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車が横転した。そして炎上する。
中から男が出て来る。服に引火したのだろうか。体は火に包まれていた。
いったい何を見せられているのだろうか。
「君の家族だよ。未練があったら困るだろう?」
「………は?」
何を言ってるんだ? 改めて空中に投影された映像を観る。
なぜ気づかなかったんだろう。
引きこもっていたからだろうか。家族で旅行なんて遠い記憶だ。
家族は優しかった。不登校になっても、優し気に接してくる。
だから、殺意が湧いた。
目の前にいる、神を自称する男に。
確かに、未練はあった。でも、死ぬときの現場を見せなくたっていいだろう。
「ああ、違うよ。殺したんだ。きれいさっぱり忘れれると思ってね」
「…………」
何を言ってるんだ? 殺した? 俺の家族を?
「お、まえッ!!」
「なんだいその目は。気に入らないね」
俺の体が光に包まれる。本能で理解する。ここに居続けることは出来ないと。
「まあ、君の代わりなんていくらでもいる。せいぜい頑張ってくれたまえ」
馬鹿にしたような。尊大な態度。
「……殺す」
その言葉を最後に、俺の体が完全に光に包まれた。
◆
人は平等ではない。必ず優劣がある。
神がそう作ったからだ。
人は差別される。弱いというだけで。醜いというだけで。
神は言った。「ならば分けよう」と。
そして世界は、二十の層に分かれた。
優れた者が上に。劣った者が下に。
◆
最下層。
人としての、種族としての最底辺が暮らす場所。
そこに俺、森山凶一が暮らしていた。
暮らすと言っても家はない。路上で寝る。
宿で寝ることも出来ない。
底辺の底辺。金など持ってるはずがない。
そしてここは屑が大量に湧いている。
この町に、いや、この層に太陽はない。月もない。
あるのは上から与えられた光という人工物だけ。
与えられるだけまし。暗いところはまだたくさんある。
俺がいるココも、例外なく暗い。
幸に夜目は利く。暗い部屋で過ごしていたのが功をなした。
「ねぇ君ぃ~」
馴れ馴れしく、肩を組んでくる。
舐めている。
話すだけ無駄。ただ、攻撃の意思を感じたら、そのときは……。
そう思っていると、周りに数人湧いてくる。
おそらく、この男の仲間。
すぐさま隣にあった顔を肘で歪める。同時に相手の足を払う。
よろける、こける。
その隙に前に向かって走り出す。全速力で、後ろは見ない。
すぐさま体を闇夜に隠す。
走りながら、ポケットを探る。
金がない。油断していた。俺のミスだ。
なけなしの、水を変えるかもわからないほどの金額。
それでも、俺にとっては全財産だ。当然悔しい。
この借りは、きっちりと返す。
闇に紛れ、横になる。
すっかり慣れてしまった。
体を丸める。こうすると見つかりにくい。
動ける体制は論外だ。
ここでは見つかったら負けなのだから。
そうしているうちに意識は沈んでいった。
◆
もう一度、あそこを通る。
「ねぇ君ぃ~」
当たり。やはりここでチンピラのまねごとをしていたのであろう。
恐らく本職だが。
肩を組まれるよりも前に、眼球にナイフを刺す。
ボロボロの、刃毀れだらけの小さなナイフ。されどナイフ。効果は敵面だ。
「うぐぁっ!!??」
待機していたであろう、男の仲間が駆けつける。
逃げる。昨日よりも遅く。
追いつかれるか、追いつかれないかのギリギリで。
走る、そして角を曲がる。
すぐそこに、人がある。
分かっていたから、跳んだ。
すぐさまナイフを構える。
追っ手は、障害物に躓く。こけた男の心臓あたりを一刺し。
そしてすぐ逃げる。これを繰り返す。
全員殺すまで。
一人、また一人。
仲間が死んでいく。恐怖は、伝染する。
逃げる、敵が。
いつの間に追いかける側に変わっていた。
血濡れのナイフと、返り血で染まる服。
グサリ。断末魔を聞きながら、服を漁る。
金、少ないが貰っておく。
疲れた。俺は寝るために、闇を彷徨い歩く。
死体は隠さなくていい。どうせ誰かが処理するし。
なにより殺人は日常茶飯事だからだ。
歩いているといい場所を見つけた。ここで寝よう。
これが後に、【凶人】と呼ばれる男の始まりだった。
まだ伝説は、始まったばかり。