第10話 王子との思い出
『こっちに来てはだめだ!危ないぞ!』
『危ないのは殿下の方です!やめて下さい!早くこちらへいらして!!』
幼いアイリーンが幼いセルシス王子の方へ手を伸ばし、怒った声でそう言った。
その声に驚いたのか、カラスがいきなり飛び立った。
『カー!カー!!』
『うわぁっ!!』
いきなり飛び立ったカラスに驚き、幼いセルシス王子がよろめき、派手に転んだ。
『殿下!大丈夫ですか!』
幼いアイリーンがセルシス王子に駆け寄る。
『ああ、大丈夫だ……。』
『だめ!血が出ています!見せて下さい!』
幼いセルシス王子のズボンの膝部に血が滲んでいる。幼いアイリーンは彼の足元に座り込み、ズボンを捲り上げた。
『ほら!!膝を擦りむいていらっしゃいます!……もう!危ないって言ったのに……。』
幼いアイリーンはセルシス王子を泣きそうな顔で見上げた。
『すまない……。俺は本当に大丈夫だから。泣かないで、アイリーン。』
幼いセルシス王子も座り込み、アイリーンの頭を撫でる。
『……私が治します!』
幼いアイリーンは涙目のままそう言い、セルシス王子の膝に触れた。
そして暫し目を閉じ、目を開け、膝に触れていた手を離した。
すると王子の膝から擦り傷が消え去っていた。
『すごい……』
『今の私だとこの膝を治すので精一杯です。お願いですから、危ないことしないで下さい。』
そう言った幼いアイリーンの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
「俺の知っているアイリーンはこんなことで泣くような奴じゃないが……。お前王子の前では猫かぶってるのか?」
オルフェが少し不服そうな声で言った。
「失礼な。私の知っている私もこんなことで泣きません。」
アイリーンはオルフェを睨みつけてそう返した。
「だよな。……ん?」
泣いている幼いアイリーンに視線を戻したオルフェの顔つきが、みるみる真剣な顔に変わる。
「アイリーンのドレス……。」
オルフェの零した声に、アイリーンも幼い自分に視線を戻し気付いた。
この時までアイリーンもオルフェも意識していなかったが、幼いアイリーンは真っ黒なドレスを着ていた。
『アイリーン、俺は死なない。大丈夫だよ。』
そう言って幼いセルシス王子がアイリーンを優しく抱きしめた。
幼いアイリーンとセルシス王子の姿が少しずつまた黄金色の光の粒へと戻っていく。
二人の足元の影だけは重なりあったまま。
そして光が完全に散った時、影も溶けるように消えた。
まだ黄金色の光の残滓がふわふわと辺りを舞う中、アイリーンとオルフェは呆けていた。
「……この魔法の、名前を決めよう。」
ふとオルフェがそう呟いた。
「……名前、ですか?何故?」
「高度な魔法には大体名前と呪文が付いている。イメージを補助し、魔法の再現性を高める為だ。」
「なるほど……?」
なんとなくしか理解できないが、ようは今の魔法をまた使いやすいように名前を付けるということだろう。
アイリーンはそう理解し、名前を考え始めた。
「名前……難しいですね……。うーん……。」
早々に名前を考え始めたアイリーンを見て、オルフェが大きなため息をついた。
「はぁ~~~~……。おい、そこの天才。お前今自分がどれだけ凄いことをしたのか理解していないだろう。」
「え?」
「いいか!新しく魔法を生み出すっていうのはそんな簡単な事じゃない。むしろ一部の選ばれた者しか出来ない。
それこそ大魔法使いみたいなな!」
「ええっ!」
(まず新しい魔法を生み出したことを今知ったわ……。
魔法について憶えていないから、これも魔法書に載っているような普通の魔法かと……。)
「時の魔法は魔法の中で一番多様性がある魔法だ。基礎の魔法と呼ばれるもの以外はほとんどお前の曽祖父が生み出したものだぞ。」
「そ、そうだったのですね……。」
アイリーンは己の功績にぴんとこなかったが、自分には大魔法使いに足る魔法の素質があるのかもしれないと思った。
(つまりあとは、私が努力すればよしってことね……!なってみせるわ!大魔法使い!)
「それで?名前は何にするんだよ。」
オルフェにアイリーンの生み出した魔法の名前を問われ、アイリーンは少し焦った。




