第98話 虹色の口付け
二人がはしゃぎ疲れた頃、雨は止んだ。
「通り雨だったみたいだな。」
「ですね。」
二人は雲の隙間から差し込む光に照らされながら、笑いあった。
ふと、セルシス王子が足元の水たまりを覗き込み、そして勢いよく空を仰いだ。
「アイリーン、見ろ!虹だ!」
空には美しい虹がかかっていた。
「わぁ!綺麗!」
アイリーンはセルシス王子の方をちらりと見た。
セルシス王子の髪の水滴も、キラキラと虹色に反射している。
(キラキラしていて……綺麗。)
ふいにセルシス王子もアイリーンの方に目を向け、二人の目が合う。
アイリーンは恥ずかしくなりすぐに目を逸らしてしまった。
下を向いたアイリーンに、セルシス王子が近付く気配がする。アイリーンの鼓動がどんどん早まる。
視界の端にセルシス王子の濡れた服が見えた。
「あ……セルシス様。服を乾かさせてください。」
アイリーンはそう言い、セルシス王子の衣服と自分の衣服の時を戻した。
一瞬で服が乾いた状態へ戻る。
「ありがとう。魔力や記憶は大丈夫か?」
そう言いながら、セルシス王子がまたアイリーンの頬を撫でる。
「はい。この位の魔法なら、全然……。」
セルシス王子の指が、アイリーンの顎を持ち上げる。
「そうか。でも、髪は乾かさなくていい。」
そう言ったセルシス王子の濡れた髪が、アイリーンの額に当たる。
次の瞬間には、口付けをしていた。
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翌日。
アイリーンはオルフェと共にクロノス邸の庭園のガゼボに居た。
「……一度目の時、王子がファルテッサ嬢に薬と服従のペンダントで操られていた説か。
かなり有力な説ではあるな。」
「いずれにせよ、ファルテッサ嬢は確実にセルシス王子を狙ってくると思います。
学園を卒業すれば、私達はすぐに結婚する予定ですから……最後のチャンスを逃すまいとするでしょう。」
「結婚か……。」
アイリーンの発言に、オルフェの顔が翳る。
アイリーンはそれに気付かないふりをした。
「で、具体的にはどう対策する?
俺もアリシアに手配してもらい、今回は生徒として学園に特別入学する予定だが……アイリーンも俺も魔法科だからな。」
オルフェがそうアイリーンへ問い掛ける。
アイリーンは難しい顔でオルフェへ問い返した。
「それなのですが……オルフェ様、何かいい案はありませんか?
希望としては、ファルテッサ嬢の接触自体を避けたいので、学園内では常にセルシス王子の周辺を監視したいのですが……。」
「常に監視か……難しいな。
というかそこまでする必要はあるのか?ちょっとやり過ぎな気がするけどな。
んー……駄目だ、“ノスタルジア”で毎日王子の周辺を再現するくらいしか思いつかないな。」
「再現では遅いのです。
接触されてからでは手遅れになる可能性があります。」
話が行き詰まり、アイリーンとオルフェはどちらも黙り込む。
「……水の国の上空にあった水鏡を、魔法学園上空に張るというのはどうでしょう?」
アイリーンがぽつりとそう言う。
「アイリーンが魔法で水鏡を?正気か?」
《それはやめておけ。》
オルフェの呆れ声とほぼ同時に、時の精霊クロノスの声が響いた。
「クロノス様!」
「クロノス。」
アイリーンとオルフェが驚き声を上げ、声のした方を見る。
すると何もなかったはずの空間が揺らぎ、黄金の光を纏う白い雄鹿が現れた。
《あの水鏡は、水の精霊ウンディーネの魔法だ。再現しようとすれば、一日と経たず代償の視力を失うぞ。》
「そうなのですね……。」
クロノスに諭されたアイリーンが、肩を落とす。
(何としてもセルシス王子を守りたい。
私が常に側に居れたらどんなにいいか……。
でも、魔法学園で非常識な振る舞いをする訳にはいかないわ。
各国の魔法使いや、才ある平民も通う学園だもの。学園では学園のルールに従わなくては。)
悩むアイリーンを見たクロノスが、少し言いにくそうに助言した。
《……水の魔法という着眼点は良い。
水の魔法のことならば、水の精霊ウンディーネに相談してみてはどうだ?
俺は絶対に同席しないが……。》
(確かにウンディーネ様なら、セルシス様の為と説明すればきっと知恵を貸してくれるはず!)
「ありがとうございます、クロノス様。
ご助言頂いた通り、水の精霊ウンディーネ様に一度相談してみます!」
アイリーンが笑顔でそう言うと、クロノスは満足そうに頷き、黄金の光と共に消えていった。




