
そう言いアイリーンはセルシス王子を見つめた。
「大事なければ、いいんだ。」
セルシス王子がアイリーンに優しい笑みを向ける。
(……!!そんな優しさを向けられたら、期待してしまう……。)
2人の様子を面白くなさそうに見ていたオルフェが、アイリーンに言った。
「アイリーン、またお前会話の途中なのに考え事をしていたんだろう。
気になることが出来ると話の途中でも考えだすところ、そろそろ直せよ。」
何故か不機嫌そうな声でそう言うオルフェに、アイリーンもむっとした声で返した。
「ご助言頂きありがとうございます。
オルフェ様はその気遣いのない物言いを直したらいかがですか?」
さらにオルフェが返す。
「相変わらずああ言えばこう言う奴だな!」
「それはこっちの台詞です!」
アイリーンも負けじと言い返し、喧嘩のようになった。
今度はそれを見ていたセルシス王子が不機嫌そうな様子で口を開いた。
「……元々遠縁関係だった割には、ずいぶん仲がいいんだな……。」
「「あ……」」
アイリーンとオルフェが“しまった……”という顔をして見合う。
今はアリシアが作ってくれた設定に倣わなければいけない。
「アイリーンったら、殿下の前ですよ。でもまるで本当の兄妹のようで、母は嬉しいです。
……殿下、養子の件が正式に決まりましたら、また改めてご挨拶に伺いますね。」
アリシアがまた助け船を出してくれ、とりあえずその日はお開きとなることとなった。
帰り際、セルシス王子が振り返り、アイリーンに言った。
「……アイリーン。もし明日空いているようであれば、また城に来て貰えないか?
実は昨日直して貰った本以外にもう1冊、擦れて文字が読めなくなってしまった本があってだな……」
(ま、またーーー!?今日十分過ぎるほど緊張したのに、明日も!?
でも殿下のお誘いなら受けるしかない……。)
「光栄です、殿下。その本も殿下の大事な本かと存じます。一生懸命務めさせて頂きます。」
アイリーンはそう返事をし、丁寧にお辞儀をした。
「ありがとう。……また明日会えるのを楽しみにしている。」
そう言いながら本当に嬉しそうに微笑むセルシス王子。
輝く陽の光のせいだろうか。目の眩むような眩しさにアイリーンの胸は射通された。
きゅんと胸が鳴るように疼いた。